【藤子不二雄】えびはら武司が語る天才漫画家と人気作品の秘密

『まいっちんぐマチコ先生』の作者として知られるえびはら武司。この方、実は藤子不二雄のアシスタントを務めていた時代がありました。間近で見てきたアシスタントだからこそ語れる、藤子不二雄の人柄や仕事ぶり。誰もが知るあの作品がどうやって人気を得るに至ったのかについても、この記事で紹介しています。

藤子不二雄について

藤子不二雄先生のFとA、二人いらっしゃるんですけど、A先生が割と社交的で、F先生は描く方専念で、二人で並んで出ても、A先生が9割方しゃべって、F先生はちょっとしゃべって終わり、みたいな。

テレビ東京「解禁!暴露ナイト」より、えびはら武司のコメント

藤子不二雄、二人の間柄は?

絵柄がよく見ると、全然違うんですよね。僕が子どもの頃は一緒に描いてたのかなって思ってたけど、入った時から既にもうバラバラに描いてて。取材が入ると(二人は)並ぶんですけど、帰ったら別の部屋へ行っちゃう。こんなこと、言っていいんですかね。

テレビ東京「解禁!暴露ナイト」より、えびはら武司のコメント

当時のアシスタントについて

入って気付いたんですけど、スタッフの人達が、みんな藤子不二雄をよく知らない人達しかいなくて、藤子不二雄のファンは僕一人だった。みんなは職安で来た人、アルバイトニュースを見て来た人、編集が連れて来た人。そういう人達ばっかで、藤子不二雄を慕っている人はゼロだった。

テレビ東京「解禁!暴露ナイト」より、えびはら武司のコメント

なかなか売れなかった「ドラえもん」

藤子先生が「ドラえもん」を描いている時、すぐに「ドラえもん」は売れなかったんですね。最初、何回か失敗して、僕が居る時は「実写版ドラえもん」とかもやったけど、でも、売れなくて、なんで売れないのかなって悩んでる時があって。

テレビ東京「解禁!暴露ナイト」より、えびはら武司のコメント

「ドラえもん」がブレイクするきっかけとなったのは?

当時、学年誌に載ってたんですよ。「小学1年生」、二年生、三年生って。で、学年誌の漫画ってコミックス出る訳がないんですよ。学年誌の漫画はそれで終わり。その時に、「てんとう虫の歌」っていう、川崎のぼるさんの漫画があったんです。それが妙に人気があって、コミックになったら売れるんじゃないかと。でも、「てんとう虫の歌」だけだと、本屋さんは棚を作ってくれないんですよ。そん時に、「ドラえもん」入れよう。「漂流教室」入れようってラインナップしたんですよ。その時にたまたま入ったのが「ドラえもん」だった。

テレビ東京「解禁!暴露ナイト」より、えびはら武司のコメント

「最初は6巻で終わり」 一度は最終回となった「ドラえもん」が復活した経緯

僕らは、最初6巻で終わりってことで、6巻まで手伝ってやった。6巻で一回最終回を描いてるんですよ。6巻で完結なんですよ。「さよならドラえもん」の巻です。それで終わったでしょ、一旦。だから、7巻の第1話は、帰ってきたドラえもんの話しなんですよ。あれで終わりでいいだろうみたいな感じで、学年誌の連載が全部終わったんで、やめたんですよ。
編集のほうがやってくれって土下座みたいに言ってきて、先生は終わらせるつもりでいたんで。開き直ってっていうか、人気が出てきたのが励みになった。

テレビ東京「解禁!暴露ナイト」より、えびはら武司のコメント

出典: www.amazon.co.jp

ドラえもん (6) (てんとう虫コミックス)

「まいっちんぐマチコ先生」が誕生した理由とは

先生のところにいると、やっぱり藤子先生の背景とか人物を手伝うわけですよね。するとやっぱりなるべく藤子先生の絵に似せて描かないと失礼ですから。そうしているうちに絵がそっくりになってきちゃう。そうなった時に、デビュー出来ないんですよ。藤子不二雄にそっくりじゃ意味ないんで。そうなったら、藤子不二雄にそっくりなんだけど、藤子不二雄が描かない世界を描くしかない。藤子先生はとても健全な児童漫画なんで、不健全な漫画を描いてやれって考えた時にお色気ものだなって。

テレビ東京「解禁!暴露ナイト」より、えびはら武司のコメント

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