リトル・フォレスト(漫画・映画)のネタバレ解説・考察まとめ

『リトル・フォレスト』とは、主人公の成長を描くヒューマンドラマであり、五十嵐大介による漫画、漫画を基にした森淳一監督、橋本愛主演の映画である。漫画『リトル・フォレスト』は、作者の実体験を基に制作され、2002年12月から講談社発行の『月刊アフタヌーン』で連載された。映画『リトル・フォレスト』は、2014年8月に公開された『夏』『秋』、2015年2月に公開された『冬』『春』の4部作である。東北地方の小さな村に住む主人公のいち子が、自然に向き合いながら自分を見つめ直すストーリーとなっている。

『リトル・フォレスト』の概要

『リトル・フォレスト』とは、自然豊かな村に住む女性の成長を描くヒューマンドラマであり、五十嵐大介による漫画作品、そして漫画を基にした森淳一監督、橋本愛主演の映画作品である。
漫画『リトル・フォレスト』は、作者の五十嵐が岩手県衣川村(現:奥州市)にて3年間自給自足の生活をした実体験を基に制作され、2002年12月から2005年7月の期間に、講談社が発行する『月刊アフタヌーン』の中で連載された。
映画『リトル・フォレスト』は、『夏』『秋』『冬』『春』の4部作であり、2014年8月30日には『夏』『秋』が同時に、その後『冬』『春』が2015年2月14日に公開された。興行収入や観客動員数は、公表されていない。映画『リトル・フォレスト』の『夏』『秋』は、第18回文化庁メディア芸術祭エンターテインメント部門の審査委員会推薦作品に選出されている。国外の映画祭では、スペインで2014年に行われた第62回サン・セバスチャン国際映画祭において、キュリナリーシネマ部門に『夏』『秋』が出品され、ディナー付き上映が行われた。また、2015年に開催された第65回ベルリン国際映画祭のキュリナリーシネマ部門では、『夏』『冬』が公式上映された。
主人公のいち子は、小森という東北地方の盆地の村に住んでいる。小森には商店などはなく、買い物に行くには役場のある村の中心地か、隣町の郊外型スーパーに行かなければいけないような小さな村だ。いち子は、生まれ育った小森で、米や野菜を自分で育てながら、古い一軒家に一人で住んでいた。いち子は高校生の時まで、母の福子と2人でずっと小森に住んでいたが、5年前、突然福子は家から居なくなってしまった。いち子も一度は小森を出て町で暮らしていたが、今は小森に戻ってきて、自然豊かな小森での自給自足の暮らしを満喫していた。近所には、幼馴染で同い年のキッコと、2個下の後輩・ユウ太も住んでいて、いち子はそれなりに楽しく生活していた。しかし、「私は町で居場所が見つけられずに、小森に逃げてきた」と思っているいち子は、「このまま小森に居て良いのか」と自分自身の居場所に迷いがあるまま、季節は夏、秋、冬、そして春になる。

『リトル・フォレスト』のあらすじ・ストーリー

イワナの味噌汁を食べるユウ太、いち子、ヒデユキ(左から)

主人公のいち子は、小森という東北地方の盆地の村に住んでいる。小森には商店などはなく、買い物に行くには役場のある村の中心地か、隣町の郊外型スーパーに行かなければいけないような小さな村だ。いち子は、生まれ育った小森で、米や野菜を自分で育てながら、古い一軒家に一人で住んでいた。いち子は高校生の時まで、母の福子と2人でずっと小森に住んでいたが、5年前、突然福子は家から居なくなってしまった。いち子も一度は小森を出て町で暮らしていたが、今は小森に戻ってきて、自然豊かな小森での自給自足の暮らしを満喫していた。近所には、幼馴染で同い年のキッコと、2個下の後輩・ユウ太も住んでいて、いち子はそれなりに楽しく生活していた。

小森には、梅雨の季節がやって来ていた。盆地であるため、体にまとわりつくようなじめじめ感があり、ヒレをつけたら泳げそうなくらいの湿度の高さだ。あまりに湿度が高く、いち子のキッチン用具にもカビが生えてしまっていた。いち子は、夏の湿気対策として、ストーブを炊き始める。いち子の家には煙突があり、薪を入れてストーブを炊くと、部屋の中は乾燥するのだ。せっかく炊いたストーブを利用して、いち子はパンを焼いた。他にも、田んぼで作業をして汗をいっぱいかいた後の楽しみに、いち子は「米サワー」を仕込むことにした。「米サワー」は一日置いて発酵させた甘酒に、ドライイーストを入れて作る。甘くて飲みやすく、冷やしておけば、農作業の後に一気飲み出来てしまう。米サワーを作りすぎてしまったいち子は、ユウ太を電話で家に呼び、2人で話をしながら米サワーを飲んだ。いち子は、小森の自然と向き合いながら、その時々の季節の料理を楽しんでいる。

家の隣に生えているグミの木を見て、小森を出て、町で彼氏と住んでいた頃を思い出していた。いち子が彼と町を歩いていた時、偶然グミの木を見つけた彼が、グミの実に興味を持って、高いところに生っている実をジャンプして取って食べた。「美味しい」と言う彼を見て、いち子も実を取ろうとするが、彼より背の低いいち子には手が届かない。いち子は自分で取れないことが悔しく、「取ってあげる」と言う彼の申し出を頑なに断り、自分の手で実を取ろうとジャンプし続けた。グミの実を見ながら、別れてしまった彼を思い出したいち子は、グミの実でいち子はジャムを作ることにした。味が渋く、種も多かったため、これまで料理に使ったことはなく、初めてグミの実でジャムを作る。いち子は、ジャムを作りながら、「料理は心を映す鏡よ。集中しなさい」と言っていた福子を思い出す。「これが今の私の心の色か」と言いながら、いち子は作ったばかりの、赤に黒を混ぜたような色のジャムを見つめた。

いち子は、いつもウスターソースを手作りしていた。野菜やハーブなどを煮詰めて、香辛料やジャムなどで仕上げた醬油ベースのソースで、福子直伝のソースだ。いち子は小さい頃から、醤油ベースの母オリジナルのウスターソースを食べていて、自分の家にしかないと思っていたので、店頭でウスターソースが売られているのを知った時にはびっくりしたほどだ。どうやら家で食べていたものが、ウスターソースもどきだと気付いたのは、高校生くらいだった。その他にも、福子は嘘か本当か分からないことを、よくいち子に教えていた。「井の中の蛙」という諺があるが、いち子はおなかが鳴ることを「胃の中の蛙」と言うと母に教えられ、最近までそれが本当だと信じていたのだった。秋になると、くちばみの実をペーストして作ったものを福子がよく作ってくれ、それをヌテラと呼んでいた。これも、ヘーゼルナッツのペーストしたものが本物のヌテラで、世界中で売られていることを知ったのは、一昨年のことだった。

ある日、いち子はイワナをキャンプ場の堀に移す日雇いのバイトをする。アルバイトは、いち子とユウ太の2人だけだった。
アルバイトをしながら、進学のために一度小森を出たユウ太に、いち子は「なぜ小森に帰って来たのか」と尋ねる。ユウ太は「なんか小森とあっちじゃ話されてる言葉が違うんだよね。方言とかそういうことじゃなくて」と答える。そして、「自分自身の身体で実際にやったことと、その中で感じたこと、考えたこと、自分の責任の中で話せることってそれくらいだろ。そういうことをたくさん持っている人を尊敬するし、信用もする。何にもしたことがないくせに、何でも知ってるつもりで、他人が作ったものを右から左に流してるやつほど威張ってる。薄っぺらな人間の空っぽな言葉を聞かされるのにうんざりした。俺はさ、他人に殺させといて、殺し方に文句つけるような、そんな人生は送りたくないなと思ったよ。町に出て、初めて小森の人、親とかさ、中身のある言葉を話せる生き方をしてきた人達だと気付いた」と続けた。
雇い主のキャンプ場の経営者・ヒデユキが、アルバイトが終わったいち子とユウ太に「イワナ食ってけ」と声をかける。「いただきます」と答えたいち子とユウ太は、自分たちの手で生きたイワナをさばき、火をおこし、自然の恵みに感謝しながらイワナを頬張った。いち子は帰り道、ユウ太の運転する軽トラックに乗せてもらい、自分の家まで帰ってきた。いち子はユウ太の話を聞き「ユウ太は自分の人生と向き合うために小森から帰って来たが、自分はただ逃げてきただけだ」と思うのだった。

いち子は、庭でトマトを育てている。トマトは、ホールトマトにすれば冬場の貴重な食料にもなる大事な野菜だった。トマトは雨に弱いので、露地栽培で育てている人は小森にはいないが、いち子はビニールハウスを建てずに栽培していた。ビニールハウスを作ってしまうと、小森にずっと居ついてしまう気がして、先延ばしにしてしまっていた。いち子は「自分は町で居場所が出来ずに、小森に逃げてきた」と思っており、小森で一生暮らしていく決意も出来ず、自分自身に迷いがあったのだ。

福子から手紙を渡す郵便屋さん(左)と受け取るいち子(右)

いち子の家に、月に一度、郵便屋さんが郵便物を届けに来る。郵便屋さんに「たまにはお母さんから連絡あるか」と聞かれ、いち子は「いいえ」と答える。福子からは、5年前に出て行ったきり、何の連絡もなかった。

アケビの実は、稲刈りの段取りを考え始める、秋の季節に実を作る。いち子は、紫色になり、ぱっくり開いた食べごろのアケビを、キッコの家でキッコと一緒に食べていた。いち子が「アケビのこの苦い皮を活かすのは何を入れたらいいかな」と言うと、キッコは驚いたように「食べたいの?」と言う。帰宅したいち子は、さっそくクミンを入れた、アケビの皮とトマトのサブジ風煮込みを作る。味噌で味付けしたひき肉をアケビの皮に入れて揚げた料理も作る。いち子は、好奇心旺盛で、気になると何でもやってみたいと気が済まない性格だった。

稲刈りをする頃、いち子は森にくるみを拾いに行く。拾ってきたくるみは土に埋めて、表の皮が黒く腐ったら、よく洗い流して綺麗にし、干して網に入れておくと何年も貯蔵が効く。小森のくるみは殻が厚いので、割るのが一苦労だ。くるみは粉々にして、醤油と酒と一緒に米を炊き、くるみご飯を作る。くるみご飯で作ったおにぎりは、稲刈りのお弁当に持って行く。稲刈りをしているいち子に、キッコのおばあちゃんが差し入れを持って来てくれる。取れた稲を見て、「町で世話になった人に贈ったら喜ぶんでねーの」とおばあちゃんは言うが、いち子は「そういう人はいないんだ」と答える。いち子が「私がいない間も、毎年稲刈りして、くるみを拾ってたの」と聞くと、「いち子ちゃんが生まれる前からずーっとだ」とキッコのおばあちゃんは答える。

キャンプ場の釣り堀で、シーズンオフを目の前に1000円でイワナ釣り放題をやっていた。いち子は、ユウ太と一緒に釣りをしに行く。いち子は、釣ったイワナは持ち帰って、南蛮漬けにした。
木々が色づく頃、小森で栗の渋皮煮が流行った。キャンプ場のオーナーのヒデユキと、キャンプ場に入り浸っているユウ太が作った渋皮煮を、たまたまキャンプ場に来て食べた人が真似をして作り、あっという間に小森のブームになった。みんながオリジナルのレシピで渋皮煮を作る。キッコも、渋皮煮を作っていち子のもとへ遊びに来た。いち子も自分で渋皮煮を作って、瓶に入れて保存する。渋皮煮は、時間が経つとねっとりとした食感になる。いち子は作りたてより、時間が経ってからの渋皮煮のほうが好きだった。
近所の奥様がいち子の家に集まって、おしゃべりをしていた。今年のさつまいもや里芋の出来栄えについて話をしていた。お茶うけに、乾燥芋を出す。今年のさつまいもを使って、いち子が作ったものだった。奥様方は、旦那の話をして盛り上がっているが、一人暮らしのいち子は、冬場は出掛けることが少なくなる。たった一日の大寒波でも、家に保存してある野菜が寒さでダメにならないよう、ストーブを炊いておかなければいけない。
小森では、稲の害虫駆除のためにカモを飼っている家が多い。だから、小森ではカモを食べたがる人は少ない。少ないカモをさばく機会に、何故かいち子は手伝いに呼ばれることが多い。この日も、近所のおじさんの家でカモをさばくことになり、手伝いに行った。カモの肉を分けてもらったいち子は、自宅でカモのステーキを作る。ガラはスープに、レバーやハツはピリ辛炒めなど、すべての部位を余すことなく調理した。初めてカモをさばくとき、一羽袋に入れて少し歩き、思っていたよりちょっとだけ重かったことを思い出しながら、いち子は美味しそうにカモを頬張った。

いち子はもみがらのの炭・燻炭を作っていた。人参などを育てる時に、良い土になるのだ。人参を見ながら、福子が作ってくれた人参入りのシチューを思い出していた。福子は、ずぼらで、よく人参が雑草に絡まった言い訳をしていたことを思い出す。でも、いつも福子が作ってくれた料理の味は美味しかった。いち子は、福子がいなくなるまで「母が作ってくれた野菜炒めの作り方は分かっている」と思っていた。しかし、いざ自分で野菜炒めを作ってみると、福子のように野菜がシャキシャキとしない。ある日、いち子はセロリの筋取りをしていて思いつき、試しに筋を取った青菜で野菜炒めを作ってみると、福子と同じようにしゃきしゃきとした食感になった。野菜炒めを出されると、いち子は「もっとひと手間かけた料理しなよ」と言っていたが、福子がちゃんとひと手間かけていたことに気付いた。「ずぼらなのは、自分のほうだった」といち子は思う。

また一カ月がたち、郵便屋さんが来た。「また請求書だけ?」といち子が言うと、郵便屋さんは「手紙も来てるよ」と一通の封筒を手渡す。福子からの手紙だった。

いち子の家で話をするいち子とキッコ(左から)

クリスマスの日、いち子は小さい頃のことを思い出していた。福子は「うちはキリスト教じゃないの」と言って、クリスマスを祝うことはなかった。2、3回、クリスマスに外国人のお客さんが来る時があり、その時だけはケーキを焼いてくれた。「今思うと、母の昔の恋人だったのではないか」といち子は思う。福子が作るケーキは、クリームでデコレーションされた真っ白な直方体だった。ケーキを切ると、断面はほうれん草の緑と、赤米の甘酒で作った赤の2色で、クリスマスカラーになっていた。
クリスマスお茶会をするため、いち子の家にユウ太が遊びに来ていたので、福子のクリスマスケーキの話をする。すると、ユウ太は「福子さんがいなくなる2年位前、中学の頃、味見をさせてもらったことがある」と言う。いち子は「そういえばよくお母さんに本を借りてたね」とユウ太に言う。いち子が高校生くらいの頃、ユウ太が福子の本を褒めるので、興味を持って福子の本を読もうとしたら、福子が「自分で読む本くらい自分で探しなさい」と言って全部の本を古本屋に売ってしまったことを、いち子は思い出す。この日、いち子はケーキを作っていた。福子とは少し違い、黒米で作った甘酒とかぼちゃで作った、紫と黄色の2色のケーキだ。福子と同じように、クリームでデコレーションして真っ白にする。
いち子がケーキが作り終わった頃、キッコも飲み物をやって来た。「遅くなってごめん。クリスマスお茶会、始めよう」と言うキッコに、いち子は福子と同じように「年忘れお茶会だよ。このケーキだって、クリスマスカラーじゃないし、あんたたちだってキリスト教じゃないでしょ」と答えるのだった。

近所の女の子に「いち子ちゃんの一番のごちそうって何?」と聞かれて、いち子は16年前の分校で行われた餅つき大会を思い出していた。そこで初めて食べた砂糖醤油の納豆餅が、いち子の好物だった。この餅つき大会の時には、納豆づくりも自分たちで行った。ゆでた大豆を藁の中に入れて、温度が一定になる雪の下に埋めて3日間発酵を待つのだ。大人たちがみんなでついた、つきたてのお餅を、砂糖醤油たっぷりの手作り納豆の中にまぜて食べた。まだ柔らかいお餅と、納豆醤油の相性は抜群だった。この時から、いち子の家の納豆餅の味は、たっぷり砂糖醬油と決まった。今年も、自分で作ったもち米を使って、自分の家で餅をつく。分校は今は廃校になって、たまに公民館代わりに使うだけになってしまったが、餅つき大会から、いち子の家の納豆餅の味は変わらなかった。

いち子は、自宅の軒先で、凍み大根を作っていた。生の大根を切って、糸で吊るして、それを寒さの中で凍みさせる。煮しめには欠かせない。秋のうちに枝ごと取った柿を使って干し柿も作っていた。そのまま食べるのも良いし、酢の物と混ぜても美味しい。小森では、冬は寒さを活かして料理をするのだった。いち子はキッコにストーブの煙突掃除を手伝ってもらっていた。
掃除が終わって、ストーブでさつまいもが焼けるのを待つ間、いち子は町で生活していた時の話をキッコにしていた。いち子はスーパーでアルバイトをしていて、仲良くなった同僚の男の子がいた。瘦せていて、いつもパンばかり食べていた男の子が気になったいち子は、自分の弁当を作るついでに、男の子の分も作ってアルバイト先に持って行った。味噌をつけて焼いた焼きおにぎりと、家で育てたラディッシュの漬物、そしてはちみつがポイントの卵焼きだった。昼休みになり、男の子が来るのを待っていたが、たまたま他のアルバイトの男子たちと話をしているのを聞いてしまう。その男の子が女の子から手編みのマフラーをもらったらしく、「プレゼントくらい買えよ。作る時間あるならバイトしろっての」と言っているのを聞いてしまい、結局お弁当を渡すことが出来なかった。
話を聞き終えたキッコは「そういう奴いるけど、食べ物は別じゃない」と言ったが、いち子は「中学の時に、本校の子たちに山猿って言っていじめられてた時と同じ気分になった」と答える。そんな話をしていると、焼き芋が出来上がった。黄色く、ほくほくに焼きあがった焼き芋をいち子とキッコは頬張った。

寒い時のストレス解消は、甘いものであるいち子には小豆が欠かせなかった。小森では、小豆の種を植える日は決まっていた。「なんでもタイミングというのがある」とキッコのおばあちゃんが言っていたことを思い出す。早すぎても遅すぎても、小豆の種はちゃんと育たないのだ。小豆の種植えを重いながら、いち子は「私も小森をでていくのが早すぎた」と思った。

雪が止んで、綺麗な白い雪景色が広がっていた。いち子は少し散歩をすることにした。昨日、いち子はキッコとけんかをしてしまった。キッコの職場の人の話をしていて、いち子が「助けを求められたからって、いつでも助けてたら、その人のためにならない」と言うと、キッコに「いち子、何様のつもり?何がその人のためになって、何がその人のためにならないかなんて、そんなこと分かるほど経験積んできた?よく知りもしないのに?いち子はいつも知ったようなこと言うけど、口先ばっかじゃん。そんなこと言えるほど、他人とちゃんと向き合ってきたの」と返されてしまったのだ。
散歩をしながら、キッコに言われたことを思い出す。いち子は他人とちゃんと向き合えなくて、小森に帰ってきたことを思い返した。
散歩から家に帰ると、キッコが玄関の前で待っていた。キッコは「カレー作って来た。一緒に食べよう」といち子に声をかける。家に入ると、キッコは「昨日、言いすぎた。ごめん」といち子に謝る。いち子は笑って「ううん」と答える。キッコの作ったカレー用にご飯を炊こうとするいち子だが、はっとを作ろうと思って小麦粉をこねて生地を作っていたことを思い出す。はっとは、小麦粉に水を加えて練ったもので、細かく千切って汁物の中に入れるなどして食べる。その生地を薄く焼いて、チャパティも作る。キッコが作って来た本格的なインドカレーにぴったりだった。カレーを食べ終わったいち子とキッコは、そりで雪遊びをして、仲直りをした。

ある日、集落の集まりがあって、いち子も参加する。幼馴染のユウ太も来ていた。他に若い人はおらず、近所に住むのはおじいさん、おばあさんだった。議題は村の東側にある休耕地の管理が出来ておらず、虫などが発生して近隣の畑などに影響が出るため、どのように管理していくかということだった。集会の後、お茶を飲みながら、おじいさんたちは、小森がまだ山だった時の苦労話や、機械化する前の農業の話を聞かせてくれる。いち子は、その話を聞きながら、大変な苦労をしながら、何十種類もの野菜を育て、収穫して食べられるように加工し、冬に備え、子育てや仕事をしながら小森で生きてきたおじいさん、おばあさんを心から尊敬するのだった。
帰り道、いち子とユウ太は一緒に帰路につく。ユウ太は「みんな年だし、休耕地、俺らが何とかしないとな」と言う。曖昧な返事をするいち子に、ユウ太は「いち子ちゃんは全部1人でやってて、えらいと思っているけど、本当は一番大事なことから目を逸らしてて、それをごまかすためにその場その場を一生懸命取り繕ってる気がする。本当は逃げてるんだろう」と言う。いち子は何も答えられなかった。ユウ太は、小森で生きていくと決めていた。「他のおじいちゃん、おばあちゃんも、小森で生きていくことを心に決めているから、小森での生活を心から楽しんでいる」といち子は思う。いち子は、やはりまだ小森で生きていくという決意が出来ないままでいた。

小森では、冬の終わりには決まって嵐が来る。いち子は、秋に母から届いた手紙を読み返していた。母からの手紙には、今どこにいるとかそういった内容は全く書かれていなかった。春のような晴れの天気と、冬の嵐が交互にやって来る空を見上げて、いち子は「心に迷いのある自分と一緒だ」と思った。

ノビルで作ったパスタを食べるいち子

春になり、いち子は田植えや山菜取りに勤しんでいた。小森では、ふきのことを「ばっけ」と呼ぶ。いち子はばっけ味噌を作りながら、福子が失踪した日のことを思い出していた。
福子がいなくなった日は、春なのに大雪が降った日で、いち子は高校に行くため、朝キッコと待ち合わせしていた。出がけにいち子は「キッコにばっけ味噌作るって約束しちゃったから、ばっけ摘んどいて。摘むだけでいいから」と福子に頼んで、返事も聞かずに出発してしまった。いち子が出て行った後、福子は「摘むだけって、どんなことするか、分かってんのかしら」と煙草を吸いながらつぶやいた。いち子はが家に帰ると、もうばっけ味噌が出来上がっていた。いち子は早速一口味見をし、「砂糖が足りないよ」とつぶやき、福子を呼ぶが、家にいなかった。それきり、福子は失踪したのだった。

いち子は米を出荷する倉庫でアルバイトをしていた。母が失踪した日のことを思い出してぼーっとしていると、倉庫で働くおじさんに注意をされる。いらいらしていたいち子は「どうせ家のことは奥さんに任せきりのくせに。私は全部自分でやってるの」と、注意したおじさんに心の中で毒を吐く。そして、家のことを一緒にできる家族がいない自分の状況を振り返り、「母にとって私は本当に家族だったのか」と考えてしまうのだった。

いち子は今年作ったばっけ味噌で、キッコと一緒にご飯を食べていた。いち子が「母が時間がない時は、ばっけ味噌にお湯を注いで味噌汁にしていた」と話すと、キッコは「けっこう、うまそうじゃん」と言って、さっそく真似する。「ありだね、うまい」と言いながら、いち子とキッコは、ばっけ味噌で作った味噌汁を飲んだ。

春に畑仕事をしていると、つくしの根を嫌と言うほど取る。「こんなに取るなら食ってやらなきゃ気が済まない」と思ったいち子は、つくしの佃煮を作る。家の電球を直すために家に来てくれていたユウ太に出来上がったつくしの佃煮を味見してもらう。いち子はユウ太に「つくしって手間暇かかる割に、主張が少ないというか。しかも量が減って出来たのはこれだけ。結局つくしって雑草なのよね」と言う。するとユウ太は「つくしが生えやすい環境を作ったのって人間でしょ。縄文時代は、もしかしたら貴重な山菜だったかもしれない。春を告げる大切な山の恵みとして、太古の人々はつくしを大切にしてきたんじゃないかな。けなげに天をめざす大地の小さな精霊みたいな」と言い、つくしの佃煮についても「それにこれ、とってもうまいよ、つくしの香りもするし。さすがいち子ちゃん」と続けた。電球を直すユウタの姿を見て、いち子は「私はロマンを語る背の高い男に弱い」と思い、ユウ太への好意を自覚するのだった。

いち子が薪を割っていると、キッコが作業を手伝いに来てくれた。ちょうどノビルを取りに行くところだったいち子は、キッコにノビルの収穫を手伝ってもらう。お昼ごはんに、いち子は塩マスとノビル、そして白菜の花の芽で作ったパスタを作る。白菜の花の芽は、咲くと白菜が小さくなるので、摘んでしまわないといけない。あまり食べる人はいないが、ゆでて食べると美味しい。お昼ご飯を食べ終わった後は、薪割をする。キッコは薪割をしながら、上司にばかりいい顔をして、仕事は部下に押し付けてくる、嫌いな上司の悪口を言って、ストレス発散していた。すると、通りかかったキッコのおじいちゃんに「人の悪口ばかり言って。人のずるいところが分かんのは、自分にもおんなじ心があっからだぞ」とキッコは叱られてしまう。おじいちゃんが行ってしまった後で、キッコは「おじいちゃんに怒られたの、久しぶりかも」と言い、「なんかすっきりしちゃった」と言いながら薪を片付け始める。いち子は「キッコでも春は情緒不安定なんだね」と言う。

春キャベツには、よくモンシロチョウの青虫がつく。福子は「モンシロチョウは害虫なのよ」と言って、野菜を育てながら、よくモンシロチョウを手でつぶしていた。福子は「モンシロチョウはつぶす」というのが条件反射になっていて、いち子が小さな頃、福子と町に行くためにバスに乗っていた時、うたた寝をして寝ぼけていた母がバスに入って来たモンシロチョウをつぶしてしまったことを、キャベツを世話していたいち子は思い出した。バスに乗っていた他の乗客の驚いた顔が忘れられない。モンシロチョウになる前の青虫を駆除しながら、春キャベツを収穫したいち子は、外側の固い葉でかき揚げを作る。中のやわらかい部分は、そのまま、えごま油やオリーブオイルに塩を入れて、つけて食べるだけで、甘みが引き立って止まらなくなる。小森の人たちは、「何を植えたの」「出来栄えはどう」と春になると、よその畑を見て回る。みんな雨に弱いキャベツを念のためにと作りすぎて、おすそ分けするところを探しているのだ。いち子も同じで、キャベツを作りすぎてしまい、いくら美味しくても食べきれない。キャベツでキャロットケーキならぬキャベツケーキを作ってみるが、お好み焼きのような味になってしまった。

春に植えるものにじゃがいもがある。雪解けが終わって土が乾いたら、昨年取っておいた、じゃがいもを植える。とれたての新じゃがは、ゆでて塩を振ってそのまま食べても美味しい。ゆでたジャガイモを一口大に切って、取って来たクレソンとドレッシングを合わせたサラダは、いち子の朝食の定番メニューだった。そして、じゃがいもを混ぜたパン。福子の得意料理で、福子が作ってくれたじゃがいものパンはふんわりしていたが、いち子はどう工夫しても同じようにふんわりとは焼けなかった。何回かじゃがいもパンにチャレンジするうちに、福子とは違う、いち子のじゃがいもパンのレシピが出来上がって来た。じゃがいもは、保存が利くため、冬の間の貴重な食料になる。つまり、じゃがいもを作ることは、次の冬の食料を作ることだ。小森で暮らすということは、春になったら次の冬の備えをするというような、厳しい自然で生きていくための作業の繰り返しだった。

いち子は、また福子からの手紙を読み返していた。
「何かにつまずいて、その前の自分を振り返ってみる度、私っていつも同じようなことでつまずいてるなって。一生懸命歩いてきたつもりなのに、同じ場所をぐるぐる円を描いて戻ってきただけな気がして落ち込んで。でも私は経験を積んだんだから、それが成功にしろ失敗にしろ、全く同じ場所ってことはないよね。じゃあ、円じゃなくて螺旋だって思った。一方向から見たら同じところをぐるぐるしてるように見えても、きっと少しずつはあがってるか下がってるかしてるはず。それなら少しはましかな。それよりも人間は螺旋そのものかもしれない。同じところをぐるぐるしながら、それでも何かあるたびに、上にも下にも伸びていくし横にだって。私が描く円も次第に膨らんで、そうやって少しずつ螺旋はきっと大きくなっている。そう考えたらね、私もう少し頑張れるって思った」と書かれた文章をいち子は繰り返し読んでいた。
最初に読んだ時にはよく意味が分からなかったが、いち子はだんだんと福子の言っている意味が分かって来た。福子の手紙を読んで、同じ場所にいて何も変わらない自分の状況を振り返り「自分も逃げているだけじゃだめだ」と思ったいち子は、畑の準備をしたけれど、今年はじゃがいもを植えないことに決めた。いち子は、小森を出る決心をした。

いち子が出て行ってしまった後、キッコがいち子の畑の世話をしていた。もうたまねぎを植えてしまっていたいち子は、玉ねぎの世話をキッコに頼んでいたのだ。
いち子の畑を世話するキッコのもとに、ユウ太がやって来て、「決めたらとっとと出てっちゃったな」といち子のことを話す。そして、ユウ太は「でも、ちょっと見直した。いち子ちゃん、ちょっとぐずぐずしたところあるじゃない。このまま小森にいるんじゃ、自分に納得できないってさ。ほかに逃げ場がなくて小森にいるんじゃなくて、ちゃんと前向きな気持ちで住む場所選びたいんだって。町で居場所つくれるくらいにならないと、小森に失礼なんじゃないかってさ」と続けた。キッコは「私にも同じようなこと言ってたけどさ。あの子はほんと、ええかっこしいで負けず嫌いで、考えすぎで、融通効かない子で。ここが好きならここに住んでればいいのよ」と答える。それを聞いたユウ太は「きっついなあ」と言いながら笑う。玉ねぎの畑づくりは、前の年から始まっている。ユウ太が「冬越して10カ月。けっこう手間かかってる」と玉ねぎをいじりながら言うと、キッコは「あの子みたいね」といち子のことを思い出して笑う。ユウ太が「畑、守っててやるんだ」と言うと、キッコは「どうせすぐ戻ってくるでしょ」と答えた。

5年後、廃校になった分校で、小さな森の春祭りと称して、手作り雑貨や野菜を売る市が開かれていた。はっと汁などの郷土料理を売る人や、似顔絵を描く人もいる。
にぎわう会場の中、キャンプ場の経営者のシゲユキが来ており、いち子を見つけて声をかける。シゲユキが「帰ってきたとは聞いていたけど」と言うと、近所のおばさんが「この子、町に婿取りに行ったから」といち子をからかう。いち子は町で出会った人と結婚し、小森に帰って来ていたのだ。シゲユキを見つけて、キッコも寄って来る。シゲユキが「キッコちゃん、赤ちゃんは?」と言うと、キッコは「お父さんが見てる」と言って、子どもを抱っこするユウ太を指さした。キッコはユウ太と結婚し、子どもが出来ていた。シゲユキがいち子に「旦那さんは?」と聞くと、いち子は「あっちで神楽の準備してる」と言う。シゲユキが「神楽やんのか」と言うと、「なかなかみんな集まれなくて練習不足だけど」といち子は答え、神楽の準備をしに別室へ向かった。準備に向かういち子の後姿を見ながら、シゲユキは「そういえば、子ども神楽熱心にやってなあ」と言うと、キッコが「近くに住んでる卒業生に声かけてね。人集めになるからって。これきっかけに何人かでも小森に戻ってきてくれたらね」と答える。
体育館のステージで神楽を披露する時間になった。体育館にはたくさんの人が集まっていた。いち子も舞台に立ち、神楽を舞う。神楽を舞ういち子には、もう迷いはなく、小森で生きていく決意が秘められていた。

『リトル・フォレスト』の登場人物・キャラクター

いち子(演:橋本愛)

生まれ育った小森の一軒家で1人暮らしをしている。もともとは、母である福子と2人で暮らしていたが、高校生の頃に福子が突然いなくなってしまった。それからは、畑仕事や薪割などの力仕事も含めた家事全般を自分1人で行っている。
高校卒業後、一度小森を出て町で彼氏と一緒に住んでいたこともあったが、町に居場所を見つけることが出来ずに、小森に帰って来た。小森で一生生きていくと決めた訳ではなく「町から逃げて帰って来ただけの自分が、このまま小森に居続けてよいのか」と悩んでいる。小森で生きる覚悟を決めて小森での生活を心から楽しんでいる幼馴染のユウ太や、ずっと小森で生きてきた近所のおじいちゃんやおばあちゃんと、小森に住むことに迷いのある自分を比べてしまい、「このままで良いのか」と自問自答する日々を過ごしている。
しかし、小森での生活を楽しんでいない訳ではなく、田んぼや畑で、米や野菜を自分で育て、山菜や木の実などを収穫して、自然の恵みを活かしながら、季節ごとの料理を楽しんでおり、料理が得意である。また、幼馴染のキッコやユウ太ともよく一緒にご飯を食べたり、畑仕事を手伝い合ったりして仲良くやっている。時々、キャンプ場や米倉庫で短期のアルバイトをしている。
秋に久しぶりに福子から手紙をもらい、その手紙を何度も読み返すうちに、福子が自分と同じように自分の居場所がないことに悩んでいることに気付き、春を迎えた頃に「私ももう一度小森を出る」と決意する。
もう一度小森を出た後、5年後には町で出会った人と結婚し、小森でずっと暮らしていくために小森に戻ってくる。結婚相手については、詳細は不明である。

ユウ太(演:三浦貴大)

いち子の2個下の後輩で、幼馴染。いち子の近所に住んでおり、いち子の家にもよく遊びに来ている。
いち子と同じように、一度は進学で小森を出て町に住んでいたが、町で尊敬する人に出会うことが出来ず、小森と小森で暮らす人々の偉大さに気付いて小森に戻ってきた。いち子とは違い、小森で一生生きていくことを心に決めているため、小森の将来についても真剣に考えている。「このまま小森に住み続けてよいのか」と迷いのあるいち子に、「大事なことから逃げているだけでは」と意見するなど、いち子がもう一度小森を出る決意をするにあたって大きな存在となった。
いち子が小森に戻ってきた時には、キッコと結婚しており、子どもを1人もうけている。

キッコ(演:松岡茉優)

keeper
keeper
@keeper

Related Articles関連記事

万引き家族(映画)のネタバレ解説・考察まとめ

万引き家族(英題:Shoplifters)とは、2018年に公開された日本映画である。監督は『そして父になる』などで知られる是枝裕和。主演はリリー・フランキーと安藤サクラ。 第71回カンヌ国際映画祭において最高賞のパルム・ドールを獲得するなど、国内外で高い評価を受けた。 貧困のなか、万引きによって生計を立てながら身を寄せ合う家族6人の姿を描く。

Read Article

勝手にふるえてろ(綿矢りさ)のネタバレ解説・考察まとめ

『勝手にふるえてろ』とは2017年に公開された日本のラブコメディ映画。芥川賞作家の綿矢りさの原作小説を松岡茉優主演で映画化。10年間も中学の同級生に片想い中で恋愛経験ゼロのヒロイン「ヨシカ」。そんな彼女に人生初めての彼氏ができる。ヨシカは片想いだけど妄想彼氏の「イチ」と初めて告白されてできた彼氏・会社の同僚「二」で勝手に二股を作り葛藤する。傷つきながらも暴走する主人公をコミカルに描く。監督は『でーれーガールズ』の大九明子。「第30回東京国際映画祭コンペティション部門」で観客賞を受賞した話題作。

Read Article

海獣の子供(漫画・劇場アニメ)のネタバレ解説・考察まとめ

『海獣の子供』とは、海を巡る神話を題材にしたファンタジー物語であり、五十嵐大介による初の長編漫画作品、また漫画原作の同名アニメーション映画である。漫画は、小学館が発行する漫画雑誌『月刊IKKI』にて2006年2月号から2011年11月号まで連載された。映画は渡辺歩が監督し、主人公・安海琉花の声優を芦田愛菜が務め、2019年に公開された。主人公の中学生・琉花が、ジュゴンに育てられた子供・海と空と関わるうちに、自然界の海を巡る現実とは思えないような体験に巻き込まれていくひと夏の物語となっている。

Read Article

目次 - Contents