最強のふたり(映画)のネタバレ解説・考察まとめ

『最強のふたり』とは、2011年にフランスで公開された、実話をもとにコミカルに描くヒューマンヒストリー映画である。パラグライダーの事故で首から下が不自由になってしまった大富豪の男と、その介護人として雇われた、貧困層の黒人青年との交流を描いた物語。共通点のない2人が、それぞれの趣味を共有していく様子をユーモラスに描き、友情を育んでいく。第24回東京国際映画祭で最優秀作品賞と最優秀男優賞をダブル受賞した。監督・脚本は、フランスの2人組監督のエリック・トレダノとオリヴィエ・ナカシュが担当している。

『最強のふたり』の概要

『最強のふたり』とは、2011年にフランスで公開された、実話をもとに作られたヒューマンヒストリー映画である。パラグライダーの事故による頸髄損傷で首から下が麻痺してしまった大富豪の男フィリップと、その介護人として雇われた、スラム街出身の移民の黒人青年ドリスとの交流を描いた作品である。
まったく共通点のない2人が衝突しながらも次第にお互いへ理解を深めていき、友情を育んでいく様子がコミカルに描かれていく。

無職の青年ドリスはとある豪邸で介護人の面接を受けるが、はなから働く気などなく、就職活動をした証明書のサインをもらうためだけにやって来た。それは3件不採用になると失業手当が受け取れるからであった。その面接を行ったのがフィリップと秘書のマガリーである。マガリーを口説こうとしたり、フィリップを小馬鹿にするような態度をとるドリスをフィリップは気に入り、「明日9時に来なさい。書類にサインしておく」と伝える。
翌日、書類を受け取るため昨日の場所に向かったドリスは、迎え入れられたフィリップの助手に屋敷を案内される。何も分からないまま豪華な一室に案内されたドリスはフィリップの元へ連れて行かれ、「君に1ヶ月の試用期間を与えたい」とフィリップから提案される。思いがけない言葉に黙って書類だけ受け取り部屋を出るドリスだったが、翌日から住み込みで働くこととなった。

とことん正反対で共通点がまるでない2人は、始めの内は反発し噛み合わないものの、まるで足りないものを補い合うかのようにお互いの文化や趣味を共有し合うようになる。ドリスはフィリップに影響され芸術に造詣を深め、フィリップはドリスに影響され下ネタという名のユーモアを覚えていく。育ってきた環境や立場が違っていても絆を深め合えたのは、お互いに「偏見」がまったくないからであった。
シリアスなテーマでありながらパセティックな展開はなく、障害者と健常者の日常がコミカルに展開される。

監督・脚本は、フランスの2人組監督のエリック・トレダノとオリヴィエ・ナカシュが担当している。
フィリップを『唇を閉ざせ』のフランソワ・クリュゼ、ドリスを『ショコラ〜君がいて、僕がいる〜』のオマール・シーが演じ、本作はフランスでの歴代観客動員数で3位の大ヒット作となった。
2001年に公開され大ヒットとなった『アメリ』の日本国内動員数103万8763名を、本作は公開63日目で超えており、動員数131万1452名で興行収入が16億円を突破する。日本で公開されたフランス語映画の中で歴代1位と輝いた。

『最強のふたり』のあらすじ・ストーリー

ラストに繋がるオープニングシーン

ドライブをするフィリップ(画像左)とドリス(画像右)

黒人の青年ドリスが車を走らせる。助手席にはフィリップという年配の男が座っていた。突然スピードを上げ、微笑み合う2人。ものすごい速さで駆け抜けるように次々と車を抜かしていく。後ろからはパトカーが迫ってきた。ドリスが「お出ましだ。逃げ切れるかどうか100ユーロ賭けよう。どうする?」とフィリップに聞く。「乗った」とフィリップが呟いた。
更にスピードを上げて行くドリス。巻いたと思っていたら正面からもパトカーがやって来て挟まれてしまう。「車から降りろ」と警官が怒鳴る。すると「上手く切り抜けたら200ユーロ」とドリスは呟き、フィリップは「君の負けだ」と答えた。
車から降りたドリスは「話を聞いてください」と警官に言うが、「手をボンネットに置け」と警官は言いドリスを車に叩きつける。「降りろ」とフィリップに叫ぶ警官を見てドリスは、「彼は降りられない。障害者なんだ。車椅子が積んである。見てみろ」と怒鳴る。警官が確認すると、後ろに車椅子が積んであった。ドリスは「遊びでぶっ飛ばしてたと思ってるのか?雇い主が発作を起こして病院へ向かっていた」と説明する。警官がドリスの雇い主だというフィリップの様子を確認すると、フィリップは呼吸が荒く苦しんでいた。「死んだら遺族にはあんたが説明しろよ。あと5分放置したら死ぬ。ゆっくり考えるがいい」とドリスが警官に言い放つ。慌てた様子の警官は、真偽を確かめようとするがフィリップの発作が酷くなっていたため、仕方なく「行っていい」と答えた。それを聞いて車に乗るドリス。「安全のため先導する」と警官が言った。警官が車から離れると、ドリスは「よし。いなくなった」と言って、発作の演技をしていたフィリップのよだれを拭きながら「汚いなフィリップ。一体どこから出してんだ」と笑う。車を出発させたドリスは「先導すると言ったな。200ユーロ儲かった」と楽しそうに言った。「賭け金が高すぎる。私が助けてやったんだぞ」と笑うフィリップ。ドリスは「音楽で祝おう」と言って、カーステレオから流れる音楽に乗って、2人は楽しそうに歌いながら先導車の後ろを走る。
病院に着いた所で警官が2人の乗る車にやって来ると再び発作の演技を始めるフィリップ。警官は「あとは係員に頼んである」と行って帰って行った。
フィリップは演技をやめ、「これからどうする?」とドリスに聞く。ドリスは「まあ任せて」と言って、再び車を出発させた。

フィリップとドリスの出会い

就職活動の証明書を貰いに来たドリス

とある面接に来ていたドリス。大豪邸の廊下に何人もの人達がスーツでいる中、デニムにジャンパーのドリスは明らかに浮いている。この豪邸に住むフィリップの介護人の面接だった。面接を行う部屋には秘書のマガリーと少し後ろに車椅子に乗ったフィリップがいる。面接を受けに来た人達が真面目に答えている中、呼ばれていないにも関わらずドリスは「もう2時間も待ってる」と言って、順番を待たず勝手に部屋に入って行った。そして書類を机に置き、「これにサインしてくれ」と言う。面接に来た人間とはとても思えないドリスの態度に驚いた顔を見せるフィリップとマガリー。マガリーは、「とりあえずお座りください」と言った。座ろうとしないドリスにマガリーは戸惑いながら「ご推薦か何かは?」とドリスに聞く。「推薦?あるよ」と答えるドリスに「伺います」と言うマガリー。ドリスは「クール&ザ・ギャング。お勧めだね。俺の一押し」と得意げに答えた。的外れの返答に驚くマガリーは後ろを振り返りフィリップを見た。「知らないな。座って」とフィリップが言う。「あれを知らないなんて音楽に疎いんだね」と、ドリスはフィリップ相手にも砕けた調子で話す。「音楽に関してはそれほど疎いとは思っていない。そのクルーなんとかは知らないけどな」と、真面目に答えるフィリップ。「クール&ザ・ギャング」と言ってドリスは訂正する。フィリップが「それならショパン、シューベルト、ベルリオーズはどうだ?」とドリスに聞くと、「俺が知ってるかって?そっちこそ知らないくせによ」と答えるドリスに「いや。かなり詳しいぞ」とフィリップは言った。ドリスはやっと椅子に腰掛けながら「ああそう。誰を知ってるって?何号棟の?」とフィリップに聞く。フィリップは微笑み、「ベルリオーズは団地の話じゃない。19世紀の音楽家、評論家だ」と言った。「知ってて冗談を言ってるんだ。音楽もユーモアも両方に疎いな」とドリスがからかうように笑う。あっけにとられた様子を見せるフィリップとマガリー。フィリップは話を変えて「書類とは?」と聞いた。ドリスは机に置いた書類を広げ「俺が就職活動した証明をしてほしい。何でもいいから適当な理由を並べて不採用にしてくれ。3件で失業手当が出るんだ」と言った。「なるほどな。他に人生の目的はないのか?」とドリスに聞くフィリップ。ドリスは「あるさ。そこにいる。ステキな人生の目的が」と言って、マガリーに向けてウィンクをした。それを聞いて楽しそうに笑うフィリップ。「もういいだろ。サインしてくれる?」と言って椅子から立ち上がるドリス。フィリップは「すぐにはできない」と言い、電動車椅子でドリスの前までやって来る。ドリスは「やっかいだな。提出期限があるのに」とつまらなそうに答えた。「明日9時に来たまえ。お望み通りサインしておく」とフィリップが言う。ドリスは仕方なく「じゃあまた明日」と言って部屋を出た。

自宅にいるドリス(画像右)とミナ(画像左)

ドリスはスラム街出身の移民だった。たくさんの妹や弟達と暮らしている。家族が寝静まった後、母親の帰りを待つドリス。夜も更けてきた頃母親が帰宅した。ドリスは「やるよ」と言って卵の形をしたオーナメントのような物をテーブルの上に置いた。母親が「何してたの?」とドリスに聞く。ドリスは「骨休めだ」と答えた。ドリスは半年間服役しており出所したばかりなのだが、刑務所に居たことも出所したことも母親は知らされていないようだった。母親は「近所のうわさになってる。私は笑い者よ。6ヶ月電話1本寄こさないなんて。突然現れて卵でごまかす気?家賃や食費の足しにでもしろと?」と捲し立てる。黙り込むドリス。居なくなったり、かと思えば戻ってきたりするドリスに「ここはホテルなの?こっちを見なさい」と母親は強い口調でドリスに話しかける。一方的に言葉を投げかける母親にドリスは「これじゃ話もできない」と言った。それを聞いた母親は「話があるわけ?聞くわ」と憮然とした態度でドリスの前に座った。それでも何も話そうとしないドリスに母親は「ドリス。あんたのために祈ったわ。でも私には他の子供達がいる。将来のある子よ。もうここには来ないで。荷物をまとめて出て行ってちょうだい」とドリスに話す。ドリスは何も答えずただ母親を見つめていた。「早く行って」と母親が言うと、黙って出て行くドリス。ドリスが出て行った後、母親は静かに泣いていてた。ドリスは実の息子ではなく、ドリス以外の子供達は全員自分の本当の子供だったため、母親も複雑な思いを抱えているのだった。

行く宛のないドリスは仲間達が集まる場所へ向かった。道端でお酒を飲みタバコを吹かし、夜通し悪友たちと過ごすドリス。夜が明けると、ドリスは電車に乗って、書類を受け取るために昨日面接をしたフィリップの元へ向かった。
インターホンを押し、就職活動をした証明書を受け取りに来たと説明すると家に招かれるドリス。フィリップの助手のイヴォンヌに、フィリップの元に案内すると言われる。イヴォンヌは「朝7時に看護師が来て始める。毎朝3時間のケアが必要なの」と言いながら、豪邸を足早に歩くイヴォンヌの後に続くドリス。ドリスを新しい介護人として接しているイヴォンヌは「これまでの人達は1週間で逃げ出したの」とドリスに話す。広い屋敷をただ歩いていたドリスは「内装も音楽も素晴らしいと思うけど家は買わないよ」と冗談めかして言う。「フィリップに案内を命じられたの。私だって忙しいのよ。すぐ終わるから我慢して」とドリスに言った。そして電子機器を片手に「これは赤ちゃん用モニター。離れていてもフィリップと話せるわ」と言って、ある部屋に通されたドリス。「契約通り、あなたには専用の部屋があてがわれる」とイヴォンヌが言う。ラグジュアリーな家具と、瀟洒な洋館の1室に目を見張るドリス。その部屋の奥に案内され、「ここよ」と指差すイヴォンヌ。そこは大きなバスルームだった。バスルームを抜けるとフィリップがベッドに寝ており、医師達がケアを施していた。ドリスに気付いたフィリップは「書類にサインしたよ。そこの小机に置いてある」と言った。何も言わず書類を手にし部屋を出ようとするドリスに、「今の生活はどんな気分だ?」とフィリップが聞くと、ドリスは立ち止まり振り返る。フィリップは、失業手当を受け取るために就職活動をした証明をしてほしいと面接で言っていたドリスに向けて「人に頼って暮らすのは気が引けないか?」とマッサージを受けながら聞くのだった。「そっちこそ」と言い放つドリス。フィリップは笑い、「自分は働ける人間だと思うか?責任を持って働く能力があると?」とドリスに聞く。「ユーモアがあるね」とドリスは答えた。「君に1ヶ月の試用期間を与えたいんだが、どうだ?」とフィリップがドリスに提案する。思いがけないフィリップの言葉に訝しげな顔になるドリス。そんなドリスに「2週間持つまい」とフィリップは笑う。ドリスは黙って部屋を出た。

フィリップの介護人として働くドリス

フィッリプ(画像右)へのケアの説明をマルセル(画像左)から受けるドリス(画像中央)

翌日、住み込みで働くことを決めたドリスは大きな荷物を持ってフィリップの元へやって来る。とりあえずドリスは与えられた部屋のベッドに大の字になり寝転んだ。そしてフィリップのいる部屋に行き、介護士のマルセルからフィリップに施すマッサージの方法を教わる。「すべての骨と筋肉を動かすこと。皮膚と関節を健康に保つこと。細心の注意を払い正確に」とマルセルがドリスに説明するが、ドリスは後ろで居眠りをしていた。「ほら起きて。寝るのは夜よ」とマルセルはドリスを叱る。ドリスは「寝てない」とシラを切っていた。「これからフィリップを車椅子に移す。この次はシャワーよ」とマルセルは言いながらふと思い立ち、「そうだ。1人でやってみって」とドリスに言った。ドリスが恐る恐るフィリップに触れると、「怖がらないで」とマルセルが言う。するとドリスはフィリップを軽々と持ち上げ車椅子に座らせた。
マルセルに言われた通りフィリップのシャンプーを始めるドリス。様子のおかしいドリスにフィリップが「もっとゴシゴシやってくれ」と言うが、「変なんだよこのシャンプー。泡が立たない」と不思議そうに答えるドリス。心配したマルセルが様子を見に行くと、驚いたマルセルは「それは足用クリームよ」と言った。「おいドリス。字は読めるんだろうな」とフィリップはドリスをからかうように言った。
マルセルが用意したストッキングを見て、「女装でもするのか?」とドリスがフィリップに聞く。「血行促進ストッキングだよ。血行が停滞すると気絶するんだ」とフィリップが答える。ストッキングを履かせることに抵抗を覚えたドリスは「俺は履かせられない。なんでもかんでも俺がやるって訳にはいかないだろ。ちゃんと分担しないと」と慌てて拒否する。「これはマルセルにやってもらおう。女だから履き方とか色々知ってるだろうしさ」と必死で断ろうとするドリスを見てほくそ笑むフィリップ。「とにかく俺はやらない。無理なもんは無理だ。絶対やらないからな」と散々悪あがきをするが結局履かせる事になったのだった。スットキングを履かせるドリスにフィリップは「ストッキングを履かせる君とそのかわいいピアスが実によくマッチしている」と真面目な顔で話す。「冗談はよせ」とドリスが言うと、楽しそうに笑うフィリップ。「ほらできたぞ。この手袋はなに?」と、そばにあったゴム手袋を持ってドリスがフィリップに聞く。「それはもう少し先の話だよ。君には早すぎる」とフィリップが神妙に答える。近くにいたマルセルが「ええ早すぎるわね」とフィリップに続いて答えた。ドリスは不服そうに「早すぎるって何がだよ。これは何なんだ?」と再びフィリップに聞くが、「あとで説明する」と言って明言を避けるフィリップ。するとドリスはマルセルに「研修中なんだから説明してくれよ。分からないことがあるんだ」と問いかけ続ける中、フィリップは笑いを堪えるようにしていた。

休憩をとるマルセルにドリスは「時期は関係ない。俺はやらない。男のクソを出すなんてダチでもそんなことはしないぞ。誰のクソでも断る。俺のポリシーだ」と憤怒していた。どうやらあのゴム手袋は、便をかき出すために用いるらしかった。食事中のマルセルは「あとでもいい?食事を済ませてからとか」と言った。納得のいかない様子で立ち去ったドリスだったがすぐ戻ってきて、「いやいや。あとで話す必要はない。もうよそう。こんな話するのも嫌だ。ストッキングだって嫌だったけど我慢した。そうだろ?」とドリスはマルセルに詰め寄る。黙ってドリスの話を聞くマルセルに、「次はそっちが我慢してくれ。クソを出すって話はなしってことでいいな」と矢継ぎ早に話すドリス。「しょうがないわね」とマルセルがため息混じりに答える。「これで話はついたな。ごゆっくり」と胸をなで降りしたドリスはマルセルの元を後にした。

反応のないフィリップ(画像右)の足に熱湯を注ぐドリス(画像左)

夜、ドリスが屋上で食事をしていると、フィリップの1人娘であるエリザと恋人のバスティアンが一緒に屋上に上がって来た。エリザとバスティアンはドリスの存在に気付かずキスを始める。ドリスが「おい目障りだぞ」と言うと、驚いた様子で振り向くエリザとバスティアン。「映画館でやれよ。こっちは食事中だ」と言うドリスに、「やあ。ビールはどこにある?」とおどけて言うバスティアン。「お前の髪の中」と、バスティアンのボサボサ頭を揶揄してドリスが答える。そして「モップ頭と散歩にでも行ってろ」とエリザに言う。エリザはバスティアンに「行きましょ。あれパパの新しい世話係」と言いバスティアンを連れその場から立ち去って行く。ドリスは不服そうに「名前があるぞ」と呟いた。

翌朝、携帯電話を触りながらフィリップのマッサージをしていたドリスは、ポットに入っていた熱湯をフィリップの足にこぼしてしまう。慌てて謝るドリスだが「どうした?」とフィリップに言われ、フィリップが何も感じていない事に気付く。そして熱湯をわざとかけて反応を確かめるが「お遊びは終わったか?」と淡々と言うフィリップに「嘘だろ。ほんとに何も感じないのか?」と驚くドリス。すると熱湯を足にかけている所にマルセルがやって来た。マルセルは驚き「ちょっと何してるの。火傷するじゃない」とドリスを大声で叱った。

フィリップに届いた手紙などの郵便物をフィリップに確認しながら仕分けするドリス。フィリップが「それは私信。それは弁護士」と指示し、ドリスがそれぞれの場所に置いていく。ある1枚のハガキを手にとって「これは?」とドリスが聞くと「ゴミ箱」と答えるフィリップ。マッサージの広告のようで、女性が載っていた。ドリスはフィリップに「風俗ファイル作る?」と笑った。
フィリップが口に咥えたヘラのような物で器用にページを捲りながら読書をしているそばで、ドリスはヘッドフォンで音楽に聴き入っていた。フィリップの携帯が鳴っている事に気付いたドリスはフィリップの方を見ずに腕だけ伸ばし携帯を差し出す。そして「おっと。つい忘れるな」と言ってフィリップの口からヘラを取ってやり、携帯を耳に当てるのだった。

フィリップとドリスが外出をするために車椅子ごと乗せられるワンボックスカーが用意されていたが、「イヤだね。馬みたいに荷台に乗せろと?」と言ってドリスは拒否した。ドリスは粗野な所はあるが人間味があり、フィリップを助手席や後部座席ではなく車椅子ごと荷台に乗せることに抵抗を感じたようだった。そして隣に停めてあるカバーが掛けてあるマセラティを指差し「こっちは?」とドリスはフィリップに聞く。「実用的じゃないんだ」と答えるフィリップだったがドリスはその車の助手席にフィリップを座らせエンジンをかける。ドリスは「この音たまらない」と大興奮し、フィリップも「だろ?」とまんざらでもなさそうに微笑んだ。

絵画を見に来たフィリップ。フィリップと画商の女性が値段について話していると、「この落書きに3万ユーロ?」とドリスが口を挟む。「よした方がいい。高すぎる」と呆れたように言うドリスに「なぜ人は芸術に惹かれると思う?」とフィリップがドリスに聞く。「商売になるから」と即答するドリスに、フィリップは「違う。地上に残せる唯一の足跡だから」と答えた。

カフェでアントニーという友人と落ち合うフィリップ。「君が呼び出すから出て来たよ。なんだい?折り入って話したいことって」とフィリップがアントニーに聞く。ドリスはその間外で待っていた。アントニーは「どんな話か想像つくはずだ」と言った。そして外で待つドリスをちらりと見やり、「なあ。あの男は誰だ?みんな心配してる。イヴォンヌが乱暴な奴だと言ってたよ。人を殴ったって?言うまでもないと思うが用心しなきゃダメだぞ。怪しげな人間を近づけるな。そんな状態で…」とフィリップを心配していた。フィリップは黙って耳を傾けていた。アントニーは「第一、あの男がどんな人間かほとんど知らないだろ?」と言う。フィリップの反応を伺うようにしているアントニーにフィリップは「続けて」と言った。「法務所の知り合いに聞いたんだ。重罪ではないがドリスにはちょっとした前科がある。宝石強盗で半年服役した。有能ならまだいいが仕事も雑なんだって?注意しろよ。連中は情け容赦ないぞ」とアントニーは真剣に話す。するとフィリップは「そういうところがいいんだ。いらないよ。情けなんて」と答えた。そして、「あいつ電話を差し出すんだ。うっかりとね。私に同情していない証拠だよ。あいつがどこから来て過去にどうしてたかなんて、そんなの私にはどうでもいいことだよ」とフィリップは淡々と話す。アントニーは少しの間フィリップを見つめるが、「それならいい」と言った。

食事をするドリス(画像右)とイヴォンヌ(画像左)

ドリスは与えられた自室から廊下を歩くマガリーを見つけ、「今時間ある?」と呼び止めた。マガリーは振り向き「いいえ。ないわ」と答える。諦めずドリスが「見せたい物がある。そんなに警戒しないで。1分だけだよ」と言って部屋に招きバスタブの前に立って「風呂がある」と言った。マガリーは呆れた様子で「それで?」と腕を組む。ドリスは「一緒に入らない?2人でも余裕の広さだ」と微笑みかける。マガリーは思わず笑って、「いいわよ。悪くないわね」と言って着ているブラウスのボタンに手をかけながら「あなたも脱ぎなさいよ」とドリスに言った。ドリスは嬉しそうに「君ってなかなか積極的なんだね。喜んで脱ぐとも」と言って着ている服を脱ごうとするが、マガリーは笑いながらそそくさと部屋を出て行った。上半身裸になったドリスは拍子抜けしたようにマガリーの後ろ姿を見つめ「どうしたの?いいって言ったのに」と言ってマガリーを追いかけた。

その夜フィリップは、文通相手へ出す手紙をマガリーに代理で書いてもらっていた。「郵便が来ると少し緊張する。君の便りがないと僕は絶望に…」差し出す手紙の文章をフィリップが読み上げていた。書き取りをしていたマガリーは「ちょっと待って。早くて追いつけません」と言った。
別室にいる時は赤ちゃん用モニターと呼ばれる電子機器で会話のやりとりをしているが、ドリスと食事をしていたイヴォンヌは「ここは聞かなくていいわ。フィリップのプライバシーに関わるから」と言って音量を下げる。ドリスは「なんのこと?」とイヴォンヌに聞く。「なんでもないわよ。ただの手紙のやりとり」とイヴィンヌは答えた。「手紙?相手は?」とドリスが聞くと「主にエレノア。文通してるの」と教えた。手紙の仕分けをしていたドリスは思い当たり、「青い封筒の?やるね。ロマンスだ」と楽しそうに笑った。

フィリップの過去

フィリップ(画像左)の異変に気付き駆けつけるドリス(画像右)

夜中、眠っていたドリスは赤ちゃん用モニターから聞こてくるフィリップの苦しそうな呼吸で目が覚める。1度は無視して眠ろうとしたが、一向に治まらなかったためフィリップの部屋に向かったドリス。「大丈夫か?音楽かける?」と聞くが、呼吸が苦しそうなフィリップは答えられない。フィリップが汗をかいていたためタオルを水で濡らし、「大丈夫。落ち着いて」と言って頬に当てるドリス。「フィリップ。落ち着いて。ゆっくり息をして。心配ない。ゆっくり呼吸するんだ」とドリスが優しく話しかけると、フィリップは次第に呼吸が落ち着いていった。
その後もフィリップの様子をそばで見守るドリス。フィリップは再び発作を起こした。「空気を」と苦しそうにささやくフィリップを、ドリスは抱きかかえ車椅子に座らせ毛布をかけ、急いで外へ出た。
「空気が気持ちいい」。ドリスに車椅子を押されながらフィリップが言う。「あの発作は?」と聞くドリスにフィリップは「薬も効かないんだ。幻想痛と言われているらしい。熱いフライパンで焼かれる冷凍ステーキみたいな気分でね。感覚がないのに苦しい」と答える。「苦痛を和らげる方法があるだろうよ」と少し怒りを滲ませドリスが言った。「あ。あれなんて痛みが和らぐかも」と、楽しそうな若い2人組の女性を見てフィリップが言う。「あれは俺にも必要だよ。あんなに効く薬はない」とドリスが言うとフィリップは楽しそうに笑った。
「前から聞きたかったんだけど、あっちの方はできるの?」とドリスが聞くと「知ってるかどうか分からんが私は首の付け根から爪先までまったく感覚がないんだ」とフィリップが答える。それを聞いたドリスは「できないのか」残念そうに言った。フィリップは「複雑なんだ。できるけど自分の自由にはならない。快感は他の場所でもある」と答え、「ほんと?想像つかないな。例えば?」と興味深そうにドリスが聞く。「例えばそう。耳だ。耳は非常に敏感な性感帯なんだ。知ってるだろ?」と言うフィリップに、「考えたこともないな」と笑い飛ばすドリス。すると、また少し苦しそうに息をするフィリップ。その様子を見てドリスはマリファナを巻いた紙に火をつけフィリップに咥えさせる。そして「楽になるぞ。吸って」と言った。むせるフィリップに「吸い込みすぎだ」とドリスが笑い、もう1度咥えさせると今度は美味そうに吸って、フィリップは「もう1回」とドリスに言った。

笑い合うフィリップ(画像右)とドリス(画像左)

カフェに入ったフィリップとドリス。フィリップが過去の事をドリスに語り始めた。「妻のアリスとは大学の時知り合ったんだ。背が高くてエレガントでいつも笑顔だった」とドリスに話す。「家に写真があった。美人だね」とチキンを頬張りながら答えるドリス。「すごい大恋愛だったよ。君も1度は経験すべきだ。我ながらどんなに彼女を愛したことか」とフィリップは言い、突然涙ぐむ。「そのうち妻は妊娠した。だが5回続けて流産」とフィリップが言うと、ドリスは食べるのをやめフィリップを見た。「やがて妻は不治の病に侵されているということが分かった。それで養子をとった」と懐かしむように話すフィリップは、無理に微笑もうとしているようだった。するとドリスが店のスタッフを呼び、「さっきのチョコレートケーキ、中生焼けだったよ?ドロドロしてて変だった」と言った。スタッフは遠慮がちに「あれは半生でお出しするものですので」と答えると、ドリスは「そうなの?」と言った。その会話を聞きながらフィリップはさもおかしそうに笑っていた。昔のことを思い出し泣くのを堪え無理に笑うフィリップを、ドリスはおどけてみせてフィリップを笑顔に導いたのだった。
そしてフィリップは、頚椎を損傷し下半身不随になった経緯を話し始めた。「競争が好きだった。極限に挑む競技だ。もっと速く高く。それがパラグライダー。すべて見下ろせる最高のスポーツだ。支配者になれと教育されていた」と話したところで「飲み物をくれ。喉が乾いた」とドリスに言った。「マリファナの副作用だ」とドリスは笑ってフィリップに水を飲ませた。「他には?」とフィリップが聞くと「腹が減ったりおしゃべりになったり」と、次々と話し始めるフィリップに対し笑って答えた。
「パラグライダーは天気が悪いとできない」と話し出すフィリップ。「でもやったのか?」とドリスが聞くと、フィリップは「不治の病に苦しむ妻と繋がりたかったのかもしれない。その結果私は頚椎をやられ、頭以外は麻痺。だが問題は体よりも心だ」と話すドリスは黙って聞いていた。「1番つらいのは障害じゃない。妻がいないことだ」と言うフィリップに「それで医者はなんて?」とドリスが聞く。「今の医学であれば私は70歳まで生きられるそうだ。マッサージと薬で。金はかかるけど私はリッチな障害者だからね」とフィリップは笑い、ドリスも笑顔を見せる。そしてドリスが「俺なら自殺するね」と言うと、「障害者にはそれも難しい」とフィリップは答えた。「そうだな。やっかいだ」と納得するドリスだった。
フィリップは話題を変え「今日は何日だ」とドリスに聞く。「8日か9日だ」とドリスが答えると「君は賭けに勝ったんだ。試用期間は終わり」とフィリップが言う。「本採用か」と嬉しそうなドリス。「そう。正式にね。信頼してもいいか?」とフィリップがドリスに聞くと「もちろん」と答えるドリス。するとフィリップが「ではファベルジェの卵を返してくれ」と言った。はっと息を呑むドリス。フィリップの家から盗み、母親に渡した置物だった。「アリスが25年間毎年1個ずつ贈ってくれた大切な品だ」とフィリップが言うと「何の話かさっぱり…俺じゃない。なくしたの?」ととぼけるドリスだった。

フィリップの文通相手

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