息もできない(映画)とは【ネタバレ解説・考察まとめ】

『息もできない』とは、2008年公開の韓国のインディーズ映画。暴力や暴言を吐くことでしか自分を表現出来ない取り立て屋の男サンフンが、ある女子高生ヨニと出会う。最低最悪な出会い方をした2人だったが次第に心を通わせて行き、似たような過去やトラウマを抱えてきた2人の魂の解放を描く。怒りと憎しみで支配されたサンフンと、傷ついた心を隠し生きている負けん気の強いヨニ。それぞれの痛みを抱えた2人が不器用に惹かれ合って行くのだった。主人公ヤン・イクチュンが監督、脚本、編集を務めている。

『息もできない』の概要

『息もできない』とは、粗暴な借金取りの男と勝ち気な女子高生が出会い、トラウマからの解放を描いた2008年公開の韓国のインディーズ映画である。
父親への怒り、憎しみを抱えた暴力的な男キム・サンフンは、友人マンシクと共に取り立て屋として生活を送る。そんなある日、ひとりの女子高生ハン・ヨニと出会う。始めは衝突を繰り返す2人だったが、同じ傷ついた心を持ち合わせていた2人が心を通わせ合うのに、時間はかからなかった。サンフンは子供の頃、父親の母親への暴力を止めようとした妹が、父親に刺され殺されている。ヨニもまた、ベトナム戦争帰還後、不安定な精神状態の父親に日々罵られ、すでに亡くなっている母親を探しに行けと連日怒鳴られる日々を過ごす。
お互いの事情を口にすることはないサンフンとヨニだったが、不器用に惹かれ合い、お互いを必要とするようになる。しかし、かつては暴力に怯え、今は暴力の世界で生きるサンフンの「暴力の連鎖」が、2人にとってあまりにも悲しい因縁となってしまうのだった。

作品全体を覆う、息もつかせぬ2人の痛みと叫び。共に過去のトラウマと向き合い、魂と魂がぶつかり合ったときそれが浄化されて行く。
主人公キム・サンフンを演じたヤン・イクチュンはこの映画の製作、監督、脚本、編集、主演、5役を務め、製作資金の為に自身の持ち家を売ったという渾身の長編デビュー作。女子高生ハン・ヨニを2002年「嫉妬は私の力」でデビューを果たしたキム・コッピが演じ、新人女優賞を受賞した。
世界の映画祭、映画賞で25を超える賞に輝き、インディーズとしては異例の記録を叩き出した。2009年に開催された第10回東京フィルメックスでは史上初の最優秀作品賞と観客賞をダブル受賞し、日本の映画ファンに強烈なインパクトを与えた。本作は、2010年に日本公開となる。

受賞歴

2009年
第38回ロッテルダム国際映画祭:タイガー・アワード(グランプリ)
ドーヴィル・アジア映画祭:ゴールデン・ロータス賞(グランプリ)
ドーヴィル・アジア映画祭:国際批評家賞
第11回バルセロナ・アジア映画祭:ゴールデン・ドリアン賞(グランプリ)
ラス・パルマス国際映画祭:主演男優賞(ヤン・イクチュン)
ラス・パルマス国際映画祭:主演女優賞(キム・コッピ)
ウラジオストク国際映画祭:グランプリ
ウラジオストク国際映画祭:最優秀女優賞(キム・コッピ)
ファンタジア国際映画祭:作品賞
ファンタジア国際映画祭:最優秀男優賞
フリブール国際映画祭:エクスチェンジ賞
ブエノスアイレス国際インディペンデント映画祭:カトリック映画賞
ブエノスアイレス国際インディペンデント映画祭:観客賞
シンガポール国際映画祭:最優秀男優演技賞(ヤン・イクチュン)
ニューヨーク・アジア映画祭:新人監督賞(ヤン・イクチュン)
台北映画祭:スペシャル・メンション賞
カルロヴィヴァリ国際映画祭:NETPAC賞(アジア映画賞)
テキサス=オースティン・ファンタスティック映画祭:観客特別賞
テキサス=オースティン・ファンタスティック映画祭:ニュー・ウェイヴ部門 最優秀監督賞(ヤン・イクチュン)
アジア太平洋映画賞:男優特別賞(ヤン・イクチュン)
第46回大鐘賞:新人女優賞(キム・コッピ)
第30回青龍映画賞:新人男優賞(ヤン・イクチュン)
第30回青龍映画賞:新人女優賞(キム・コッピ)
韓国映画評論家協会賞:国際批評家連盟韓国本部賞
第10回東京フィルメックス:最優秀作品賞
第10回東京フィルメックス:観客賞

2010年
2010年キネマ旬報ベスト・テン:外国映画ベスト・テン第1位
2010年キネマ旬報ベスト・テン:外国映画監督賞(ヤン・イクチュン)

『息もできない』のあらすじ・ストーリー

暴力の世界で生きる男

主人公のサンフンは友人のマンシクとともに、借金の取り立てという暴力団のような仕事をしていた。粗野で言葉遣いも悪く、暴力的なサンフンは仕事をしては稼いだ金を何の目的もなく散財するという生活をしていた。
ある日サンフンは駄菓子屋で、ある少年を待っていた。この少年はヒョンインといい、サンフンの甥だった。サンフンは給料として貰った小切手をヒョンインに無理矢理渡し、その場を後にする。サンフンは粗野な男だったが、シングルマザーでヒョンインを育てる腹違いの姉のことを心配していたのだった。
ヒョンインと別れた帰り道、サンフンが唾を吐くと、偶然通りかかった女子高生のヨ二に唾がかかってしまう。「どうにかしろ」と怒るヨニに対しサンフンが拭こうとすると、ヨニは勝手に身体に触ったサンフンに怒り、平手打ちをする。これに激怒したサンフンはヨニを殴りつけ、気絶させてしまう。ヨニが目を覚ますと、サンフンはヨニが起きるまで側で待っていた。今すぐ治療費を払えというヨニに対し、サンフンは缶ビールを与える。缶ビールで頬を冷やすヨニは、「治療費が足りないから連絡先を教えろ」とサンフンに言う。サンフンは嫌々連絡先を渡し、チンピラと女子高生の奇妙な関係が始まった。
一日の仕事が終わり、給料を渡した後マンシクはサンフンに父親のことを聞く。サンフンの父親は殺人罪で15年間刑務所に入れられ、一ヶ月前に出所したばかりだった。サンフンは父親のことを聞かれると、機嫌を悪くする。サンフンは父親を憎んでおり、日常的に暴力を振るっていた。
サンフンは再び駄菓子屋を訪ね、ヒョンインを待っていた。サンフンはヒョンインに再び金を渡そうとするが、そこにヒョンインの母(サンフンの姉)が現れる。ばつが悪そうにその場を後にするサンフンは、再びヨニと出会う。しつこく絡んでくるヨニに対し「とっとと失せろ!」と怒鳴りつけるサンフン。そこに警官が現れる。「話していただけです」と平静を装うヨニだったが、サンフンは警官に飛びかかり、暴行を振るう。「やめて」と騒ぐヨニをよそに、サンフンは警官を暴行し続けるのだった。

サンフンとヨニの過去

実はサンフンが父を毛嫌いし、粗野な性格に育った理由は父にあった。サンフンの父はかつてサンフンの母によく暴力を振るっていたのだ。ある日激昂したサンフンの父は包丁を取り出し、サンフンの母を刺そうとするが、誤ってサンフンの妹を刺してしまったのだった。サンフンは妹を抱えて病院に向かうも、着いた頃にはすでに息がなく、サンフンの妹は命を落としてしまう。それと同時にサンフンの母も命を落としていた。サンフンの母はサンフンの妹が刺されたことに気が動転し、うっかり道路に飛び出したところを車に撥ねられて亡くなってしまう。同時に家族二人の命を奪った父をサンフンは恨んでいたのだった。
警官を暴行した後その場を離れたサンフンとヨニ。ヨニはサンフンに「連絡を返さなかった罰と(警官からの)逃げ場所を提供したお礼におごってちょうだい」と言う。二人は商店街で店を見たり、食べ歩いたりして過ごす。商店街を歩いていると、サンフンはヒョンインの母が働いているところに遭遇し、ばつが悪そうに足を止めるのだった。
家に帰ったヨニは弟のヨンジェに金をせびられる。ヨンジェは家庭のことそっちのけで遊び歩く不良だった。さらにヨニの父はベトナム戦争に出兵した結果精神を病んでしまい、一日中テレビを見続け、口を開く度に亡くなったヨニの母を探してこいという妄言をヨニに言い出す始末であった。ヨニもまた家庭に問題を抱えていたのだ。
サンフンは新入りのファンギュとともに借金の取り立てを行う。サンフンは自分が暴力を振るう”最低な人間”であることを理解した上で暴力を振るい、取り立ての仕事をまるで機械のように続け、家に帰って父に暴力を振るう毎日を繰り返していた。一方ヨニは母が生きていた頃のことを思い出す。ヨニの父はかつてヨニとヨンジェによく暴力を振るっていた。ヨニの母は屋台で食べ物を売る仕事をしていた。ある日幼いヨニは暴力団のような男たちが母の屋台を襲撃するのを目撃する。ヨニの母は包丁を取り出し、男たちの中の一人の男を切りつける。しかし、ヨニの母は人を傷つけたことに動揺する。これに激昂した切りつけられた男の仲間がヨニの母を暴行する。ヨニの母は暴行の末、亡くなってしまうのだった。

サンフンの優しさと新入り

ある日ヒョンインに会いに行ったサンフンは、父親がいないことを友達二人に指摘されるヒョンインを目撃する。ヒョンインの父もまたヒョンインの母に暴力を振るって離婚していた。父親のふりをしてヒョンインの前に現れるサンフンだったが、ヒョンインの友達に「父親はホームレスだ」という印象を抱かせ、かえってヒョンインの立場を悪くしてしまうだけだった。気まずい空気の中、立ち去ろうとするサンフンだったが、ヒョンインはサンフンに縋り付き、泣きながら「行かないで」と懇願する。
サンフンは高校で授業中だったヨニを呼びつけ、ヒョンインと三人で遊びに行くことを計画する。サンフンはヒョンインにビデオゲームを買ってあげる。ヨニと駅で合流したあと、三人は食事をした後に商店街を遊び歩き、楽しい時間を過ごす。ヒョンインの家に到着すると、ヒョンインは遊び疲れて眠ってしまっていた。そこにヒョンインの母が帰宅し、サンフンとヨニを食事に招待する。ヨニの言いつけもあって、サンフンは渋々了承するのだった。帰り道、ヨニとサンフンは屋台に寄って酒を飲んでいた。ここで初めてふたりはお互いの名前を知る。二人はお互いの名前をからかい合い、初めて笑い合うのだった。
ある日サンフンが事務所に顔を出すと、ファンギュの他にもう一人新入りが来ていた。なんとその新入りはヨンジェだった。もちろんサンフンはヨンジェがヨニの弟であることなど知るはずもない。サンフンはファンギュと新入りのヨンジェとともに借金の取り立てを行う。家では威張り散らしているヨンジェだったが、取り立ての際には怯えて何もできず、サンフンに叱られ、暴力を振るわれる。結果初めての取り立てでヨンジェは全く活躍できなかった。家に帰ったヨンジェはヨニに稼いだ金を投げつける。「このお金どうしたの?」と聞くヨニを無視し、ヨンジェは自室に引きこもる。

父への愛憎

サンフンはマンシクに「携帯を買え」と言われたことから、携帯電話の販売を行っているヒョンインの母の元に向かう。携帯を買った後、サンフンとヒョンインの母は二人で食事に向かう。食事中にサンフンはヒョンインの母に金を渡すが、ヒョンインの母はこれを拒否し、「お父さんに半分あげて」と言う。これを聞いてサンフンは激怒し、店を飛び出す。すぐに父の元に向かったサンフンは再び父に暴力を振るう。そのときふと玄関を見ると、ヒョンインがその様子をじっと見ていた。
それからのサンフンは荒れていた。借金の取り立ても今まで以上の暴力を振るい、新人のヨンジェにもきつくあたる。一方ヨニもトッポッキ屋でバイトを始めるが、出所不明の大金を持ってくる弟ヨンジェと父の世話で追い込まれていた。ある日ヨニが父にきつく当たると、父は包丁を持ち出す。大事には至らなかったが、この出来事はヨニの心に大きくのしかかった。
その夜、マンシクと酒を飲んでいたサンフンはまたも父の話題になり、激昂し、他の客に暴力を振るう。そのまま父の家にむかい、「殺してやる」と息巻くサンフンだったが、到着すると父が手首を切って倒れているのを目撃する。動揺するサンフンだったが、急いで父を抱えて病院に駆け込み、「自分の血を輸血しろ」と医者に迫るのだった。
一方ヨニは父から逃げ、一人道路にうずくまっていた。そんなときサンフンから電話がかかってくる。サンフンは「ビールでも飲もう」とヨニを誘う。サンフンとヨニは堤防で落ち合う。二人はとりとめも無い話をし、サンフンはヨニに「親を大切にしろ」と言う。ヨニは「あんたこそ大切にしろ」と言い返す。やがてサンフンは声を上げて泣き、ヨニも静かに泣き始めるのだった。

サンフンの更生

サンフンの父は無事だった。しかし、この出来事でサンフンの中で何かが変わり始める。
ヒョンインとサンフンはヒョンインの家でふたりでビデオゲームをするが、二人の間に微妙な空気が流れる。「じゃあな。また今度」とその場を立ち去る。家を出たサンフンに向かってヒョンインは「おじいちゃん(サンフンの父)を殴るな!」と叫ぶ。「優しいのになぜ殴るんだ。ずっと前、パパもママをあんなふうに殴った」と泣きながらサンフンに訴えかける。
学校で授業を受けていたヨニの携帯が鳴る。相手はサンフンだった。サンフンは「ヒョンインに何か買ってやれ。今日ヒョンインの学芸会がある。幼稚園で5時に会おう」と伝える。
サンフンは事務所へ向かい、マンシクに今回で取り立ての仕事を辞めると伝える。これを聞いたマンシクは、自分も辞めると言い出す。マンシクはこの仕事を譲る相手がいて、焼肉屋をやる準備もできているという。二人は今日の取り立てを最後に仕事から足を洗うと決意するのだった。サンフンは「仕事の後に幼稚園の学芸会に行く。そこで会おう」とマンシクと約束をする。
最後の仕事はファンギュが来れないためヨンジェと二人で行くことになった。債務者ノイエに着くと、その家には子供がいた。子供を見て明らかに動揺するサンフン。明らかにいつもと様子が違った。債務者が金は無いと怒りをあらわにし始めると、ヨンジェが債務者を暴行し始める。「やめろ」とヨンジェを止めるサンフン。だが債務者はその隙をついて金槌でサンフンの後頭部を殴る。これに対して債務者に飛びかかるヨンジェだったが、それでもなおサンフンは「やめろ」と言い続けるのだった。

頭部の痛みから「今日はこれまでだ」と言うサンフンに不服そうなヨンジェ。サンフンは金槌の一撃が原因で鼻血が止まらなくなっていた。「お前紙持ってるか?」と尋ねるサンフンにヨンジェは紙を渡そうとするが、先ほどの債務者から奪った金槌に手が当たる。一瞬の間が空いて、ヨンジェはサンフンに金槌で殴りかかった。何度も何度も金槌で頭部を殴り、倒れたサンフンを拳で殴り続ける。我に返ったとき、サンフンは虫の息だった。ヨンジェはサンフンから集金鞄を奪い、一人その場から逃走する。サンフンは「行かなきゃ」と独り言を静かにこぼし、やがて動かなくなった。

終わること無い暴力

マンシクが開いた焼肉屋に集まるサンフンの父、ヒョンイン、ヒョンインの母親、ヨニと皆がお祝いにかけつけ、笑顔で楽しそうに食事を交わしている。和気あいあいと食事をしている中に、サンフンの姿だけがなかった。サンフンが病院に運ばれた時、サンフンはすでに息絶えていた。ヒョンインの母親は、「お願いだから目を覚まして」と泣き崩れ、人生をやり直そうとしていたサンフンの死にマンシクは打ちひしがれ嗚咽する。サンフンの父親が慟哭する姿を見て、心配そうにしているヒョンイン。ヨニは少し離れた場所で立ち尽くし、懸命に堪えていたが溢れ出る涙には逆らえず、声を押し殺し泣いていた。
マンシクが開いた焼肉屋でお祝いをした帰り道、ヨニは屋台を壊し暴れる男たちを見つける。そこにはヨンジェの姿があった。ヨンジェと目が合うヨニ。その瞬間ヨニの目には、ヨンジェの姿がサンフンと重なった。ヨンジェもサンフンのように暴力の世界の犠牲になってしまうのか、とただヨンジェを見つめるヨニだった。

『息もできない』の登場人物・キャラクター

キム・サンフン(演:ヤン・イクチュン)

本作の主人公。
暴言を吐いたり暴力を振るうことでしか自分を表現することが出来ない。父親の暴力により母親と妹を失ったことで何よりも暴力を恨んでいるはずだが、父親や他人を殴ることでしか激しい苛立ちを抑えることが出来ないジレンマを抱えていた。ある日、ヨニという女子高生に出会う。手を上げられたにもかかわらず、自分に対して全く怯まず憮然とした態度で接するヨニに、なぜか気持ちが和らぐのだった。自分と似たような過去、トラウマを抱えているヨニだったが、お互いの境遇は語ることなく心を通わせていく。
「おじいちゃんを殴るな。パパもママをあんなふうに殴った」という甥のヒョンインの心からの叫びに幼少期の自分を見る。そして借金取りの仕事を辞め出直そうとしていた矢先、ヨニの弟のヨンジェに殺されてしまう。しかし本人は、ヨンジェがヨニの弟だということを知らない。

ハン・ヨニ(演:キム・コッピ)

高校3年生。ベトナム戦争帰還後、精神状態が不安定になってしまった父親と、素行の悪い弟の3人暮らし。屋台で働いていた母親は、屋台の強制撤去にあい、暴力団のような連中に殺されてしまう。
ある日道端でチンピラの吐いた唾がかかり、ビンタを食らわす。それがサンフンとの出会いだった。サンフンに殴られ気絶するも治療費を請求し、物怖じしない態度を示す。チンピラ相手にも恐れない勝ち気な女の子。サンフンに家族の本当のことや悩みなどは一切打ち明けず、あたかも家族円満のように振る舞う。似た苦しみを抱えた者同士通じ合うものがあったのか、サンフンとの距離を徐々に縮めていく。サンフンを殺したのはヨンジェだということを知らずにいる。

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