パレス・メイヂ(漫画)のネタバレ解説・考察まとめ

『パレス・メイヂ』とは、2012年7月より久世番子(くぜばんこ)が『別冊花とゆめ』にて連載した宮廷ロマンス系少女漫画。架空の明治時代を舞台に、少女天皇・彰子と、彼女に仕える子爵家の次男・御園公頼が互いを尊重し、身分の差を飲み込みながら緩やかに惹かれあう様を描いた物語。筆者はデビューこそ少女漫画であったものの、『暴れん坊本屋さん』をはじめとしたエッセイコミックをメインに活動しており、少女漫画はこの作品が6年ぶりとなっていた。

『パレス・メイヂ』の概要

『パレス・メイヂ』とは2012年7月より久世番子が『別冊花とゆめ』にて連載した宮廷ロマンス系少女漫画である。掲載誌の読者アンケートにて1位を獲得し、「この漫画がすごい!2014オンナ編」にて6位を獲得している。

舞台は架空の明治時代。
貧乏故に「宮殿」に侍従見習いとして出仕することになった子爵家の次男・御園公頼は、ある事件を解決したことをきっかけに、宮殿の主である少女天皇・彰子に気に入られ、彼女と交流を深めていくことになる。だが二人の間には歴然とした身分の差があり、かつ女の身で天皇に即位した彰子には、結婚も出産も許されていなかった。この二つの障害に翻弄されつつ、二人が互いの立場や夢を尊重しながら進む道を選ぶ姿を丁寧に描いている。全編を通し、未来の時間軸から公頼が彰子に仕えた日々を振り返る回想の形で語られている。

『パレス・メイヂ』のあらすじ・ストーリー

プロローグ

子爵家でありながら貧乏故に、御園家の長女は兄の手で強制的に結婚を決められそうになっていた。姉に可愛がられていた主人公、御園家の次男・御園公頼(みそのきみより)は、それを防ぐため侍従職出仕(じじゅうしょくしゅっし)として宮中に勤めに出ることを選ぶ。侍従職出仕の役目は、帝の私的な空間であり、女官たちが仕切る「奥御座所(おくござしょ)」と、公的な空間であり、執務などを行い侍従たちが仕切る「表御座所(おもてござしょ)」の間を取り継ぐことである。奥御座所と表御座所の間にある「渡御廊下(とぎょろうか)」と呼ばれる廊下に入れるのは、帝と未だ「男」とみなされない侍従職出仕のみとなっていた。初めての勤めに張り切る公頼だったが、出仕初日から帝直筆の絵皿・画帳が破損する事件が起きる。少女帝・彰子(あきこ)は「割れたものは仕方ない」と咎める様子もなかったが、発見時の状況から周囲の人々には公頼が犯人であると思い込まれてしまう。だが以前時計や花瓶を破損させた者に、「率直に謝ったので許されたが、素知らぬ顔をしていると帝の逆鱗に触れる」と聞き、何故今回は怒る様子もないのかと公頼は疑問を抱く。

彰子が破損事件の犯人は自分だ、と告げるシーン。

そこから犯人が自分の作品を有り難く飾られ続けることを恥ずかしがった彰子本人であると見抜いた公頼は、「自分がいた場で起きた不始末のため、今ここで自分の命を持って償う」と彰子に直訴することで、彰子自らが犯人であるとの言を引き出した。その度胸を彰子に気に入られ、公頼は宮殿勤めを続けることとなったのだった。
ある日奥御座所で盗難事件が起きる。犯人は一向に見つからず、空気が悪くなる奥御座所。宮殿の女たちは元々籠の鳥に例えられるほど自由がない。女帝は継承権の混乱を避けるため、退位した後も婚姻も出産を許されていなかった。奥御座所の現在の空気の悪さに加え、その苦痛を公頼に漏らしてしまう彰子。言ってはならぬことを口にした彰子を、公頼は当然と受け止めるのだった。そんな中、価値のあるものではなく、帝が直に身に着けていたものばかりが盗まれていることに気付いた公頼は、犯人が帝の飼い犬・ロンであることを看破した。その褒美として、公頼は帝から指輪を賜る。この指輪が誰から誰に渡されたものなのか、公頼はその意味を知ることはなかった。

惹かれあうも、障害は多く

2年後。公頼は16歳になっていた。彰子の元婚約者である鹿王院宮威彦(ろくおういんのみや たけひこ)が、彰子に謁見を申し出た。彰子が帝位に付いた際に強制的に解消された婚約であり、威彦は心底から惚れ込んだ彰子を諦めきれていなかったのだ。彰子が公頼に下賜した指輪も、威彦より渡された婚約指輪であった。その状況にもかかわらず別の伯爵令嬢との結婚を彰子に承認され、威彦はそれを不服として乗り込んでくる。彰子に想いを告げるが、その内容は籠の鳥として生きると決めた彼女を追い詰め苦しめるものだった。故に公頼はそれを遮ったが、以降、威彦は公頼を警戒し、敵視するようになる。

その敵意は、公頼を宮殿から下がらせるよう威彦が命じる形で現れた。元々侍従職出仕を許されるのは「少年」の期間のみである。もはや十六になっていた公頼はふさわしくない、との命令に、姉が嫁入りを受け入れ金銭を稼ぐ必要もなくなったため、公頼の兄が独断で諾を返し、公頼は出仕の任を解かれてしまう。なんとか出仕に戻れないかとあがく公頼は、出仕ではなく下働きとしてならば、と十七歳になるまでは働くことを許される。尊い方の目に卑しい者が映ってはならぬ、との理由で、下働きは帝の姿を見ることも許されない。身体を使う業務の苦しさ、姿を見ることもできない苦しさに公頼は翻弄される。一方、彰子は女官長に「公頼を寵愛する気か」と問われていた。公頼が子供ではなくなっても、「寵愛」するならば長く傍に置ける。女官長が孤独な彰子に向けた愛情と気遣いであったが、彰子は籠の鳥だと思っていた自分自身が、公頼を籠に閉じ込める側でもあることに気付いてしまう。威彦が彰子との謁見中、「哀れに」思いその場に公頼を呼びつける。喜ぶ公頼だったが、それは侍従職出仕としてのものでは当然ない。跪いたまま、顔も見えない御簾の向こうの彰子から、公頼を閉じ込めるのは本意ではない、と声をかけられる。「今までご苦労だったな。私はお前が好きだよ」と言われ、自分の思いを叫ぼうとするも、威彦に直答は許されないと一喝され、公頼は口を開くこともできなかった。顔も見れないまま退出することになる。
公頼が十七歳になる、新年がやってきた(当時の年齢は数え年のため、皆一斉に正月に年を重ねる)。新年祝賀の儀で公頼は下働きとして忙しく働く。だがその最中、帝の飼い犬・ロンに、彰子から賜った指輪を奪われてしまう。慌てて追った先はもう自分には入ることが許されない鶏の杉戸であった。躊躇するもロンに煽られ、公頼は杉戸を勢いで開いてしまう。その先にいたのは彰子であった。早く扉を閉めろと平然と言われ、つい杉戸の中に入り込んでしまう。二人きりの空間で、「お前が好きだと言った私に何と答えようとした」と彰子に問われ、「陛下をお慕い申し上げております」と公頼は答える。だが言いたかったのはそれだけではなかった。「彰子が少しでも楽しく過ごせるような籠になりたい」と公頼は告げる。威彦のように彰子を籠から連れ出そうとすることもできない。籠を破壊することなど更にできない。そんな公頼が彼女のためにできる精一杯だった。その精一杯を受け、彰子は笑って、公頼を「寵愛」する覚悟を決めるのだった。公の場で、帝は裾持ちの人間を必要とする長さの衣を纏う。侍従職出仕の役割である裾持ちを、彰子は改めて公頼に命じる。それによって毎年お裾持ちの栄誉を賜ることとなった公頼は、彰子がいくら羽ばたいても平気な広い籠に、宮殿の外にも持ち出せる籠になると誓うのだった。

ある日、東宮との顔合わせに東宮の母である女官・真珠が訪れる。東宮を産むためだけに、真珠は彰子とそう変わらぬ年で先帝の元に上がっていた。過去に友誼を結んでいた彰子と真珠は、公頼と遊ぶ東宮を眺めながら言葉を交わしていた。彰子が公頼を見つめる視線に気付いた真珠は、「まるで恋でもしているよう」だと彰子に告げた。だがそれは帝である彰子に許されることではない。これが恋だと言うのなら、断ち切らなければならない。彰子が決意する傍ら、真珠は「籠の中に他の誰も入れたくないのでしょう」と公頼に釘を刺す。

彰子のこれからを思い、公頼をたしなめる東宮の生母・真珠。

陛下を泣かせることは許されない、臣下の身を弁えよと諭され、泣かせるとはなんのことかと公頼は困惑するばかりだった。

彰子にも短い夏休みがやってくる。公頼も数日の休暇を挟んで彰子の元に勤めに出ることとなるが、御園家に仕える女中・お律(おりつ)の実家が近かったため、彼女を伴って移動する。だが律は実家に居場所がないため、休暇中も公頼の傍にいることを望んだ。彼女は公頼に心ひそかに思いを寄せていたのだ。だが偶然、お律と並んで歩く公頼を見た彰子は、二人の仲を誤解してしまい、食欲がうせてしまう。それを心配した料理番は、獲れたての鮎を献上しようとする。その釣りの現場に偶然出くわす公頼と律。彰子の為ならばと公頼は奮闘するが、公頼も料理番も全く釣れず。大量の鮎を釣ったのは、何故か律だけだった。これは公頼が釣ったことにした方が彰子も喜び、献上にも都合がいい。なので公頼は自分が釣ったことにした鮎を持って彰子の元に出仕するが、嘘をついている罪悪感で行動が不自然になってしまう。「何か隠してないか」と彰子が問うたのは、律のことであった。だがそんな誤解をされていることを知らない公頼は、「鮎を取ったのはうちの女中です!」と叫ぶのだった。誤解は解け、彰子の食欲が戻る。鮎を献上した褒美として、彰子は律に謁見を許す。律は凛々しく美しい彰子に気後れするが、どこか寂しげで羨ましげな目で律を見る彰子に、「天子様のこと美しくてご身分もこの上なくて欲しいもの全部持ってらっしゃるのだと思ってたけど、そうではないのかもしれない」と思う。実際律には聞こえなかった小さな声で、彰子は「律が羨ましい」と言っていた。彰子はいくら望んでも、律のように公頼と並んで歩いたり、一緒に釣りをしたりはできないからだ。

帝の誕生日である天長節がやってくる。祝賀の宴に女官たちは彰子にドレスを着せたがるが、軍服の方が慣れている上に国のトップに相応しいと、彰子は取り付く島もない。天長節を祝いに、婚約破棄の傷心時に留学した露西亜で威彦の友人となった露西亜皇太子・アレクセイとその弟・アリスが日本にやってきた。和やかに進む歓迎の宴。その最中に、アレクセイは彰子に「皇太子妃として国に来ないか」と勧誘する。それを彰子は「国の決まりに準じる、それが民の平穏のためだ」と返すが、アレクセイも「両国の将来を考えてのことだ」、と返した。将来。その言葉に、彰子の頭に浮かんだのは公頼の顔だった。一方、宴に参加できない公頼は、アリスがロンを踏みつけにしているのを目撃してしまう。彰子の寵愛する飼い犬を放っておくわけにはいかない。なんとか助け出すも、その際アリスに彰子を侮辱されてしまう。言葉はわからないながらに怒りを覚えるも、なんとかその場を去る公頼。だがその際、彰子に賜った指輪を落としてしまう。宴と宴の間、渡御廊下でいつも通り裾持ちをしていた公頼は、廊下で彰子を休ませることにする。宴続きで疲れているだろうと奥にも表にも少々嘘をつき、休む時間を取らせたのだ。「ご誕辰おめでとうございます」との祝いの言葉と、その短い時間だけが、公頼が彼女に贈れるものだった。
だがその翌日、アレクセイが暴漢に襲われ負傷してしまう。露西亜の侵略を恐れた先走りだ。大した負傷ではなかったが、アリスの画策により急遽アレクセイは帰国することとなる。アリスの画策はそれだけではなかった。告別の晩餐会は露西亜の軍艦上にて彰子の行幸を仰ぎ極少人数にて開きたいと申し出てきたのだ。皇太子を負傷させた件もあり、報復として彰子が拉致される恐れがある。彰子は自分が行くと言い張るが、危険を恐れた威彦が代わりに晩餐会に出席するとその場は決定した。彰子の身の安全を考え、公頼も彰子を止める。だが彰子は悔しかった。この度の事件で国民も戦になるのではないかと不安がっている。アレクセイは大した怪我ではないのだから、と彰子にこの件を気にしない旨の言葉を残していた。危ないからこそ、自分が行くことに意味がある。「杉戸を通さなくても身代わりにならなくてもいい。御園。私に力を貸してくれ!」との彰子の懇願を受け、公頼は考え手を回す。彰子が出席しても安全に戻ってこれるのはどうすればいいか。

露西亜の軍艦に赴くため、軍服ではなくドレスを纏う彰子。

それは彼女がいつもの軍服ではなく、着飾ったドレス姿で晩餐会に赴くことだった。女性を傷付ければ世界中から非難を受ける。最善の策ではあったが、絶対の安全ではない。彰子の身に何かあれば、その策を考えた公頼が宮殿にはいられなくなると威彦に脅されるも、公頼はもう彼女を止める気はなかった。軍艦に彰子を送り出すために乗った小さな船の上、公頼は彼女に下賜された指輪を手渡す。長く宮中に仕える下働きの男・柏木(かしわぎ)が見つけて公頼に返してくれていたのだ。だが彼はこの指輪が威彦に見つかることを恐れ、「陛下に返した方がいい」と公頼に告げていた。公頼がこの指輪を持っていることが威彦にバレれば、ただでは済まないからだ。だがその指輪を今彰子に渡したのは、その言葉に従って返却するためではない。何度紛失しても、不思議とこの指輪が公頼の手元に戻ってくるからだ。だからこれを付けていれば、彰子も無事に戻ってこれるはずだと思い、彰子にその旨を告げて一度指輪を渡したのだ。
晩餐会に出席する彰子を待つ間、公頼はアリスに彰子を侮辱したことを謝罪される。だが言葉は通じないので、なんとなくそんな気配を感じるだけだ。言葉の通じない妙な気やすさから、公頼も彼に「陛下の籠になりたいと言っておきながら、籠の中に誰も入れたくない」と本音を漏らすのだった。そして晩餐会は無事終了し、彰子を見送りに甲板に出てきたアレクセイは、このまま嫁いでこないかと彰子を誘う。当然彰子は断るが、それを見てアレクセイは、将来彰子は外交をやるべきだと告げた。自分の考えをしっかりと持ち、なおかつ相手の懐に飛び込む度胸もある彰子ならば、退位後世界に出れば弟帝の助けになり、国の為にもなると判断したのだ。その予言めいた言葉は、今後の彰子の行く末を決定づけるものとなる。

将来世界に出たいと願い始めた彰子。彼女を籠の中に閉じ込めてしまいたいと一瞬血迷った公頼だったが、元イギリス大使夫人であるアスター夫人を英語の師として招聘したり、積極的に巡幸を行うことで民の暮らしを見つめようとする彰子の姿に、それがいかに馬鹿げた独占欲であるかに気付く。帝の座についた彼女には叶わぬはずのささやかな夢を二人は密かに共有するが、ある日彰子のその夢を知っているのだと、何故か公頼は威彦に匂わされてしまう。それにショックを受けないではないが、慣れっこだと公頼は自分を奮い立たせた。そんな中、公頼と同じ修学院に通い始めた東宮が、同級生に馬遊びの馬にされる事件が起きる。馬にされたことにショックを受けたかと思われた東宮だったが、本当は馬の方がかっこいいから、自分が馬になりたかったのだ。なのに周囲には誤解されてしまい、もう同級生と遊んではいけないと言われてしまった。どうすればいいと泣く東宮に、みんなで馬になって比べ馬として遊べばいいのだと公頼は提案する。それを実行した東宮は、友人たちと笑顔で遊び始める。そんな様子を見て、アスター夫人は彰子に公頼を東宮付きにしてはどうか、と提案する。彰子の夢を威彦が知ったのも、アスター夫人を通してのことだった。アスター夫人は威彦の友人でもある。威彦と彰子を結びつけるために画策したことだが、それは彰子に一蹴された。東宮とその友人たちを、公頼はかわるがわる馬に同乗させていた。このまま本当に東宮職にされるんじゃないか、と危惧していたところ、突然彰子がやってくる。「返してもらうぞ」と彰子は子供ではなく自分が公頼と同じ馬に乗り、馬を駆けさせた。

子供たちから公頼を取り返し、誤解を解こうと言い募る彰子。

帝都を眺められる場所、二人きりの馬上で彰子は「私が将来の事を話したのはお前だけだ」と告げる。怒っているような、慌てているような、照れているような、そんな初めて見る彼女の表情に、公頼は幸せに満たされて微笑んだ。この日見た美しい帝都の街並みを、公頼は生涯忘れることはなかった。何故ならそれは、直後に起きた大地震によりほどなく失われるものだったからだ。

災害にて気付くもの、変わるもの

帝都を大震災が襲う。律が手入れしていた公頼の制服から指輪が落ちる。御園邸は崩れ落ち、炎に巻き込まれた。負傷した律を背に抱え、公頼は兄ともはぐれてしまう。結果として帝都の半分が燃え落ちる大火災となる。彰子もまた、御園家が立っていた辺りが燃えているのを目の当たりにしてしまった。大混乱の帝都には流言飛語が飛び交い、帝である彰子も宮殿から逃げたとの噂が町に流れる。「帝都から逃げるぞ」と再合流した兄に言われるも、公頼はここに残ることを決意する。一方の彰子も務めを果たしながらも心身ともに疲れ果てていた。眠ることさえもできない。参内してきた威彦に、人々が罹災列車に殺到している旨を聞かされる。公頼がいっそそれに乗って遠くへ避難できているのならいい、だが彼は帝都に留まっている予感がする、と彰子は嘆く。ともすればあの日見た炎の中にいたのかもしれない。「心配でたまらない…!」と感情を吐き出す彰子を見て、威彦は怒りを覚える。彰子にではない、公頼にだ。居れば目障りだが居なくても腹立たしい。「生きているならとっとと参内せんかあの馬鹿!!」と一人叫ぶが、当然その言葉が公頼に届くことはない。
その頃、救護所でようやく知人を見つけた公頼は、律を託して家の様子を見に戻る。指輪のことを思い出したのもその時だ。だが家の跡には何一つ残っておらず、当然指輪も見つからなかった。絶望から、なんとか律の所に戻るも公頼は倒れてしまう。それを助けたのが公頼を探していた威彦だった。彼は同じく被災民を引き受けている自分の屋敷に、律ともども公頼を連れていく。いますぐに参内すると言い張る公頼に、威彦はしばらく休めと告げる。事実上の軟禁だ。公頼は威彦の屋敷から出られなくなってしまう。一方、公頼を案ずるあまり彰子は半ば無理やり帝都に視察に出ていた。お忍びならばと許しを得ていたが、被災地の悲惨な状況を目の当たりにし、自分が公頼のことしか考えられくなっていたことを強く悔やむ。帝であると正体を明かし、彰子は被災民を慰撫する。帝直々の来訪に人々は明るい笑顔を見せるが、同時にこの天変地異は天子の不徳故の天罰とも伝えられていた。彰子は新聞に、それを肯定する声明を出してしまう。
そんなことがあるはずはないとの威彦の言葉を、彰子は否定した。公頼と出会ってから、公頼のことを考える時間が増えた。勤めを忘れることが増えた。「だから天罰が下って、一番大切なものを奪われたのだ」と告げる彰子の痛ましい様に、威彦は公頼を屋敷で匿っていることを告げてしまう。何故言わなかったと叫ぶ彰子に、威彦は「幾千の罹災民より一人の少年の方が大事だったのですか?」と突きつける。それを認めることは帝である彰子には許されない。威彦の退出後、彰子は一人、御寵愛は許されても、「愛」は帝には許されないと、痛感していた。丁度その時、威彦の屋敷を抜け出した公頼が彼女の部屋に飛び込んできた。それを迷わず彰子は抱きしめ、これで思い残すことはないと公頼の侍従職出仕の任を解くと彼に告げる。

何故公頼の出仕を解くのか、理由を告げる彰子。

「好きだよ御園。お前が生きているだけで十分だ」と彰子は笑う。「帝としてこれ以上は望めない。これ以上は許されない。ここでお別れだ」と告げる彰子に、公頼は告白された衝撃と解任された混乱で、何も言うことができなかった。

彰子に別れを告げられ、公頼は呆然と汽車に揺られていた。そこで偶然、東宮の母である真珠と再会する。聞かされたのは彰子の過去だ。父・明慈帝の死を周囲に待たれ、その周囲が嫌がったせいで継承の儀のことすら彼女の口から病床の父に告げねばならなかった。そして崩御後、誰もが泣き崩れる中、彰子は鈍色の喪服ではなく、新帝として践祚式に臨むために金モールの軍服を着ていたのだ。彰子は本当に強い人間だから、その思いは諦めろと告げる真珠に、公頼は「ならそんなに強い方が、私なんかに悩んで苦しまれると心配なさったのですか」と問う。自分がそれほど強い人を泣かせたのだと、自分が彼女にとってそれだけの存在なのだと知った公頼は、汽車を降りて走り出す。
震災から三か月。再開した学校に、公頼は威彦の屋敷から通っていた。彼の侍従としても仕えているため、時々宮殿にも連れていかれる。だが彰子には会えない。かつては侍従職出仕だから許されていたことだ。廊下越しに足音を聞くのが精いっぱいだ。それでも天長節には顔くらいは見られるはずと期待するものの、今年の天長節は中止との令が下った。被災の状況を考えれば当然とはいえ、公頼は落胆する。そんな公頼を天長節の日、威彦は花街に連れていった。「彰子は手の届かない人間なのだから、忘れてしまえ」との威彦の言葉に、「よく女を知ってる宮だって執心してるんだ、どうして私があきらめきれましょう!」と公頼は反射で叫んでしまい、その言葉でようやく自分自身がどうしたいのかに気が付くのだった。
威彦の屋敷に帰ってきた公頼に、震災以降威彦の屋敷に勤めていた律は、「震災の日、すぐ宮殿に駆けつけてたら、今でも出仕を続けていたか」と問う。「そうだったかもしれない」と答えられ公頼に、律は自分が夢を見ていたことを思い知らされる。公頼が優しいから、律を見捨てられなかっただけだとわかっていたのだ。それでも公頼が好きだったから、夢を見ることをやめられなかった。今の仕事仲間からも、公頼は律を助けていたせいで侍従職出仕の任を解かれたのでは、と影口を叩かれていた。その陰口こそが事実だと思い込んだ律は、自ら威彦の屋敷を出て行方知れずになる。
公頼は律を探して心当たりを片端から回っている途中、かつての出仕仲間の所にも顔を出す。その際「出仕を解かれたのは何かあったのか」、と面白半分に問われ、手伝うから新年の宴で一度彰子に会うように勧められる。そのうち知人のところでようやく律を見つけ出した公頼は、律の誤解を解くために解任された本当の理由を告げる。「妄想と思われるかもしれないが」と前置いて告げられた彰子の告白を、律は信用する。「律が羨ましい」と言ったような気がしたあの声は、聴き間違いではなかったのだ。ずっと傍にいた律も結局告白する勇気はなかったのに、彰子は想いを告げたのだ。敵うはずがないと思い知った律は、願掛けのお守りだと失ったはずの指輪を渡し、公頼に早く宮殿に戻るよう伝える。指輪は震災時、律の着物の裾に偶然入り込んでいたのだ。

新年の宴がやってきた。威彦の侍従として連れてこられた公頼は、控えの間までしか入ることができない。それを助けたのがかつての侍従仲間の先輩たちだった。一方その頃、彰子は裾持ちがいない状態での裾の長い衣裳の扱いに難儀していた。それを見かねた女官長が、廊下まではと裾を持つ。思った以上に重く長く、持ちづらい裾に「御園さんは難なくお持ちだったのに」と女官長は驚く。公頼は彰子の歩き方をよく知っていたからだ、との彰子の答えに、女官長は公頼一人くらいなら女官長の力で守ることができたと訴える。だが彰子は礼を言うものの、「私の選んだ道を誤りだと思わせないでおくれ」と笑うのだった。
侍従仲間の手を借りて公頼は中に入り込む。だが廊下に入る直前、部屋の隅で余震に怯えて震える東宮を見つけてしまう。あの震災がトラウマになっていた東宮は、しばしば一人で狭いところに潜り込んで震えるようになってしまっていたのだ。廊下を歩く彰子の足音が聞こえる。目の前には頭を抱えて怯える東宮がいる。ここで彰子を追わなければ、下手するともう二度と話す機会はない。それがわかっていても、公頼は東宮を慰める道を選んだ。一人で震える子供を、放っておくことはできなかったのだ。彰子はひとり宴の間に出る。その裾はあまりに重かった。足に纏わりつくその重さを、一人で背負うと決めた。だが退出時、扉に裾が引っ掛かってしまう。誰も気づかないが、自ら直すわけにもいかない。その時さっと裾を持ち上げたのは、人目につかぬよう隠れていた公頼であった。姿が人目に触れる前に、裾を持ったまま公頼は彰子と共に退出する。
二人きりで向かい合い、「鶏の杉戸より奥に入ることは許さぬぞ、私の決意は変わらぬ!」と彰子は叫ぶ。それに対し「愛しい男と仰せになられた言葉も 変わってはおられぬのですね」と返す公頼に彰子は怯む。「私の想いも変わりございません」と告げる公頼の声は決意に満ちた、穏やかなものだった。
東宮が元気な姿を見せるようになる。「新しく傍付きになった東宮の侍従がその心を和らげたのだ」、と東宮の侍従長は彰子に告げる。それは公頼だった。公頼は東宮侍従として、再び宮殿に仕え始めたのだ。彰子が帝として、籠の鳥として生きるならば広き籠になると、かつての約束を果たすための行動だった。

変えるでも、捨てるでも、壊すでもなく

震災から一年が過ぎた。東宮の立太子礼が行われることとなり、公頼が剣の捧持役に選ばれた。東宮は儀式で帝である彰子より勅語を賜った後、皇太子の守り刀である壷切の御剣を親授されることとなる。それを傍で持っているのが公頼だ。練習中、彰子は東宮に、「公頼はうまくやっているか」と問う。それに東宮は是を返した。二人だけの大切な約束もしたのだと笑う東宮に、公頼は既に東宮の臣下なのだと彰子は寂しさを覚えるのだった。一方、公頼は威彦に、東宮の傍を選んだのは正解だと声を掛けられていた。東宮付きならば間違いなく出席できる。威彦は彰子が退位したらもう一度求婚するつもりだ、自分なら彼女の世界に出たい夢とて叶えられるのだから、と一方的に公頼に宣言するのだった。

立太子礼が行われる。彰子は東宮に、自分の寂しさを押し隠し「臣下を信頼せよ。公頼達はきっと、お前の力になってくれる」と告げる。だがそれを否定したのは東宮の方だった。公頼は東宮が即位したら、一緒に約束した人と世界を巡るために侍従をやめるのだと東宮に告げていた。それが公頼と東宮が交わした秘密の約束だったのだ。うっかり喋ってしまったことに焦る東宮を置いて、彰子は走る。幸いすぐに公頼は見つかった。丁度儀式に使った剣を、東宮御所に戻しに行くところだったのだ。すぐに戻ってくると告げる公頼に、戻ったら話があると彰子は伝える。当然かなうはずだったささやかな約束は、叶うことがなかった。公頼は威彦と共に馬車で東宮御所に向かう途中、先の震災が帝の不徳のために起こったものであり、次の天子となる東宮を討たねばまた災害が起きると思い込んだ暴漢に襲われたのだ。公頼の腕を銃で撃たれ、周囲は騒然とする。手当てを受ける公頼だったが、その際落とした指輪が威彦の手に渡ったことには気付かなかった。
私のせいなのに見舞いにも行かせてもらえないと泣きじゃくる東宮を、彰子は慰める。高貴な者は臣下を見舞うことが許されない。見舞いが許されるのは、臣下が死ぬときだけと決まっている。「だから自分たちが見舞いに行けないのは、公頼が無事な証拠なのだ」と告げる彰子に、東宮はようやく泣き止むのだった。
友人の見舞いを受け、また指輪をなくしたことに公頼は気付く。ちょうどそのころ、威彦は彰子に、何故公頼がこの指輪を持っているのだと詰め寄っていた。寵愛が過ぎると怒る威彦に、彰子は首を振る。「寵愛ではないから、帝には許されぬことと何度も封じ込めようとした。だがそうすればするほどに、想いは膨らみ とどめることができなくなった。宮の心配する通り。御園の見舞いに駆けつけたいのは、東宮より私の方だ」と真っ直ぐ伝えられた公頼への想いに、威彦は激昂する。公頼はただの寵臣で、指輪は気まぐれにくれてやったと嘘でも言ってくれれば、この指輪を返せたのだ。怒りに任せ指輪を池に投げ込もうとする威彦だったが、できずに握り込み、何故公頼がいいのかと彰子に詰め寄る。何も持っていない公頼は彰子を不幸にするだけだ。「私の方があなたを幸せにできる!」と叫ぶ威彦に、「お前の言う幸せはわからない」と彰子は返す。「だがこんな風にぶつかり迷いつつも、あきらめず道を探し続けることを御園は私に教えてくれた」と迷いなく告げる彰子に、威彦は彼女の想いを変えることはできないと痛感する。だからこそ「なら教えてあげましょう。あの少年には絶対に出来っこない、鹿王院宮威彦でしか成し得ない幸せを!」と叫ぶのだった。

友人たちが帰った後、眠っていた公頼が目覚めると、何故か目の前には彰子がいた。公頼は知る由もないが、威彦が自邸でお忍びの宴を開き、主賓として彰子を招いたのだ。彰子は遅刻ということにして、公頼と会う時間を設けさせた。帝が臣下を見舞うのは、臣下が死ぬときだけだと知っていた公頼は、半ば寝ぼけたまま「私は死ぬのですか?」と彰子に問う。「戻ったら話がある、と言うたのに、いつまでたっても戻らぬから来たのだ」と答える彰子は泣いていた。何故泣いているのか、と問う公頼に抱き着き、「愛しい男が目の前にいるからだ」と彰子は笑う。「私の目の前にも愛しい方がいます」と彼女を抱きしめ、そこでようやく公頼はこれが夢ではないと気付く。焦る公頼に、彰子は再び指輪を渡す。この日以降、指輪は公頼の手元から離れる日は来なかった。

エピローグ

十年後、東宮のヨーロッパ外遊が決まる。東宮侍従を続けている公頼も、東宮に付いて渡欧することになっていた。その準備の合間を縫って、公頼と彰子は言葉を交わしていた。外遊は心配だが、帝となれば早々外には出られないので今のうちに経験させておきたい、という彰子の想いから実現した外遊だ。自分には叶わなかったが、東宮には経験させておきたかった。餞別は何がいいと問う彰子に、この旅は東宮の共であるとともに、下見なのだからと公頼は首を振る。「しかと世界を見て、いつの日か陛下をお連れいたします!」と言い切る公頼に、「下見なら餞別はいらないな」と彰子は笑う。

二人きりになると、今まで通りの名字ではなく名前で公頼を呼ぶようになった彰子。

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