TOTO(トト)の徹底解説まとめ

TOTO(トト)とは、アメリカ、ロサンゼルスの凄腕スタジオミュージシャン達が集まって1977に結成されたバンドである。1978年、アルバム『TOTO~宇宙の騎士』でデビュー、1982年のアルバム『TOTO Ⅳ~聖なる剣』はグラミー賞6部門を制覇、「ロザーナ」「アフリカ」といったロック史に残る名曲を発表した。また、メンバー各々がスタジオミュージシャンとしても活躍し、関わったアルバムは5000枚にも及ぶといわれている。結成40周年を超えた今も世界を巡り活動を続ける、ロック界のレジェンドである。

2018年、TOTO40周年を記念して発表された新曲だが、このトラックはもともと1985年の『Isolation』セッションの時のもので、当時は未完のまま終わったものを、なるべく昔の雰囲気をそのまま残す為に、これは残せると判断した部分を残し、それに合わせて新たに演奏を追加して出来上がった曲。まさに「アフリカ」の続編と呼べるジェフのリズムが30年の月日を経て蘇った奇跡のナンバーである。「最新の技術のおかげで、20歳そこそこだった自分達のプレイと一緒に演奏できるだけでなく、愛するジェフとマイクのポーカロ兄弟とも一緒に演奏することができたんだ。なんてディープなグルーヴだったと改めて実感させてもらった…ほろ苦く…30年以上も前の曲だなんて信じられないね!」と、スティーヴ・ルカサーは語っている。

TOTO(トト)の名言・発言

スティーヴ・ルカサー「僕らがグラミーを獲るなんて考えもしなかった」

スティーブ・ルカサーは「『TOTO Ⅳ〜聖なる剣』が完成した時、レコード会社も『これはいい!』とエキサイトしてくれた。」と語っている。彼ら自身も確かな手答えは感じていたが、まさかグラミーを獲るとは思ってもいなかったらしい。「え?僕らが?冗談だろ?スティービー・ワンダーやポール・マッカートニーと一緒にパーティーできるのかい?そんなヒーロー達と同じステージに立てるなんて!」
またデヴィッド・ペイチは「信じられなかったよ。グラミー賞なんて自分達ではなく、他人が受賞するものだと思っていたからね」と語っている。確かにボズ・スキャッグスの『シルク・ディグリース』のようにグラミー賞アルバムで演奏したことはあったが、自身で獲ったアルバム、そしてその数の多さと比べたら、衝撃度はまるで違ったと述べている。「ロザーナが最優秀年間レコード賞を受賞した時、客席で真っ先に立ち上がって拍手をしてくれたのはエルトン・ジョンだったんだ。生涯忘れられない瞬間だよ」デヴィッドは本当に信じられないし、有難いことだと語っている。

スティーヴ・ルカサー「ここはハリウッド大通りだぜ!なんでAfricaなんだよ?これがヒットしたら裸でハリウッド大通りを走るよ」

スティーブ・ルカサーは雑誌ロックセラーマガジンで、『TOTO Ⅳ〜聖なる剣」が発売される前、バンドのメンバーに「ここはハリウッド大通りだぜ!なんでAfricaなんだよ?これがヒットしたら裸でハリウッド大通りを走るよ」と言ったと話している。実際にAfricaはバンド初の全米ナンバーワンヒット曲となり、そしてルカサーは裸でハリウッド大通りを走っていない。2013年のインタビューで、デヴィッド・ペイチにそのことについて触れると「その言葉、あいつに思い出させてやらないとな」と返している。「今やAfrica は、僕自身よりもずっと大きな存在になった」とペイチは語っている。

TOTO(トト)の裏話・トリビア・小ネタ/エピソード・逸話

TOTOのバンド名の由来に関する諸説

TOTOのバンド名の由来だが、日本のリスナーがまず思い浮かべるのが、便器メーカーのTOTO(トートー、東洋陶器)との関連性である。実際にかつてはTOTO(トト)はTOTO(トートー)から取ったと、まことしやかに言われていたし、メンバーも音楽雑誌『ミュージック・ライフ』のインタビューでそのことについて語っている。しかしこれは当時、日本での人気が先行していたことからくる、メンバーのリップサービス兼ジョークであり、現在はこの節はほとんど消えている。かつてベストヒットUSAに出演した彼らは「トイレに行って嬉しかったよ」と小林克也に語っている。
2番目の説は、初代ボーカリストだったボビー・キンボールの本名が「ロバート・トトース」だったので、トトースの「トト」を取った、という節、これも実際はTOTOの初代ベーシストであるデヴィッド・ハンゲイトによるジョークである。ボビーの本名はキンボールでありトトースではない。このジョークは、一般にTOTOの由来としていつの間にか真実味を帯びてしまい、40年以上経過した現在ですら信じる者が多い結果となってしまった。
3番目はラテン語から取った説。バンドがデモ・テープを作っていた際に、わかりやすくする為にテープにtotoと書いて識別した。これは映画『オズの魔法使い』を観たばかりであったジェフが、映画に登場する犬の名前「トト」を思い出してテープに書いたとする説。更にデヴィッド・ハンゲイトが調べたところ、「Toto」(トト)はラテン語でトータル「total」(全て)あるいは「all-encompassing」(網羅的な)を意味することを発見した。数々のセッションに参加していたメンバーの経歴やあらゆるジャンルの音楽にも対応できるバンドの演奏能力にぴったりであるとして「TOTO」が採用された。この節が実際には最もらいしとされているが、はっきりとした確証は無い。因みに彼らが2022年に予定している世界ツアーの名称は「Dogs Of Oz」(オズの犬達)である。スティーブ・ルカサーはインタビューで「今はもうバンド名がブランドになってるからもう変えられないけど、俺はこのバンド名が好きじゃないんだ。俺が名付けた訳じゃないし、気がついたらそういう名前になってたんだけど。イヤんなっちゃうよ、世界的に有名なトイレメーカーと同じ名前なんだぜ。皮肉っぽくてギャグとしちゃ面白いとは思うけどね」と語っている。同時に、ルカサー自身は「バット・ホール・サーファー(Butt hole surfer)の方が良かったが、もっとマジメにやれと拒否された」とも語っている。
なお、表記名だが、本国をはじめとするアルファベット文字圏では、特別な場合を除き通常「Toto」と一般的なバンド名同様先頭のみ大文字にして表記がなされるが、日本では「TOTO」と全て大文字の表記をレコード会社が公式に採用しており、「トト」「Toto」といった表記が見られることはほとんど稀である。

マイケル・ジャクソン『スリラー』誕生秘話~TOTOの参加

1982年~83年TOTOは『TOTO Ⅳ~聖なる剣』で最優秀レコードとアルバムの主要部門を含む6冠に輝き当時の受賞新記録を樹立。しかし、その翌年にマイケル・ジャクソンが『スリラー』でその数を上まわる8個のグラミーを戴冠する規格外の受賞。しかしこれにはTOTOが深く関わっている。『スリラー』へのTOTOの参加である。『スリラー』が世界一売れるアルバムになったのは、TOTOの参加が大きな要因となっている。
遡ること1979年マイケルは『オフ・ザ・ウォール』を発表、アルバムからの2ndシングル「ロック・ウィズ・ユー」がビルボードHOT100で1980年1月19日付から4週連続1位を記録、年間チャートでも4位に入り、この時点でマイケル最大のヒット曲となった。しかしグラミー賞では「今夜はドント・ストップ」のみ最優秀リズム&ブルース楽曲賞を受賞。グラミー賞のロック、ポップ・フィールド部門では完全に無視された。白人層にアプローチするにはTOTOの人気と才能、演奏に頼るしかないとマイケルとプロヂューサーのクインシー・ジョーンズは考えた。『スリラー』のレコーディング期間、'82年4月から秋にかけては、ちょうど『TOTO IV ~聖なる剣』が売れに売れまくったタイミングと重なる。クインシー・ジョーンズは先ず第一弾として‘82年4月にアルバム『スリラー』の先行シングルとなる「ガール・イズ・マイン」の録音の為に共演となるポール・マッカートニーをスタジオに呼ぶ。この曲の演奏にはシンセサイザーのグレッグ・フィリンゲインズやデイヴィッド・フォスターの他に、TOTOからはデヴィッド・ペイチ、スティーブ・ルカサー、ジェフ・ポーカロの3人がプレイしている。マイケル・ジャクソン&ポール・マッカートニーの「ガール・イズ・マイン」は’83年1月8日付ビルボードHOT100で最高2位を記録したが、残念ながら人気絶頂のダリル・ホール&ジョン・オーツの「マンイーター」に首位を阻まれた。
しかしあのビートルズのポール・マッカートニーとのデュエットは、白人優位のメディアのドアを明けさせるには充分なネタだった。
アルバム『スリラー』の発売は‘82年12月。そして事実上の白人専門局だったMTVが遂に重い腰を上げて初めて黒人のマイケル・ジャクソン「ビリー・ジーン」のミュージックビデオを放送した。‘83年3月だった。歴史を変えた2ndシングル「ビリー・ジーン」、そして白人ロック界を激震させた3rdシングル「今夜はビート・イット」、この曲はエディ・ヴァンヘイレンのギター参加が話題になったが、エディが弾いたのはギター・ソロのみ。イントロのギター・リフだけでなく、なぜかベースも含めて、全編ルカサーが演奏している。重厚かつ軽快なドラムは勿論ジェフ・ポーカロ、シンセサイザーにスティーブ・ポーカロも参加し、「マイケル・ジャクソン with TOTO」と呼べるラインナップとなっている。そのスティーブ・ポーカロが作曲したのがあの名曲「ヒューマン・ネイチャー」、作曲とシンセサイザーがスティーヴ・ポーカロ。ドラムはジェフ・ポーカロ。ギターはスティーヴ・ルカサー、シンセサイザーはデヴィッド・ペイチ。パーカッションはブラジル出身のナンバーワン奏者、パウリーニョ・ダ・コスタで、マイケル・ボディッカーがエミュレイターっていう当時のサンプラーを使ってる以外は演奏者自体が全員TOTO。編曲家としてデヴィッド・ペイチ、スティーヴ・ポーカロ、スティーヴ・ルカサー3人の名前が記されており、まさに「TOTO featuring マイケル・ジャクソン」であった。まだ、マイケルが「ナンバー・ワン」になっていなかった時代、黒人ソロ・シンガーであるマイケルに、白人バンドのTOTOを絡ませたクインシー・ジョーンズはまさに天才だったと言える。『オフ・ザ・ウォール』になくて『スリラー』にはあったもの。その最大の「差異」がTOTOであった。特に「今夜はビート・イット」の「ロック感」と「ヒューマン・ネイチャー」などのAOR的な要素はあらゆる人種間を横断して受け入れられた。クインシーが求めていた黒人音楽と白人ロックを両側からアプローチできる現役一流ミュージシャンは、まさにTOTOだけだったのである。

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