ハンニバル(映画)のネタバレ解説・考察まとめ

『ハンニバル』とは、2001年の米英伊合作によるサイコ・スリラー映画である。原作はトマス・ハリスの同名小説で、大ヒット作『羊たちの沈黙』の続編に当たる。監督はリドリー・スコットが務め、主人公レクター役は前作から引き続きアンソニー・ホプキンスが担当した。元精神科医で狂気の連続殺人鬼「ハンニバル・レクター博士」を巡る、極めて猟奇的な物語。FBI捜査官クラリスは彼を追うのだが、その先には身も凍る恐ろしい惨劇が待っていた。息を飲むスリリングな展開と、絵画のような映像によるコントラストは必見である。

『ハンニバル』の概要

『ハンニバル』とは、2001年に製作されたアメリカ・イギリス・イタリア3国合作による、サイコ・スリラー映画である。原作はトマス・ハリスの同名小説『ハンニバル』(1999)で、大好評を博した前作『羊たちの沈黙』(1991)の続編に当たる。監督は『エイリアン』(1979)、『ブレードランナー』(1982)を手掛け、多くの映画ファンを魅了したリドリー・スコットが務めた。
主人公のハンニバル・レクター役は、前作に続きイギリス出身の名優アンソニー・ホプキンスが抜擢された。狂気そのものとも言える迫真の演技は本作でも評価され、「猟奇殺人鬼レクター博士」のキャラクターやイメージを広く定着させたという意味で、ホプキンスの功績は計り知れない。
また、前作では主人公だったFBI捜査官クラリス・スターリング役にはジュリアン・ムーアが選ばれた。1997年の『ブギーナイツ』や同年製作『ロスト・ワールド/ジュラシック・パーク』から人気に火が付き、『エデンより彼方に』(2002)で数々の女優賞を獲得した演技派俳優である。

脚本にはふたりの作家が携わっており、複雑怪奇で狂気に満ちた原作の世界観を簡潔に伝わるよう描き出している。デヴィッド・マメットは『郵便配達は二度ベルを鳴らす』(1981)や『アンタッチャブル』(1987)などを手掛け、好評を博した作家である。また、スティーヴン・ザイリアンは『シンドラーのリスト』(1993)でアカデミー脚色賞の受賞経験があり、数々の映画やドラマ製作を手掛けている人気作家だ。

また、背景音楽は全編ハンス・ジマーによるオリジナル楽曲が採用されている。数多くの映画作品に携わり、単に楽曲提供者というより音楽プロデューサーとしても有名な作曲家である。シンセサイザーとオーケストラを組み合わせた壮大かつメロディアスな曲調は、本作でも各場面を盛り上げる重要な要素となっている。

『ハンニバル』の興行収入は、製作費0.87億ドル(約96億円)に対し3.5億ドル(約388億円)を記録している。これは『羊たちの沈黙』の2.7億ドルをはるかに凌ぐ空前の収益を上げたと言える。前作の成功を受けた余韻と期待があったことは否めないが、これは紛れもない大ヒットである。ところが、映画情報サイト「Filmarks」をはじめ多くのファンサイトでの評価はおおむね星3.6ほどで伸び悩んでいる。前評判と期待値が高く、さらに秀逸過ぎた前作と比較してしまった結果、大きく落差を感じたファンも多かったようである。

本作は猟奇的描写が多く、日本公開時はR-15指定されたほどである。それでも「映画化に伴いかなり控えめになっている」と関係者は言う。出演者のジュリアン・ムーア本人及び所属事務所、そして配給会社などの強い意向により、最終的には結末の大筋をそっくり変えてしまうほどに改変させられたためである。それほど、原作の世界観が常人離れしたおぞましい残酷描写で満ちていたことを物語っている。

『ハンニバル』のストーリーは、『羊たちの沈黙』の続編として描かれる。前作の終わりに、連続殺人犯として収監されていた元精神科医ハンニバル・レクターは、ある事件への協力を利用して脱走計画を企て3人を殺害し逃亡する。当時、実習生だったクラリス・スターリングは捜査への面談調査を通してレクターと奇妙な信頼関係性を築き、犯罪者と捜査官という立場ながら心のどこかで互いを認め合う間柄となっていた。

それから7年後。FBI特別捜査官となったクラリスは、現場の指揮を任されるほどに成長していた。しかし、レクターの行方は依然として不明であり、彼女は事あるごとにその影を追い続けていた。そして、瀕死の重傷を負わされた大富豪メイスン・ヴァージャーも、理由こそ違えどレクターを追っていたのだ。彼の目的は復讐であり、異常とも言える恐ろしい方法を考え周到に準備していた。
その計画に巻き込まれてゆくクラリスは、やがて多くの運命が絡み合う中でレクターと相対することになる。そして最後に彼女が目にするのは、7年前を凌ぐほどの想像を絶する惨劇だった。

本作は猟奇的な残酷描写ばかりが取り上げられるが、その映像美にも注目すべきである。まるで絵画を切り取ったような各場面は美しく、観る者を瞬時に別世界へといざなう。そして、前作と同様にセリフや言い回しにこだわりが感じられ、理解が深まるのに連れその趣を増してゆく。その重厚で高い芸術性とスリリングな展開、そしてある意味での爽快感は同年代のどんな作品に勝るとも劣らないのだ。
数々の映画賞を総ナメにした『羊たちの沈黙』と比較されがちであるが、間違いなく本作はサイコホラー映画における傑作のひとつと言って差し支えないだろう。

『ハンニバル』のあらすじ・ストーリー

2つの猟奇殺人事件

メンフィス国際空港でのレクター博士。

かつて、全米を揺るがす2つの猟奇殺人事件が起こった。ひとつは、犯罪精神医学博士として政府機関と捜査協力を行っていたハンニバル・レクターによる連続猟奇殺人事件である。彼は分かっているだけで9人を殺害したうえ、それら被害者の臓器や筋肉組織を調理して食した。レクターは逮捕および起訴されたが精神障害と認定され、厳重警戒を要する精神科病院に収監された。

もう一方は、その後発生したバッファロー・ビル事件である。犯人は若い女性を次々に殺害し、遺体から皮膚を剥がしたうえ、それを使用してドレスを作っていた。そして、この2つの事件には因縁めいた接点がある。
FBIはバッファロー・ビル事件の解決に向け、当時は実習生だったクラリス・スターリングをレクターの元へ送り込み、捜査への協力を要請する。ふたりは奇妙な信頼関係を築き、やがてレクターから得られたヒントを頼りに、クラリスはバッファロー・ビル事件を解決することができたのだ。しかし、その過程でレクターは脱走計画を企て、恐ろしい手段によって逃亡してしまう。(前作『羊たちの沈黙』より)

それから7年の歳月が流れ、クラリスは捜査官として経験を積み、現場の指揮を任されるほどに成長していた。だがレクターの行方は依然として不明であり、彼女は職務の合間に情報を集めては、彼の影を追い続けていた。

その意味では、レクターが起訴された事件における4人目の被害者であり、唯ひとり重症を負いながらも生残ったメイスン・ヴァージャーもクラリスと同様に、否それ以上にレクターを執念深く追っていた。彼は顔面をひどく損傷しており、車椅子での生活を余儀なくされている。このような醜い姿で暮らし、不自由な身体になったのは全て、レクターによるものだからである。大富豪のヴァージャーは潤沢な資金を注ぎ込み、、世界中からレクターの情報を集め続けているのだ。

大富豪メイスン・ヴァージャー

ヴァージャー邸の一室。車椅子に乗っているのがヴァージャーだ。

メリーランド州ボルチモア。メイスン・ヴァージャーは、広大な敷地に壮大な邸宅を構え、この地で古くから威勢を誇る大富豪一族のひとりである。

豪勢なヴァージャー邸の一室で、3人の男が会っていた。ひとりは車椅子に乗ったヴァージャー本人で、傍らに彼の介護兼執事のような役割を務める主治医のコーデル・ドームリング(以下コーデル)が立っている。
彼らに向かい合うように、アフリカ系の大柄な男がひとり掛けのソファーに腰かけている。かつて、ボルチモア精神科病院で看護師をしていたバーニー・マシューズである。レクターの担当を6年間も務め、職務を通して彼と一定の信頼関係を結んだ間柄であった。
バーニーは畏怖の念を抱きつつも敬意を払い、注意深く猟奇殺人犯であるレクターに接した。また、レクターもそんなバーニーの姿勢に対し、彼なりに敬意を払っていたようである。

ヴァージャーは莫大な資産を背景に、あらゆる方法でレクターの情報を集めていた。潜伏先に関する事柄もそうだが、レクターがかつて所持した愛読書や品物などをコレクションしているのだ。レクターに対し、不自由な身体と醜い姿にされた復讐心は当然ある。しかしこれはすでに趣味嗜好であり、彼にとってはライフワークでもあるのだ。

ヴァージャーは「あの施設でのふたりの関係はどうだったんだ?」と、バーニーに尋ねた。「ふたり」とは、当時FBIの実習生だったクラリスとレクターのことである。バーニーは「お互いを認め合っているようだった」と答えた。ただし、礼儀をわきまえた距離を置いてである。それは、バーニーとレクターの間柄とも似ている。「彼らは親しくなったわけだな?」と、ヴァージャーが促すと「そうですね」とバーニーは丁寧な口調で肯定した。
その後、バーニーは靴が入るくらいの箱を差し出す。「とっておきの品」とでも言いたいのか、話の最後にその中身を披露したのだ。上蓋を開いてバーニーが見せたのは、変わった形をしたマスクであった。レクターが脱走劇を繰り広げたテネシー州メンフィスで、移送される際に拘束され被せられていた、あのマスクである。
「い、いくらだ」ヴァージャーは声を震わせながら尋ねた。バーニーが「25万でどうです?」と答えると、即座にコーデルに命じて小切手を切らせた。25万ドルと言えばかなり高額(約2千7百万円)ではあるが、それでも喉から手が出るほど欲しい品であったのだ。

FBI特別捜査官クラリス・スターリング

作戦の指揮を執るクラリス(中央右)

ワシントンD.C.は、メリーランド州とヴァージニア州に挟まれたポトマック川河畔に位置するアメリカ合衆国の首都である。FBI特別捜査官となっていたクラリスは、そのワシントンD.C.にあるフェリシアナ・フィッシュ・マーケットに向かっていた。ポトマック川沿いにある庶民的な魚市場だ。

彼女がここへ来た目的は、イヴェルダ・ドラムゴを逮捕・捕縛するためだった。イヴェルダはアフリカ系ギャングであった夫の死を受け、組織を引き継いだ女性リーダーである。この地に麻薬の精錬所を兼ねた、ギャング組織のアジトを構えている。この組織は麻薬や武器の密売を手広く行っており、クラリスはこれまで2度に渡り彼女を逮捕している。つまり、イヴェルダの考え方や行動パターンを知り尽くしているため、その経験を買われ本作戦の指揮を任されていた。
当初はDEAが捜査を進めていたが、武器・弾薬が大量に隠されていると見られることからATFが本作戦を主導する予定であった。ところが、イヴェルダは何をしでかすか分からない人物であり、行動が読めないためFBIのクラリスに指揮権が回って来たという複雑な事情があったのだ。

FBI(連邦捜査局)に加え、DEA(麻薬取締局)とATF(アルコール・タバコ・火器取締局)も作戦に参加するため集合地点ですでに待機していた。しかし、なぜか応援要請をしていないワシントン市警察の一群も来ており、不穏な空気が漂っていた。

その場の全員に対し、クラリスは本作戦の概要を説明しようとしたがワシントン市警察の責任者に静止される。彼は、作戦の指揮を自分たちに任せろと言っている。威圧的な態度だ。
「立場を説明しておくわ。私はイヴェルダを2度逮捕して、彼女の事を知り尽くしているから本作戦の指揮を執っている。ワシントン市警察がここに来たのは市長が麻薬所持で有罪判決を受けて、それを挽回するために取り締まり強化をアピールしたいから。そうよね?」
毅然とした態度でクラリスがそう言い放つと、市警の男はそれ以上何も言い返さなかった。

作戦は手はず通りに運ぶ予定だった。イヴェルダの居る建物の裏手からDEAとATFの部隊が突入した後、私服で変装したFBIと市警が正面からドアを破って侵入し、挟み撃ちにする計画だった。仮にイヴェルダの一味が抵抗し銃撃戦になっても、建物内であれば流れ弾による市民の犠牲は避けられる。
しかし作戦開始より前、予定より大幅に早く、側近を連れたイヴェルダが建物から外に出てきてしまう。しかも彼女はベビーキャリーを装着しており、中には赤ん坊が抱かれていたのだ。建物の正面には車が横付けにされ、彼女らはすでに乗り込もうとしている。その周りは魚市場であり、商売人や作業員でごった返していた。

クラリスは即座に作戦の中止を決断し、無線連絡を行うとDEAとATFの指揮官は同意してくれた。こんな場所で大捕り物を繰り広げたら、悲惨な結果になるのは目に見えているからだ。ギャングばかりか、一般市民にまで死傷者を出すわけにはいかない。
しかし、ワシントン市警は納得せず部下に「作戦続行」の指示を出した。クラリスや他の捜査官、ATFの指揮官らも無線を使って彼らの無謀を止めようと努めたが、彼らは引き下がらなかった。
そうこうしている内に市警の私服警官が持つ銃にギャングが気付き、いきなりマシンガンを撃ち始めた。こうなっては仕方がない。クラリスや他の者も応戦したため、辺りは修羅場と化す。しかし、圧倒的な人数と射撃技術の差があり、すぐに片は付いた。

クラリスは銃を構え「イヴェルダ!出てきなさい!」と、車の中にいる彼女を呼んだ。イヴェルダは「クラリス、あんたなのかい?」と親しげに話し掛けながらドアを開け、姿を現す。ベビーキャリーの中では赤ん坊が泣きじゃくっていた。
クラリスは彼女の目を見て、きっと何か企んでいると分かった。だから「やめて、イヴェルダ」と声を掛けたのだ。イヴェルダはその声を無視するように、右手をクラリスに向ける。すぐさま、その手に持つ小型のサブマシンガンが火を吹き、1発がクラリスの腹部に命中する。それとほぼ同時に、クラリスの正確な射撃がイヴェルダの急所を貫いた。クラリスは倒れ込んだが、防弾チョッキにより命に別状は無かった。そんな装備など無い一方のイヴェルダは絶命していたが、幸いな事に赤ん坊は無傷であった。

それぞれの思惑

初対面を果たしたクラリス(左)とヴァージャー(右)

フィッシュ・マーケットでの作戦は、惨憺(さんたん)たる結果に終わった。現場で指揮を執っていたクラリスは責任を問われ、窮地に立たされる。イヴェルダを含む5人のギャングが死亡したうえ、ATFの捜査官が1名殉職したのだ。彼は、クラリスの旧友でもあった。また、血にまみれた赤ん坊を抱くクラリスの写真が流出し、マスコミは彼女の責任を追求する記事を大げさに書き立てた。

それら報道からクラリスの立場が危うい事を知ったヴァージャーは、彼女に手を差し伸べようと考えた。政府の要人や、特に司法省のスポークスマン(代弁者、広報担当)をしているポール・クレンドラーに手を回し、今回の件を穏便に片付けることに成功する。ヴァージャーの一族は何代にも渡り政界に多額の献金を行い、影響力を維持し続けているのだ。
当然ながら単にクラリスに同情したのでは無く、レクターへの復讐を遂げるための手駒に加えるのが目的だ。

FBIは、部署転属を条件にクラリスの責任を不問にした。国際的に手配すべき10人の最重要凶悪犯にハンニバル・レクターを加えたうえで、その担当捜査官としてクラリスを任命したのだ。もちろん、全てヴァージャーが描いた筋書き通りに政府要人が動いた結果である。

クラリスとしては、負い目など感じてはいなかった。上司の命令に従って作戦の指揮を執り、現場では正しく判断を下し行動した。しかし、政治的な思惑からそれは無視され、悲惨な結果となった。ギャングの方はともかく、仲間であった友人の死に対しては少なからず責任を感じるものの、それについてはお互い様である。彼も、命の危険は覚悟して任務に臨んでいる。それは、クラリスとて同様であるのだ。あの場面では相手を倒すか、自分が殺されるかの二択を迫られ、正しく判断したと考えている。

つまり、クラリスは一歩も引かないほどに正義を信じていた。だが、ピアソール主任捜査官に「キャリアを無駄にするな」と説得されたうえ、転属先の任務にも惹かれるものがあった。長年、その影を追い続けているレクターの捜査なのだ。不承不承ではあるものの、クラリスはこれを受け入れることに決めた。

そしてこのタイミングに合わせるように、レクターの新たな手掛かりに関する情報がヴァージャーからもたらされる。クラリスは、これら全てが彼の思惑で動いている事に当然ながら気付いていた。それと同時に、ヴァージャーがレクターを執念深く追い続けている事も、その目的が復讐であることも知っている。
だが、ここは彼の思惑に乗って動くことで、レクターを私刑に処するのでは無く法の裁きに委ねられる可能性を探るのだ。それこそが、クラリスの思惑であった。

ザッツ・エンターテインメント

ヴァージャー役がゲイリー・オールドマンだと辛うじて分かるシーンである。

ボルチモアのヴァージャー邸に向かったクラリスは、出迎えた主治医のコーデルによって寝室に通される。そこで初めて、ヴァージャーと相対することになった。彼は大きな寝台に横になり、いくつかのモニターに囲まれている。それは、株式相場や国際ニュースなどを主に表示しているようだった。
クラリスは挨拶もそこそこに、すぐさま面談調査に向けた準備を始めた。小型の録音機に向かって、自身のIDナンバーを読み上げる。すると、クラリスが制するのも聞かず、ヴァージャーはレクターにまつわる過去の出来事を語り始めた。

ヴァージャーは小児性愛者であり、一族が主催するチャリティイベントなどを利用し多くの児童に性的ないたずらを行っていた。やがてその犯罪は発覚し逮捕・起訴された後、精神カウンセリングを義務付けられ、患者と精神科医という立場でレクターと出会う。莫大な政治献金と高額な弁護費用を支払った結果、収監は免れたのだ。

ある日、レクターはヴァージャーが街に借りた部屋へ個人的に招かれた。最高級のディナーとワインを振る舞い、ヴァージャーは得意になっていた。酔いが回り、彼がふざけ始めるとレクターは「もっとハイにならないか?」と提案した。ヴァージャーはその時、死なない程度に自ら首にロープを巻き付けて天井から吊り下がり、さらにはズボンを脱いでいた。この状態で性行為に及ぶのが彼の趣味嗜好なのだ。
その提案にヴァージャーが快諾すると、レクターは用意しておいた薬剤(麻薬のようなもの)を彼に嗅がせた。途端に意識が飛び、ヴァージャーは夢心地に陥る。レクターが「どんな笑顔で子供達を誘ったんだ?見せてみろ」と言うと、ヴァージャーはケタケタと笑い始めた。
それを見たレクターは、割れた鏡の破片をヴァージャーに渡し「これで顔の皮を剥ぐんだ。そして、それを犬に食わせろ」と命じた。すると、ヴァージャーは素直にその命令に従い、自らの顔面を切り取り始める。そして、次々と床に落ちてゆく血にまみれた肉片に、ヴァージャーの飼い犬が食らい付く。狂気に満ちた地獄絵図であるが、顔面の皮膚を失いながらも当の本人は至って上機嫌で「ザッツ・エンターテインメント!」と叫んでいた。

「私はあの時、本当に楽しんでいた。君はあの施設の地下牢で、レクターと心が通ったと思うか?私は顔の皮を剥いだあの時、彼と心の底から通じ合っていたんだよ」と、言ってヴァージャーは懐かしむような目をした。クラリスは「私と博士の間には一定の距離があったので」と答え、「あなたとは違う」と言いたげだった。だがヴァージャーは「ガラスの壁があったからだろ?」と問いかけ、それ以外は同じだと言いたいようだ。そして、帰り際になり「君は面白い。私の顔を間近で見ても平気なのに、神の話をすると少し身を引いたな」と、クラリスの心の奥を探るようにヴァージャーは鋭い指摘をするのであった。

その後、ヴァージャーはコーデルに命じ、あるレントゲン写真を持ってこさせる。ブエノスアイレスから送られたものだと言うが、送信元や経由地が記された外封筒の所在をクラリスが問うと、コーデルは「捨ててしまった」と答えた。レクターのものだと主張するが、どこで撮影されたかがはっきりしないとあまり意味の無い情報である。ともかく、まずはこの手掛かりを追うしか選択肢の無いクラリスであった。

看護師バーニー・マシューズ

再会を喜び合うバーニー(右)とクラリス(左)

バーニー・マシューズはボルチモアの精神科病院で、レクターの担当看護師を6年間も勤めた。看護師とはいえ最重要警戒病棟におけるそれは看守のような役目でもあったが、バーニーとレクターの間には一定の信頼関係が存在していた。
レクターが転院した後、しばらくしてその病棟は閉鎖された。老朽化していたうえ、予算削減のあおりを受けたのだ。その際に人員整理が行われ、バーニーも解雇されている。
クラリスはレクターの行方を追うため、手始めにバーニーに会いに来ていた。通りの向こうから歩いてくる彼は、以前より少し老け込み白髪交じりであった。その服装から、今でも医療関係の仕事に就いていることが窺える。
ふとバーニーは立ち止まり、道路に横たわるハトを拾い上げた。おそらく車にはねられて死んだのか、仲間のハトが心配そうに見守っている。
クラリスが親しげに手を挙げると、バーニーはすぐに彼女だと分かったようだ。彼は「こういう場合は権利の告知をするんですよね?」と、よく刑事ドラマなどで見られるシーンを引き合いに、ユーモラスな挨拶をする。クラリスもそれに応じ「バーニーとの接触に成功」などと、バッグの中に向かって録音でもするような仕草をし、互いに笑い合った。例の事件以来、実に7年ぶりの再開である。

バーニーは小さなアパートで、ひとりで暮らしているようだった。レクターの話になり、クラリスは「博士はあなたの手を離れて、たった3日後に3人を殺害して逃走した。あなたは6年も彼の世話をした。秘訣は何?敬意を示すこと?」そう問いかけると、バーニーは全面的に肯定する。続けてレクター脱走の知らせを受け、恐怖を感じたか尋ねると「いいえ全然」と、バーニーは再び淀みなく答え「博士はよくこう言ってました〝可能とあらば無礼なヤツを食う。野放しの無礼なヤツをね”と。あなたこそどうです?」と聞き返した。クラリスはおおいに共感を覚えた様子で「毎日少なくとも30秒は博士のことを考える」が、彼に殺されるような恐怖を感じたことは無かったのだ。

そして、クラリスは本題に入った。例のボルチモア精神科病院で収監中、女性看護師を襲った際にレクターは腕を骨折している。そのレントゲン写真を探しているのだ。その前にクラリスは、バーニーに断る口実を与えないため、ある書籍の売買にまつわる話をした。高額で買い取られた料理本にはレクター直筆のサインが記されており、売主は偽名だったが筆跡はバーニーのものと一致したことも調べ上げていた。

否も応も無く、バーニーは観念したように収納ボックスを探り、大きな茶封筒を取り出した。そして、一緒に古い録音テープの束をクラリスに手渡す。姑息な策略を弄していた病院長が盗聴していたもので、クラリスとレクターの会話が記録されていると言う。その病院長とは名をフレデリック・チルトンと言い、傲慢(ごうまん)で出世欲が強くレクターにひどく嫌われていた。その事と関連があるのか分からないが、メンフィスでのレクター逃走劇からしばらくしてチルトンは行方不明となっている。

「博士とは夜中に皆が寝静まった後、よく話をしました。あなたの事も言っていましたよ」と口にしながら、バーニーはバルコニーに置いて弔っていたハトを片付け始めた。仲間と思われるハトに「もう十分悲しんだだろ?」と声を掛けて追い払う。
クラリスは「博士は私のことをなんて言ってたの?」と、興味を示した。するとバーニーは「行動心理学の話の中で、宙返りをするハトの例えにあなたの名前が出ました」と言う。ある種類のハトは、両親の癖を顕著に受け継ぐ傾向がある。大きく宙返りする癖が片方の親だけなら良いが、もう片方も同じような癖がある場合、その子供はさらに大きく宙返りするようになり、下手をすると地面に激突して死んでしまう。

「スターリング(クラリスのこと)は大きく宙返りをする。もう一方の親がそうでないことを願うよバーニー」と、レクターの声が再生される。捜査のための部屋を与えられたクラリスは証拠を集め、ディスプレイし、ひとり孤独に調査している。バーニーと別れ、捜査室に戻ったクラリスは例のテープを再生した。すると、そこにはバーニーとレクターの会話も同様に記録されていたのだ。
そして、クラリスはそれらを自宅にまで持ち帰り、何度も繰り返し再生して聴いた。当然だが、レクターの声は当時のままであり、自らの声は驚くほど幼く頼りない。
「物事の重なり合いは不思議なものだクラリス。私が君を見て、美味そうな女だと舌なめずりしていると?だから力を貸すのだと思うかい?」テープの中でレクターの声がする。「わからない。そうなの?博士」と、当時は実習生だった若いクラリスの声も聞こえる。
捜査のためではあるが、それは途方も無く懐かしい響きであり、どれだけ聴いても飽きるものではなかった。そして、ある意味においてレクターはわずかな時間であったにもかかわらず、クラリスを大きく成長させてくれた。そのことを彼女自身が誰よりも理解しており、複雑な感情を抱いている。恐ろしい犯罪者として彼を追う反面、尊敬し敬愛しているのかもしれないのだ。そして、自然に涙がこぼれそうになるのであった。

レナルド・パッツィ刑事

パッツィは渋いベテラン刑事だ。

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『フライト・ゲーム』とは、2014年に公開されたアメリカのサスペンスアクション映画である。航空保安官としての任務でニューヨーク発ロンドン行きの飛行機に搭乗したビルは、何者かから機内で20分後に人を殺すというメッセージを携帯電話に受信する。ビルは周囲の協力を得ながら事件解決に向けて動くが、徐々に彼自身がハイジャック犯なのではないかと周囲から疑われてしまう。監督はジャウマ・コレット=セラが務め、主演したリーアム・ニーソンとは2度目のタッグとなった。共演はジュリアン・ムーアら。

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秘密への招待状(映画)のネタバレ解説・考察まとめ

『秘密への招待状』とは、2019年アメリカにて公開されたヒューマンドラマである。インドで孤児院を経営するイザベルに、ニューヨークのメディア会社で長年辣腕を振るってきたテレサという実業家から大口の寄付の話が舞い込む。イザベルはテレサの強引な要請で、契約をまとめるためにニューヨークに飛ぶ。そこでイザベルを待ち受けていたのは、心の奥底に封じ込んでいた自らの過去だった。18歳で訳あって別れた元恋人オスカーと、2人の間に生まれた娘グレイスとの突然の対面に揺れるイザベルの心を、テレサの愛情が溶かしていく。

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『ドリフターズ』と史実や他メディアでの同名キャラとを比べてみた!

『ドリフターズ』とは、『ヘルシング』でもお馴染み平野耕太先生の作品。それぞれ異なった時代の人物たちが登場し、世界を壊さんとする「廃棄物」側と、それを阻止せんとする「漂流者」側とに別れ戦う、史実ごっちゃ混ぜ気味なマンガなのです。今回こちらでは、作中に登場する人物と、史実やマンガ及びゲームなどの人物像とを比べつつ、簡単な解説と共にまとめさせて頂きました。

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