Syrup16g(シロップ16g)の徹底解説まとめ

Syrup16gとは、日本のスリーピースロックバンドである。Vo&Gtの五十嵐隆を中心に、1996年に結成され、2002年に日本コロムビアからメジャーデビューを果たす。「諦め」「嫉妬」「劣等感」などを漂わせる歌詞がリスナーの心を掴み、根強いファンが多く存在する。2008年には日本武道館でライブを行うも、それと同時に解散を発表。バンドは一度解散をする。しかし、2014年に再結成を果たし、活動を再開している。

Syrup16gの概要

Syrup16g(シロップ16g)とは、Vo&Gt五十嵐隆、Bassキタダマキ、Drums中畑大樹からなる日本のスリーピースロックバンドである。1996年に結成され、2002年にメジャーデビュー。その後は凄まじい勢いでフルアルバムをリリースしていく。2008年に日本武道館でのライブをもって一度バンドは解散するも、数年の時を経て2014年に再結成する。

彼らの楽曲は非常に中毒性が強く、一度聴いてしまうと、とても癖になってしまう。ポリス、ザ・スミス、BARBEE BOYSなどといったニュー・ウェイヴ時代のバンドの影響を受けたサウンドに「諦め」や「劣等感」「堕落」などが綴られた歌詞とメロディは唯一無二のものだ。

世間からは「鬱バンド」と称される程であり、哲学的で暗く、後ろ向きな楽曲により世界観が構築されている。日本のチャートトップの楽曲は明るいものであったり、恋愛系のものだったりすることが多いが、彼らの場合はその真逆であるため、その存在は音楽ファンに大きなインパクトを与えた。

大きなタイアップやメガヒットなどを持つバンドではないが、様々な公演をソールドアウトさせた実績をもっているバンドであるため、Syrup16gの音楽に共感を感じている音楽ファンは多い。

音楽で人々を元気づけようとするのではなく、あえて絶望を与え、そこから安心や希望を人々に見出させる。Syrup16gとはそんなバンドである。

Syrup16gの活動経歴

Syrup16gの原点

Syrup16gのボーカルを務める五十嵐隆

Vo&Gt五十嵐隆の音楽の原点は、彼が小学生の頃まで遡る。彼は野球部のキャプテンや生徒会副会長を務めるなど、活発な少年であった。しかし、同時に小学生ながら「勝負に勝つことの虚しさ」「優越感」「嫉妬」などの人間の嫌な部分を感じ取っていた。この事が後に「劣等感」や「虚しさ」などを題材とするSyrup16gの世界観を形成していくこととなる。また、五十嵐はこの時期に洋楽に熱中していたらしい。そして、高校生になると五十嵐はバイトを初め、その稼いだお金で初めてギターを購入した。

バンド結成からメジャーデビュー

Syrup16の2ndフルアルバム『COPY』

その後、五十嵐は浪人生活を経て1993年4月「日本工学院専門学校 音響技術科」に入学する。そこで後のSyrup16gのメンバーである「中畑大樹」と「佐藤元章」に出会う。五十嵐は元々「レコーディングエンジニア」になるためにこの学校に入学をしたのだが、それは断念してしまった。また、この頃五十嵐はコピーバンドを組んでおり、当時はボーカルではなくギタリストとして演奏していた。この活動の中で彼は、ステージで演奏することに喜びを見出していったそうだ。

そこから、五十嵐は曲作りを開始し、ドラマーの中畑大樹、ベーシストの佐藤元章と共に「Syrup16g」を結成する。1998年、初のCD音源『翌日 e.p.』をライブ会場限定で無料配布を開始。すると圧倒的なクオリティの高さが反響を呼び、大手インディーズレーベルである「UKプロジェクト」と契約をすることとなった。2001年、UKプロジェクト内のレーベルである「代沢レコーズ」から1枚目のフルアルバム『COPY』を発売。このアルバムにはSyrup16gの代表曲とも言える「生活」も収録されている。

翌年2002年には、大手レコード会社である日本コロムビアと契約。そして6月19日、ロック系のレーベルである「トライアド」からアルバム『coup d'Etat』をリリース。ついにメジャーデビューを果たした。しかし、腰に持病を抱えていたベーシストの佐藤がこのアルバムを期に脱退してしまう。佐藤とはメンバー以前に親友であった五十嵐は制作意欲が低下してしまうほどのショックを受けた。

「キタダマキ」の加入、異例のスピードでCDをリリース

新しく加入したベーシスト「キタダマキ」

『coup d'Etat』発売から僅か3ヶ月後の9月25日には、早くも3枚目のフルアルバム『delayed』を発売する。このアルバムには彼らの名曲の一つである「Reborn」が収録されている。そして、このタイミングで新ベーシストである「キタダマキ」が加入し、バンド初となる全国ワンマンツアー「delayed tour」を開催した。

2003年、日本コロムビアで自主レーベル「Searching for the youngsoul REBELS”」を開き、3月19日にこのレーベルから3枚目のフルアルバム『HELL-SEE』を発売する。この作品はオリコンチャートでは過去最高の39位を記録し、その後もロングセラーとして愛され続ける作品となった。また、同年9月17日には初のシングルである『パープルムカデ』を、その3カ月後には同じくシングル『My Song』を発売。2004年4月21日、4枚目のニューアルバムである『Mouse to Mouse』を発売。それに向けて発売前には、アルバムの先行シングルとして新星堂限定で『リアル』を、タワーレコード限定で『I・N・M』『うお座』を発売していた。その結果、アルバムはオリコンチャート最高22位と飛躍した記録を出した。

活動休止

9月24日、彼らは活動の場を再びインディーズへ戻し、古巣であった「代沢レコーズ」からアルバム『delayedead』を発売。“第一期Syrup16g完結”を謳うほどの渾身の一作となったが、売り上げはあまりよくなかった。その後、「日比谷野外音楽堂」でワンマンライブを行った。この様子は「遅死10.10」といったタイトルで翌年1月にDVD化されている。そして年末の「COUNTDOWN JAPAN」出演後、バンド活動を一時休止することとなる。

活動再開から突然の解散

2005年2月19日、Shibuya-AXにて「JAPAN CIRCUIT vol.21」に出演したことを期に活動を再開。「tour 2005」と称して東名阪ツアーを行い、Syrup16gの第二期が始まった。2005年~2007年の間はライブ活動をメインに行っていた半面、以前に比べてリリースのペースが落ちてしまっていた。また、この頃に五十嵐は父親を亡くしており、精神的にダメージを負っていた。そして、彼の演奏が荒れ始めたのもこの頃からだった。

2006年、ベスト盤『静脈』『動脈』を2枚同時リリース。この作品には今までの楽曲を全てリマスターしたオリジナルの音源が収録されている。2007年12月9日、「Tour 2007 END ROLL」のツアーファイナルが東京NHKホールにて行われた。そのライブでは念願である「日本武道館」にてワンマンライブを行うことが発表された。しかし、直後にそのワンマンをもってバンドは解散することも発表される。そしてライブ後に、公式ホームページにてセルフタイトルを掲げたラストアルバム『Syrup16g』をリリースすることも発表された。

「日本武道館」での解散ライブとその後

2008年1月30日、無事にラストアルバム『Syrup16g』は発売された。アルバムの完成度は前作に比べ抜群に良く、ラストアルバムといった話題性もあり、オリコンランキングは最高13位まで健闘する。そして2008年3月1日、ラストライブである「LIVE FOREVER -The last waltz of Syrup16g-」が予定通り行われた。インディーであり、尚且つ、目立ったヒット曲も出していないバンドであったもののチケットは即ソールドアウトした。ライブの内容としては、大半は過去の代表作やラストアルバムに収録された曲が中心のセットリストであった。そして最後の曲には、代表作の一つである「Reborn」が演奏され、解散ライブは幕を閉じた。

解散後の5月28日には、最終公演のDVD『the last day of syrup16g ~syrup16g 最後の日 The complete document of LIVE FOREVER~ -the last waltz of syrup16g live at 日本武道館-』が発売された。ライブ映像やメイキング映像ともに完全ノーカットの作品となっており、オリコンのDVDチャートで最高7位を記録した。意外なことにDVDで初のオリコンチャートトップ10入りを果たすこととなった。

2008年から2012年の間は、中畑、キタダはサポートミュージシャンとして活動していた。一方、五十嵐は暫く音沙汰が無かったが、2008年の秋に「犬が吠える」というソロプロジェクトを発表する。しかし、それはリリースもせず半年程で解散してしまう。それから五十嵐は消息不明の状態になってしまった。このことから、ファンの間では冗談交じりで「五十嵐死亡説」まで出ていたが、実際のところはCDの印税などの収入のみで食いつなぎ、引きこもり生活をしていたそうだ。また、この時期にはコンプリートボックス『a complete unknown』が発売された。

五十嵐隆の生還、そして再結成へ

音信不通の状態から「生還」した五十嵐

2013年3月1日、音信不通であった五十嵐から「生還」と題したライブを東京NHKホールにて開催することが発表された。しかし、サポートミュージシャンや共演者などの詳細は当日までは誰も分からなかった。そしてライブ当日、ステージの上に姿を見せたのは、五十嵐、中畑、キタダの3人だった。この瞬間、実質Syrup16gは復活した。因みにこのライブでの一番最初の曲は解散ライブで最後に披露した「Reborn」であった。しかし、このステージでの中畑とキタダはあくまでサポートメンバーとしての扱いであったため、この時点ではSyrup16gが正式に復活した訳ではなかった。

2014年6月27日17時00分、Syrup16gの再始動が正式に発表された。それと同時にニューアルバム『Hurt』のリリース、それに伴ったリリースツアーも発表された。このアルバムはオリコン8位を獲得し、CDで初のチャートTOP10入りを果たした。続く2015年、「Kranke」というタイトルで全国主要都市ツアーを行うことが発表され、5月20日には同名のタイトルでミニアルバムが発売されることも発表された。

2016年6月27日には復活公演「再発」と翌年の「患者」の両ツアー、そしてその時に唯一出演した「the telephones」の活動休止イベント「the telephones Presents “Last Party ~We are DISCO!!!~”」でのライブ映像の様子を撮影したBlu-ray『再発患者』を発売。キャリア初のBlu-rayを発売した。

7月20日、親交関係のあったスピッツが主催する野外フェス「新木場サンセット2016」に出演。その後の9月5日、全国8ヵ所9公演のバンド史上最長ツアー「HAIKAI」を発表する。そして月末には、新曲8曲入り最新アルバム『darc』の発売が発表された。ゲリラでの発表であったためTwitterなどのネット上では一気に話題となった。また、このことに追加して、「HAIKAI前夜 ニューアルバム『darc』収録曲世界最速披露会」が下北沢CLUB Queにて開催された。

2018年3月20日、ツアーファイナル「冥途」にて彼らは活動を「一休み」することを発表した。本人たち曰く、決して「活動休止」といった大げさなものではないらしい。「また、いつか戻ってきます。また逢いに来て下さい。」といった言葉と共に最後の曲を演奏し、ツアーは幕を閉じた。

2017年6月1日、1stアルバム『COPY』のリリース16周年を記念した全国ツアーを行うことを発表。ツアータイトルが無いままチケット販売が行われていったが後に『COPY』発売日とツアー初日が10月15日であったことから、「十六夜<IZAYOI>」というタイトルがつけられた。加えて、ニューアルバム『delaidback』のリリースも発表された。このツアーの前半は『COPY』の曲を中心に、後半はニューアルバム『delaidback』を含めたdelayシリーズ2作(delayed、delayedead)の曲を中心に演奏された。そしてファイナルでは、さらにそれらと全く異なる曲たちが演奏されたらしい。

2018年3月20日、ツアーファイナル「冥途」にて彼らは活動を「一休み」することを発表した。本人たち曰く、決して「活動休止」といった大げさなものではないらしい。「また、いつか戻ってきます。また逢いに来て下さい。」といった言葉と共に最後の曲を演奏し、ツアーは幕を閉じた。

終わらないツアー

keeper
keeper
@keeper

目次 - Contents