還願(Devotion)とは【ネタバレ解説・考察まとめ】

『還願(Devotion)』とは台湾の「Red Candle Games」が開発したホラーゲームでSteamから配信されていた。主人公の脚本家・フォンウが次元が歪んで時代が錯綜する台北の集合住宅を彷徨いながら元女優の妻・リホウや娘・メイシンを捜すうちに、過去の断片を集め家庭崩壊に至る経緯を徐徐に思い出していく。当時の社会情勢や精神病への偏見、新興宗教の問題などを盛り込み、消えた娘を追う過程で自らのエゴを突き付けられる主人公を通し、親子愛や家族愛とは何かを問う作品に仕上がっている。

厨房へ足を踏み入れたフォンウは冷蔵庫に貼られたメイシンの落書きを見る。そこにはフォンウの詩に添った、大スターの醸造の仕方が書かれていた。赤いワンピースとバレエシューズとティアラを同じ甕に入れて寝かせると大スターが出来上がると彼女は信じていたようだ。台湾と中国では娘が生まれると酒を醸す文化が伝わり、娘を嫁として送り出す日の宴会で甕を開ける。この酒を「女兒紅」と言うのだが、事故や病気で娘が早逝すると「花雕酒」(ハゥア・ディアウ・ジョー)に変化する。フォンウの家の厨房にもメイシンが産まれた時に作った「女兒紅」の甕が吊るされていた。
メイシンの部屋へ行くとアンティークドールがベッドに寝ており、勉強机には『私の家族』というタイトルの作文がある。母親は歌を唄うのが好きな専業主婦で、父親は毎日家で何かを書いている。父親の仕事を邪魔すると母親に怒られるから家では静かに遊ばないといけない。病身のメイシンは殆ど休学状態だったが、家では両親が献身的に介抱してくれた。メイシンは優しい両親がいちばん大好きで、家族みんなが平和で幸せに暮らせますようにと祈っていた。
居間に戻ったフォンウはトランクの夥しい貼り紙を読む。それは「パパは嘘つき、約束を守らない」というメイシンの抗議文だった。娘の体調を鑑みたフォンウは学校行事の遠足を無理矢理休ませたのだが、その埋め合わせとして家族旅行を計画していた。それすら台風のせいで取り止めとなり、メイシンは酷く腹を立てていたのだ。
連絡帳の続きには自宅療養中のメイシンが退屈していること、病気の原因がわからない不安な気持ちなどが書かれている。

突然始まる人形劇では、家族旅行が中止になった当日のメイシンの行動が再現される。

部屋の中にはケースに入った子供部屋のミニチュアセットがあり、フォンウがスタートボタンを押すとメイシンそっくりのアンティークドールが、旅行中止当日の彼女の行動をなぞる人形劇が始まった。彼女は前々から構ってくれない父親に不満と反感を募らせていたが、家族旅行中止の知らせが決定打となった。
どうしても旅行を諦めきれないメイシンは1人で出かけようとし、両親への仕返しだと父のトランクに母の服を詰め、鍵を自分の秘密基地、即ちクローゼットの中に隠してしまった。人形がレールを滑って別室に移動すると、メイシンのわがままを嘆くリホウの声が聞こえてくる。

メイシンがビタミン剤を水槽に捨てたせいでアロワナは死亡。

既に薬漬けだったメイシンは処方されたビタミン剤の服用を拒否し、それをフォンウが飼育しているアジアアロワナの水槽に捨ててしまった。悪戯を兼ねた証拠隠滅の結果、ビタミン剤が溶けた水を摂取したアロワナは死んでしまった。
水が干上がった水槽の底には蝋燭が立てられ、変わり果てたアロワナが弔われていた。アロワナの目を調べたフォンウは、その眼窩から外れたビー玉を入手。夫婦の寝室へ戻りクローゼットを開けると、メイシンの玩具のビー玉転がしを発見。フォンウがアロワナの眼窩からとれたビー玉を入れ、迷路をクリアして無事ゴールに導くとトランクの鍵が手に入る。居間に戻ってトランクを解錠すると、中には一冊の絵本が入っていた。それはフォンウが毎晩寝る前にメイシンに読み聞かせていた『花と愛』という本だった。メイシンの部屋では彼女の人形がベッドの上で行儀よく待っており、フォンウが絵本を開いて朗読を始める。
ある狩人が森で出会った猪に弓を引くが、逆上した猪にやられた怪我がもとで寝込んでしまい、娘の看病の甲斐なく日に日に衰弱していく。

父親の快癒を祈って旅に出た娘は、豊饒神から万能薬の種を授けられる。

父親を助ける方法を探し旅に出た娘は、途中立ち寄った宮殿で豊饒神に一粒の種を貰い、これから万病を治す花が咲くと教えられる。しかし花を育てるには、天に至るほど巨大な天空樹にしかない神水が必要だった。絵本をめくるとメイシンとフォンウが話し合う声が響く。行く手を川に遮られた絵本の娘は、対岸に林檎を投げ、それをとろうと倒れ込んだ熊を踏んで川を渡る。心優しいメイシンは取り残される熊を哀れみ、挿絵に巨大なしゃぼん玉を描き足す。しゃぼん玉に包まれた熊はふわふわ浮かび、フォンウが行き先を問うとメイシンは早く登校を再開したい願望を込めて「学校」と答えた。その後もフォンウがメイシンにアイディアを問う形で共作し、絵本に様々なアイテムを描きこんで道中の障害を解決していく。普段は書斎にこもりきりで構ってくれない父が絵本を読んでくれる夜寝る前のひとときは、学校へ行けず寂しがるメイシンの数少ない慰めだった。
やがて天空樹の頂に辿り着いた娘だが、泉の水は既に枯れてしまっていた。泣く泣く家に帰った娘を父親は少し眠るだけだから大丈夫と慰め、その時娘の目から落ちた一粒の涙が万能薬の花を見事に咲かせ、父親の病気は治ったのだった。
物語に出てくる万能薬の花とは黄色いチューリップであり、最後のページにはメイシンが手作りした折り紙のチューリップが挟まれていた。
フォンウは次の扉、1980年8月8日を開く。居間には多くの椅子が出され集会の形跡があった。厨房にはフォンウが妻にあてた言伝があり、分刻みで茶を淹れろ、午前中に冷蔵庫の中身を全て入れ替えろなど事細かく指示されていた。フォンウにはやや偏執的で神経質、亭主関白のきらいがあったらしい。
夫婦の寝室へ行くとクローゼットには南京錠が掛けられ、「私の秘密基地」としるしたメイシンのメモが貼られていた。パスワードは彼女が一番好きな写真らしい。どうやらメイシンお気に入りの写真と関係ある日付が南京錠のパスワードに設定されてるようだ。
ドレッサー周辺を漁ったフォンウは、リホウ愛用の赤いバレエシューズを手に入れる。ベッドにはリホウの友人から届いた手紙があり、彼女の引退を惜しむ心情と、フォンウの収入が激減し家を売却後に集合住宅の一室に移住した決断への同情が綴られていた。1980年時点で既に脚本家としてのフォンウは暗礁に乗り上げていたらしい。さらに探索を続けると、『港のお嬢さん』というリホウ自身が主演を兼ねた映画の主題歌のレコードを発見。
寝室の壁には一箇所穴が開いていた。覗いた先は書斎でフォンウが机に向かい脚本を執筆していた。そこでメイシンの視点に移行し、覗き穴から無邪気に父親に呼びかける。自分に気付かないほど集中する父親に、私を見てとしきりにアピールするメイシン。一緒に遊んでと続けてせがむもスランプに苦しむフォンウは原稿用紙を破り捨て、リホウがメイシンを破れ穴から引き離す前に机上の物を全て薙ぎ払ってしまった。

メイシンの部屋はフォンウのスランプを反映するように不安定に積み上がった資料の山で席巻されていた。

メイシンの部屋へ踏み込んだフォンウは、自分の苦悩を反映するように彼女の部屋が資料で占拠され、壁一面に赤く塗り潰された原稿用紙が貼られているのを見る。居間に戻ったフォンウは新聞の切れ端を入手、そこにはフォンウがホー先生の教えで信仰し始めた慈孤觀音が有り難い霊蛇の化身だと書かれていた。厨房へ行くと流しのラジオから会話が流れてくる。番組の司会者に台湾在住の女性が電話し、仕事が不調な夫が贅沢をやめず、まだ再起を夢見ていると相談していた。女性は夫に現実を見てほしいと希うが、人間はなかなか挫折を認められないと司会者が諭す。声と相談内容から女性の正体がリホウだと察したフォンウは、娘の病気を神仏に縋って治さんとした自らの狂信的な性格と浪費癖が妻を追い込んでいたことを知る。
居間へ戻ったフォンウの前に三脚カメラが出現、ファインダーを覗くと撮影時の光景が甦る。メイシンは『かわいい家族』という曲をピアノで演奏しようとしていた。傍らではリホウが見守り、フォンウがカメラを構えている。シャッターを切る音が響き、一本指でたどたどしくピアノを弾くメイシンの横顔をとらえた写真が浮かび上がる。どうやらフォンウの誕生日に彼へ贈る曲を演奏しているところらしい。父親に撮ってもらったこの写真こそメイシンが一番好きで大切にしている写真だった。
一旦部屋を出たフォンウが浴槽のある広間へ戻ると、リホウが実家の母親へ掛けた電話の声が聞こえてくる。挫折を受け入れず売れない脚本を書き続ける浪費家の夫と病気の娘が重荷となったリホウは気が弱くなって実家へ電話をかけたのだが、当時のフォンウはその内容にすら聞き耳を立て束縛していた。母親は母親で世間体を気にし、実家へ帰りたそうな素振りを見せるリホウに夫を尊重しろと説いていた。
1986年の扉を再び開けると、机上のアルバムに貼られた写真がハッキリ見える。それはフォンウの誕生日にピアノを弾くメイシンの写真だった。写真を回収して夫婦の寝室へ向かったフォンウは、『港のお嬢さん』をレコードプレイヤーにかける。そうするとベッドに腰かけるメイシンが出現するが、フォンウが正面に回り込んだ途端に消滅。一瞬だけ見えた娘の顔は死人のように黒ずんでいた。メイシンが消えた後にはティアラが残され、フォンウがそれを回収すると、部屋中至る所に飾られたリホウの写真の目が赤く光りだす。あたかも血の涙を流しているかのような不気味さだ。

寝室を出ると極彩色の落書きが壁を埋め尽くしている。

寝室を出ると、廊下の壁がぐちゃぐちゃの落書きで塗り潰された異様な光景が広がっていた。極彩色の洪水を抜けて居間へ辿り着くと、メイシンが出演する歌番組が中継されていた。居間を抜けて進むと空間が歪み、観客席に見立てた椅子に囲まれた、無人のステージが現れる。天井ではマイクがぶらぶら揺れていた。突然大音量のノイズが鳴り響き、ステージの上に現れたメイシンが耳を塞いでしゃがみこむ。彼女は歌番組の美少女王者として注目を集めたが、両親の期待や勝ち抜きのプレッシャーが決壊し、ある日突然唄えなくなってしまったのだ。
旅行が中止になった台風の夜の厨房に戻ったフォンウが、甕に最後のティアラを投げ込む。メイシンの落書き通りワンピースとバレエシューズとティアラを投げ込んだのだから、あのレシピが正しければ大スターが誕生するはず。「将来何ができるか楽しみだ」と呟いて寝室へ行ったフォンウは、妻と撮った写真の自分が塗り潰されている事で、完全にリホウの気持ちが冷めてしまったのを知る。
1980年の扉を開けたフォンウは、メイシンの部屋にあった何も植わってない鉢に折り紙のチューリップをさす。するとチューリップは土に吸い込まれ本物の花が咲く。

1985年の通路に生えたチューリップ。

扉を開けて広間に戻ったフォンウが1985年の扉に繋がる通路を覗くと、壁には蔦が生い茂り、メイシンに読み聞かせた絵本の再現のようにチューリップが咲いていた。扉の向こうは自然と融合した幻想的な景色が広がり、フォンウが贈った絵本のプレゼントを嬉しがるメイシンの声が響く。『花と愛』は一日中ベッドで過ごす娘の慰めにフォンウが買い与えたものだった。挿絵を真似て黄色いチューリップを折ったメイシンは息がしやすくなったと喜ぶ。絵本の最後に挟まっていたのは一番上手に折れた彼女の作品だったが、それはフォンウが捨てた原稿用紙で出来ていた。
1980年の鉢植えに折り紙を植えると1985年の自宅に変化が起きたのは、1980年当時のメイシンがフォンウの没原稿でチューリップを折って遊んだエピソードに由来する。フォンウは脚本家の才の枯渇を嘆き、せっかく娘が折った花を、自分の原稿には子供のオモチャ程度の価値しかないのかと複雑な心境で眺めていたようだ。その5年後、彼は病床の娘の為にチューリップが出てくる絵本を買ってきた。
チューリップが咲き乱れたメイシンの部屋でフォンウは金属のレリーフを入手する。
広間に戻ったフォンウは1986年の掲示板でメイシンの新聞記事を見る。それによるとメイシンはオーディションの最中に唄えなくなったことが原因で失格を言い渡され、歌番組に二度と出られず、二世タレントの命運尽きたと世間に囁かれていた。

1986年の通路には酒甕が犇めいていた。

1986年の通路に入るとあちこちに甕が転がっている。扉を開けた先は酒蔵のように変化し、左右の棚にぎっしりと甕が並ぶ。先へ進むフォンウは日記を読み上げるメイシンの声を聞く。メイシンの病状は改善せず、家にいると頭痛に呼吸困難、身体の震えに加えて咳まで出始めた。メイシンが思い詰めるほど症状は重くなる悪循環で、夜眠ることさえできなくなっていた。フォンウはそんな娘をホー先生の所へ連れて行き祈祷を強制する。
メイシンが最も重篤だった時にホー先生の神通力で救われたと信じてやまないフォンウは彼女に依存しているが、リホウはあくまで懐疑的だった。しかしメイシンは父にならって、フォンウが信じているなら自分も信じると告げる。
酒蔵を抜けた先は水路と化し、黒と白の縞模様の蛇がのたうっていた。慈孤觀音の従属とされたアマガサヘビだ。水路を抜けた先の居間には赤い照明が落ち、テレビはメイシンが出た歌番組の一場面をループし続ける。テレビに映ったメイシンが固く強張った表情でマイクを握り締めると、司会者が勝敗の結果を発表する前に巻き戻る。毎週現れる挑戦者、二世タレントを持ち上げる番組関係者や視聴者の期待、常に結果を出し続けなければいけない重圧は確実にメイシンの精神を苛んでいった。
1980年の居間では折り紙の折り方を教える子供向け番組が放映されていた。当時5歳のメイシンはこれを見て折り方を学んだらしい。夫婦の寝室へ行くと突然音が軋みだし、戸口にリホウの怨霊が出現。凄まじい形相で襲撃を仕掛けてくるも、衝突寸前に消える。
フォンウはメイシンの写真を見直す。写真が撮られたのはフォンウの誕生日7月16日、クローゼットの南京錠は0716で開いた。クローゼットの中にはクレヨンやスケッチブックが散らばっていたが、先へ進むと赤ん坊の頃のメイシンに視点が切り替わり、選び取りの儀式が再現される。
這い這いで進んでいくとメイシンの声が響く。メイシンは人見知りな子供で、両親の知人や親戚が訪ねてくるたびクローゼットに隠れていた。クローゼットは彼女のお気に入りの秘密基地であり、唯一身を守れる安全な場所だった。大人は質問ばかりするから面倒くさい。引っ込み思案な彼女が大勢の前でステージに立ち唄うのは、正直な所非常な困難を伴った。
やがて赤ん坊のメイシンはスポットライトのあたるステージに辿り着く。暗闇に包まれ無人に思われた観客席に、ただ一人誰かが座っている。クローゼットの中なら好きに唄える、誰も聞いていないから自由に唄えるとメイシンは述懐し、コンテスト会場がクローゼットだったらいいのにと妄想する。直後に客席の人物が顔を上げ、「どうして唄わない」と叱責を飛ばす。
クローゼットの内的世界から帰還したフォンウは広間に戻り、残す1つの1987年の扉へ歩を向けるが、何故か扉はどんどん遠ざかっていく。近付いたと思えば出発点に引き戻されるくり返しで、一向に開けられない。背後の暗闇にはリホウの怨嗟が反響する。ジッポを掲げ振り返ったリホウは、照明の点滅に合わせ接近してくるリホウを目撃。その四肢はおかしな方向に捻じれ、関節の動きが明らかにおかしい。リホウが至近距離に迫り、憎悪の形相でフォンウを睨む。
リホウに襲われたフォンウの視界が暗転、出発点に戻される。もはや永遠に辿り着けないのかと絶望しかけたが、ふと横を見ると別の扉が生まれていた。金色に光る扉の先にはまた扉があり、フォンウは延々扉をくぐって逃げ回る。リホウの亡霊を巻いて逃げ続け、それを何周かすると行く手のエレベーターが開く。エレベーターに逃げ込んだフォンウは必死にボタンを連打するがなかなか閉まらない。突然エレベーターを縦揺れが襲い全てのボタンが点灯、開きっぱなしのドアの向こうからリホウが這ってくる。床を掻き毟って何かを訴えるリホウの顔が変化し、最後は悲痛な表情で夫に縋る。
同時に扉が閉まり、フォンウは間一髪危機を免れた。稼働を再開したエレベーター内にラジオの音声が流れる。そこでは司会者がリホウの芸能界復帰を祝い、動機を尋ねる。リホウは「色々と捨てがたかったから」と答え、フォンウが自分の決断に怒り心頭な事、あの人は自分のメンツが一番大事なのだと吐き捨てる。
リホウは良い家庭を築こうと懸命に努力したが、フォンウは妻の献身にさっぱり報いず、ホー先生に大金を包んでは変な観音象を拝み、家中を線香だらけにする始末。挙句メイシンがよくならないのはリホウが悪霊に憑かれてるからだと責任転嫁し懺悔を強要する。夫にバケモノ扱いされる耐え難い辛さを切々と吐露するリホウ。メイシンは昔からフォンウに懐いており、二人がホー先生宅に入り浸るのをリホウは止められなかった。ホー先生から二人を引き離す為リホウは家族を連れて家を出、静かな場所で生活を立て直そうとしたが、フォンウとホー先生の妨害によって叶わぬ夢と終わった。
エレベーターを出ると前方に扉がある。フォンウの耳に響くリホウの声は、家族の暮らしが単純で楽しかった頃を懐かしんでいた。

フォンウに愛想を尽かして家を出るリホウ。

硬質な靴音に振り返ったフォンウは、鞄を下げて日傘をさし、去っていくリホウの後ろ姿を目撃する。なにもかもに疲れきったリホウは家族の再生を断念し、夫と娘をおいて出て行ってしまった。
これまでの部屋で入手した金属のレリーフを最後の扉に嵌め込むと、ドアの内側から輝かしい光が溢れだす。漸く1987年の扉が開いたのだ。
居間には冒頭と同じ、平和な夕食風景が広がっていた。フォンウはメイシンが出演する番組の生放送を観ながら夕食をとっている。そんな夫の姿を見たリホウは煮炊きの手を止めメイシンの熱狂的なファンねとあきれ、再放送まで待てないせっかちさをからかい、円満な家庭のひとときが過ぎていく。
ふと横を向いたフォンウは、メイシンの部屋の前にたたずむ小柄な影に気付く。それは今まさに生放送の歌番組に出ているはずのメイシンだった。
何故メイシンがここにいるのか当惑するも、娘は部屋へ閉じこもってしまった。突然部屋が溶暗し、テレビはノイズに飲み込まれる。メイシンの部屋へ行ったフォンウは、もぬけの殻で愕然とする。子供部屋からはメイシンの私物が一掃され、からっぽのベッドと机が虚しく放置されていた。

母親が家を出ていったのがメイシンの病気が悪化する決定打となった。

唐突にメイシンの声が響き、母の帰りはまだかとフォンウに尋ねる。すると母を恋しがって泣くメイシンに視点が移行。
リホウに捨てられた事でさらに症状が悪化したメイシンは不眠に陥り、夜に震えが止まらなくなる。
さらに場面が飛び、学校で『私の家族』の作文を書くメイシンだが、母親の名前は消しゴムでかき消されている。父と二人きりの食卓では、メイシンの椀に大量の錠剤が盛られている。トラウマになった歌番組の光景、満員の観客席と貼り付けたような司会者の笑顔。混沌としたイメージが錯綜し、発狂寸前まで追い込まれたメイシンの手を闇から伸びてきたリホウの手が優しく包む。
再びフォンウに視点が交代する。再三検査しても病気の原因は不明と診断され、遂に医者も匙を投げた。以降は精神科を受診しろと勧められ、娘がキチガイなわけがないと診断書を破いて絶叫するフォンウ。
机上の電話が鳴る。受話器をとるとホー先生からだ。メイシンが医者に見放されたのを知ったホー先生は、慈孤觀音に教えを乞えば大丈夫とフォンウを安心させる。

フォンウがホー先生に指示された言問いの儀式。

フォンウは娘を治す一縷の希望を賭け、ホー先生に教えられた言問いの儀式に臨む。それは目隠しをし地獄巡りをするというもので、この試練を克服すればメイシンの病は必ず癒えると彼女は約束した。だがこの時既にホー先生は詐欺の重犯で訴えられ、警察に睨まれる立場だった。
フォンウは妄想と現実の区別がつかなくなっていた。地獄とはフォンウの内的世界の具現、彼の心が生み出した幻覚だった。荒涼とした地獄を巡るフォンウは自分の魂と対話をくり広げる。魂はまだ手遅れじゃない、メイシンを助けられると言い、浴室の扉の奥へフォンウを導こうとする。

浴室の扉を開けると不気味なお面の子供達がフォンウを取り囲む。

浴室の扉を開けると奇妙な仮面を被った子供達が揃い踏み、パパはすごい、パパは優しい、世界で一番パパが好きとフォンウが望んだ言葉を注ぐ。やがて子供達はフォンウを取り囲み、外へ連れて行って、早く出してと懇願する。
子供達を振り払ってただひたすらに歩き抜いたフォンウは、とうとう巨大な慈孤觀音のもとへ辿り着く。慈孤觀音の頂へ通じる階段をのぼりきると顔のないメイシンが待っており、フォンウに匙を渡す。フォンウは匙を掴み、壮絶な激痛に耐えて眼球を抉り抜く。さらに進むと2人目のメイシンが現れてやっとこを渡す。フォンウはやっとこで舌を引っこ抜く。

地獄めぐりのクライマックス、物書きの命といえる手を代償に捧げてメイシンの治癒を祈るフォンウ。

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