還願(Devotion)とは【ネタバレ解説・考察まとめ】

『還願(Devotion)』とは台湾の「Red Candle Games」が開発したホラーゲームでSteamから配信されていた。主人公の脚本家・フォンウが次元が歪んで時代が錯綜する台北の集合住宅を彷徨いながら元女優の妻・リホウや娘・メイシンを捜すうちに、過去の断片を集め家庭崩壊に至る経緯を徐徐に思い出していく。当時の社会情勢や精神病への偏見、新興宗教の問題などを盛り込み、消えた娘を追う過程で自らのエゴを突き付けられる主人公を通し、親子愛や家族愛とは何かを問う作品に仕上がっている。

『還願(Devotion)』の概要

『還願(Devotion)』とは台湾のゲーム会社「Red Candle Games」が『返校』に続く2作目として開発したPC(Steam)向けホラーゲームで、2019年2月19日から配信された。作中の壁に中国の政治家・習近平氏をくまのプーさんと揶揄する黄色い札が貼られていたのが中国で問題視され配信停止していたが、2020年6月8日から6月15日までの期間限定で台湾にて限定パッケージ版が発売。パッケージ版にはゲームを収録したUSBメモリや絵本、しおりやステッカーの特典が封入されており、オリジナルサウンドトラックが付属するオプションA(1,200台湾元)と付属しないオプションB(980台湾元)の2種が選べる。台湾以外での発売の有無は現段階では不明。
「Red Candle Games」の作品は当時の社会情勢や社会問題を盛り込んだシリアスな作風が特徴で、本作もまた悪徳新興宗教による詐欺被害が多発し、精神病への偏見が根強く家庭内における患者の隠蔽・軟禁に繋がった1980年代当時の世相をリアルに映した話となっている。
1987年、台北の集合住宅。主人公の脚本家・フォンウは、元女優の美しい妻・リホウ、歌手志望の娘・メイシンと共に幸せな家庭を築いていたが、夕食時に娘の姿が見えないので捜索に出たところ突如次元が歪んで過去へ飛ばされる。
過去と現在、虚構と現実がめまぐるしく錯綜し、時に死霊が襲いくる奇怪な亜空間と化した集合住宅や自宅を行き来する中でエピソードの断片を集め記憶を再構成していったフォンウは、娘の病気や妻との不和、自身が新興宗教に溺れた事で家庭崩壊に至った悲劇を徐徐に思い出す。
テーマとなっているのはある家庭の悲劇であり、家族の体験に焦点が当てられている。
不仲な両親の板挟みと将来を期待されるプレッシャーで心を病んでいく娘、娘の病気を治したい一心でいかがわしい新興宗教にはまる父、働かない父に愛想を尽かして家を出ていく母。業界の寵児から一転、時代遅れの作風となったフォンウの凋落がきっかけで幸せな家族がすれ違いやがて破滅に至る過程がプレイヤーが操作する主人公の視点で詳らかにされていき、次第に歪曲し混沌の様相を強めていく空間の狂気と比例してドラマの密度も濃くなっていく。
ゲームの特徴として挙げられるのは一人称視点。プレイヤーは基本フォンウを操作してアイテムを取得し、それを所定の場所で選択・使用する事によって話を進めていくが、展開上メイシンやフォンウが飼育する観賞魚のアロワナ、リホウなど、フレキシブルに視点が切り替わる。作中には暗号も登場し、探索と謎解きを融合した没入感ある構成となっている。また台湾の伝統楽器を用いたBGMや1980年代当時の番組や歌謡曲を流し、当時の一般家庭の家具や建築様式を再現する事によって、臨場感溢れるリアルな世界観作りに成功している。
フォンウがメイシンの折った折り紙のチューリップを入手すると通路に本物のチューリップが咲き乱れる、フォンウが忘れていた記憶を取り戻す事でピンボケしていた娘の写真がハッキリ見えるなど幻想美すら醸すエモーショナルな演出、及び天井や物陰から瞬間移動的に襲ってくる死霊の脅かし要素、光の色調を含めたグラフィックの美しさは特筆に値する。
エンディングは台湾の伝統楽器バンド「草東沒有派對」(台湾外では「No Party For Cao Dong」表記)による『還願』が流れたあと、鞏莉芳(CV:何夏)と杜美心 (CV:劉芷融)がデュエットする『碼頭姑娘 Lady of the pier』が流れる。これはリホウのヒットソングであると同時にメイシンが歌番組で勝ち抜いた思い出の曲であり、作中では実現しなかった母娘の合唱をエンディングで叶える粋な仕掛けだ。

『還願(Devotion)』のあらすじ・ストーリー

1987年冒頭、フォンウは集合住宅内の自宅で夕食をとっていた。

1987年の台北の集合住宅、和やかな夕食風景から物語は始まる。主人公は杜豐于(ドゥ・フォンウ)。テレビ番組の脚本家として何本も賞をとり、時代の寵児と言われた男。彼は元女優の美しい妻・鞏莉芳(ゴン・リホウ)と結婚し、杜美心(ドゥ・メイシン)という愛娘をもうけていた。
フォンウは居間で食事をしている。妻は厨房で料理をしているようで姿は見えず、上機嫌な声だけが聞こえる。妻はメイシンが学校でまた転んだことを報告し、フォンウに苦情を言いに行くなと釘をさす。どうやらフォンウは過保護なほど娘を溺愛しているみたいだ。同時に世話になってる先生への布施の話をし、彼女のおかげでメイシンはすっかり明るくなった、供物のおかげで功徳を得られたと妻は喜ぶ。
平和な食事風景から一変、メイシンの不在に気付いた妻が騒ぎだし視界が歪む。再び目を開いた時、フォンウは暗い居間に独りでいた。テレビには砂嵐が走り妻子の姿はない。家具の配置も様変わりしており、団欒のぬくもりが満ちた過去とはうってかわって荒廃の観を呈す。妻子を捜して自宅内を探索するフォンウ。浴室は何故か施錠されていて入れない。仕方なく外廊下に出ると、屋内にもかかわらず雨が降っており赤い傘をさした人影が待ち受けている。人影の襲撃を受けたフォンウは動揺するが、衝突寸前に敵は消滅する。

扉を開けた先は引っ越し当時の新居だった。

暫くいくと1980年と書かれた赤い扉があった。脇のポストを探って鍵を入手し扉を開けたフォンウは過去へ遡り、引っ越し当時のがらんとした部屋に戻る。居間には家族の肖像画が飾られておらず壁紙もまだ新しい。まだ荷解きもしてない段ボールの中を探ると、レッドカーペットを歩く若いリホウの写真が出てきた。リホウは美貌と歌唱力で称賛された女優だったが、フォンウとの結婚を機に引退し家庭に入ったのだ。
その時、唐突に停電が起きる。ブレーカーを上げようと配電盤に向かったフォンウは、装置に挟まっていたバレリーナの人形を入手する。どうやらこれが故障の原因らしい。再びフォンウが居間に戻ると床には赤い蝋燭が並べられ、何かの儀式を行なった跡があった。机上のジッポライターを手に取るとまた場面が切り替わる。
フォンウは仕事場を兼用する書斎の机にいた。ジッポに添えられたメッセージカードは妻からで、これは父の日のプレゼントらしい。文面には何があってもあなたを応援し続けると、夫を愛し支える模範的な良妻の心情が綴られていた。
再び家を出て廊下を進むと、壁に「何故目を開こうとしないのか」とでかでか落書きされている。その前を素通りし、1986年と書かれた赤い扉を開ける。

居間のリビングにはフォンウとリホウになり代わるように、彼らを模した紙人形があった。

自宅の居間に踏み込んだフォンウは、長椅子で寄り添う紙人形の男女に当惑する。机上には娘の連絡帳の切れ端があり、自室のベッドでままごとをするのが好きだと担任に報告していた。
部屋中におかれた紙人形はフォンウとリホウを模しており、夫妻の生活動線をなぞるように配置されている。この人形は紙と竹で作られた物で、葬儀の時に燃やし、死者と共に黄泉に送って最後の旅路を慰めるのが台湾の風習だった。何故自分たちに似た紙人形があるのかわからないまま、居間で娘そっくりのアンティークドールを拾ったフォンウはメイシンの部屋に行き、ベッドの上に広げられていた子供用ままごとセットの椅子に座らせる。娘の部屋には立派なピアノがあり、メイシンが音楽への感受性が強い事、両親が彼女の将来を嘱望している事が窺えた。

赤ん坊が何を選ぶかでその将来や天職を占う台湾伝統の風習、「選び取り」。

メイシンの机には古い新聞の切れ端があり、台湾の伝統的な風習「選び取り」の詳細が書かれていた。これは乳幼児の夭折率が高かった時代に、赤ん坊が満1歳を迎えた祝いとしてその前に様々な物を並べ、どれを取るかで将来や天職を占する儀式でありメイシンは歌唱や芸能の適性を示したらしい。
ふと振り返ると娘の部屋の入口に夫妻の紙人形が殺到している。ベッドの上でままごとに興じる人形をまるで見張るかのように詰めかけた両親の姿に、フォンウは何かを思い出しかける。

メイシンの誕生会の光景。大きい人形は母親のリホウ、小さい人形はメイシンを模している。

その時、唐突にピアノからハッピーバースデーの曲が流れ始める。居間には風船や蝋燭が飾り付けられ、メイシンの誕生会の準備がされていた。壁に犇めくのは額縁に入った無数の娘の写真だ。フォンウが誕生日ケーキの中心にバレリーナの人形を飾ると赤い蝋燭が燃え盛り、当時の光景が甦る。そこではメイシンは蝋燭を吹き消し、ママみたいなスターになりたいと無邪気に夢を語っていた。彼女は元女優で歌姫として知られた母親に憧れていたのだ。しかしフォンウが見守る前で、並んで飾られていたリホウを模した大きな人形の首が溶け落ちていく。

メイシンの部屋は病室へと様変わりし、ベッドには注射器を全身に刺されたアンティークドールが寝かされていた。

次の扉は1985年と書いてあった。扉を開けた先の居間にはリュックが置かれ、遠足に出発する準備が整えられていた。メイシンの部屋には「手を洗わないと入れません」の注意書きがある。扉の奥からはメイシンの泣き声が響く。浴室へ行ったフォンウは言われた通り手を洗うが、やがてその手は真っ赤な血に染まる。幻覚から覚めたフォンウは両手を確かめ、血が付着していない事に安堵する。メイシンの部屋に入ると、例の娘そっくりのアンティークドールがベッドに仰向けになっていたが、その姿は無数の注射器が突き刺さった痛々しいものだった。フォンウが全ての注射器を引き抜くと嗚咽は落ち着き、人形も目を閉じて眠りに落ちる。部屋の中には点滴があり、当時のメイシンがなんらかの病気を患っていた事を示す。居間に戻ったフォンウは机の上のプロジェクターに、レントゲン写真の断片がのっているのを見て、パズルのように正しく組み合わせていく。しかしピースが足りず全体像を描けない。レントゲン写真が完成すれば娘の病気の原因がわかるかもしれない。

フォンウが執筆した脚本の一部には、謎の病にかかった娘を案じる現実とリンクする内容が綴られていた。

そばには「治らない病」と題されたフォンウの脚本があり、脚本内では不治の病で臥せった娘が父親に完治の時期を尋ね、それを不憫がった母親が泣いていた。
空間が歪み、気付けば自宅は病院の内部へと変貌を遂げていた。担当医のデスクでメイシンのカルテを発見したフォンウは、メイシンが症状として胸の痛みと呼吸できない苦しみを訴えている事を知る。
病院の廊下に設置された電話が鳴り響く。受話器を取るとホー先生という女性の声が聞こえ、病院で検査しても原因不明のメイシンの症状に理解と同情を示し、2階へ来いとフォンウを導く。
言われた通り2階へ向かうフォンウ。集合住宅の廊下は廃墟さながらに寂れ、子供ほどの背丈の赤く光る影が椅子の前に蹲ってラジオを聴いたり、顔を覆って泣いていたりとただならぬ異界の光景を呈していた。

テレビの歌番組にはメイシンが出演していた。

ホー先生宅らしき2階の扉を開けると、何故かフォンウは自宅へ帰っていた。点けっぱなしのテレビにはオーディション番組で脚光を浴びるメイシンの姿があるが、唄おうとしたまさにその瞬間にノイズに飲み込まれかき消されてしまった。カレンダーは1987年10月、1日から順番に消され7日に丸が付けてある。振り返ったフォンウは背後の家族写真に浮かび上がる不気味な観音像を目撃。娘の写真に被さる観音像の幻覚に気を奪われていると垂直に壁が切り立った浴室に閉じ込められ、どす黒く濁った血のような水が溜まってくる。水位の急上昇した黒い水に溺れたフォンウは、天井に張り付く黒髪に青褪めた肌の女に糾弾される。
「メイシンはどこ?」
黒い水に巻かれたフォンウが次に目覚めたのは、広い空間の中央におかれた浴槽の中だった。四隅にはそれぞれ赤い扉がある。半死半生浴槽から這い出たフォンウは、前方の通路へ駆け抜けていくメイシンの後ろ姿を見る。点灯したジッポを光源にメイシンを追いかけると眼前で赤い扉が閉じ、その上から「過去の記憶を拾い戻せば今日の円満を迎えられる」という貼り紙や呪符で封印される。横のポストには大量の新聞や広告が刺さり、扉は内側から揺すられていた。
ここで何かあった気がするが、詳細が思い出せずに苦悩するフォンウ。一旦広間に戻り掲示板を調べ始める。1986年と表示された掲示板の貼り紙は全部剥がされていた。
掲示板が誘導する先へ進み赤い扉を開けると、1986年の7月27日に飛ばされる。玄関を入ってすぐの所には慈孤觀音という観音像の神壇があり、灯を絶やさぬ蝋燭と供物が捧げられていた。これはフォンウ達一家の上階に住むホー先生が拝む、新興宗教団体の偶像らしい。一向によくならない娘の症状を悲観したフォンウは、慈孤觀音を日々拝み寄進すればメイシンが快癒し、歌番組のステージにまた立てるようになるというホー先生の甘言を真に受け、リホウが止めるのも聞かず独断で入信してしまったのだ。
居間には大量の豆電球が装飾されテレビが点いていた。机に開かれたアルバムにはピアノを弾くメイシンの写真が貼られているが、ぼやけていてよく見えない。テレビにはメイシンが出ており、母親の現役時代の代表曲をミスを犯すことなく完璧に唄い切り、審査員に絶賛されていた。居間の先の廊下の壁はメイシンによるものであろうクレヨンの落書きで埋め尽くされている。
メイシンの部屋に行ったフォンウは、彼女の勉強机で将来の夢を書いた作文を読む。
メイシンの作文にはリホウのような大スターを目指してテレビに出たがっていることが綴られ、父親であるフォンウはメイシンが頑張れば夢は叶うと応援していた。両親の期待を一身に背負ったメイシンは毎週歌のレッスンを受け、コンテストにも積極的に参加し、多忙で遊んでくれない両親を恨む事なく大人になったら逆に二人を遊びに連れていってあげたいと抱負を語る。

自室に閉じこもって両親の喧嘩が終わるまでひたすら耐えるメイシン。

そこでメイシンの視点へ切り替わる。ビー玉をかち合わせて遊ぶメイシンは、壁越しに夫婦喧嘩を聞く。リホウは芸能界への復帰を検討していた。それというのもフォンウが仕事に行き詰まり業界を干され、今のままでは光熱費やガス代も払えなくなりそうなのだ。知人の監督に頼ってキャストを追加してもらったリホウは女優業の再開をフォンウに相談するのだが、大作家の体面とプライドに拘泥するフォンウは自分の甲斐性のなさ故に妻を働きに出す現実を断じて認めたがらず、彼女の芸能界復帰を許さない。
芸能界に戻って家事を疎かにするのか、娘の世話はどうするとなじるフォンウをリホウは懸命に説得するが、男の事情に口を出すなの一点張りの強硬な態度に嫌気がさし、一日中家にこもりきりで職探しもせず、売れない脚本を量産するフォンウを非難する。リホウはフォンウの時代遅れの脚本をこきおろし、いい加減現実を見ろと諭すがフォンウは逆上するばかりで会話が成立しない。

フォンウが購入した観賞魚のアロワナは、台湾では金運を招く縁起のいい魚とされていた。フォンウは迷信を担ぐ人間だった。

フォンウは妻の浪費が生活苦の原因と皮肉り、リホウはフォンウが見栄を張ってレコードプレイヤーや高価な腕時計、観賞魚のアロワナを購入したと責め立てる。しかも彼は慈孤觀音に多額の寄付をしていたのだ。
険悪になる一方の夫婦喧嘩を聞いていたメイシンは過呼吸の発作を起こし机に突っ伏す。両親の不仲は幼い娘の心身に過度のストレスを与えていた。医者はメイシンに心療内科の受診を勧めていたが、当時の台湾では精神病の認知度が高くなく、世間の白眼視を恐れて身内が患者を隠す傾向にあった。故に人一倍体面にこだわるフォンウは娘が心を病んだ可能性を頑として認めず、メイシンを自宅療養させることにしたのだ。
夫婦喧嘩はまだ続き、リホウは自分の実家から援助してもらってるのにその態度はなんだと夫をやりこめ、激怒したフォンウによって宝物のチャイナドレスを引き裂かれる。それは彼女が現役時代から愛用していた舞台衣装だった。
居間のテレビからは相変わらず歌番組の中継が流れ、メイシンが4週連続で勝ち抜いたと告げられていた。夫婦の寝室へ進むと、壁にはリホウの芸能界への未練を暗示するかの如く彼女の華やかなりし時代の写真がたくさん飾られている。
探索を終えて廊下に出たフォンウはチャイナドレスを纏った女性と遭遇するが、彼女はすぐ消えてしまった。
次の扉を開けると居間の机に一枚のチラシがおいてある。それは一家がでかけるはずだった、阿里山旅行のパンフレットだった。トランクやリュックには既に着替えが詰めこまれているが部屋は暗く人けがない。外では豪雨と暴風が唸る。メイシンが楽しみにしていた家族旅行は台風の直撃で中止になってしまったのだ。

フォンウの家の厨房には、メイシンの誕生祝いの酒を醸した甕が吊られている。

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