蒼の彼方のフォーリズム(あおかな)とは【ネタバレ解説・考察まとめ】

『蒼の彼方のフォーリズム』とは、2014年11月にspriteによって発売された美少女ゲーム、およびそれを原作としたアニメ・漫画などのメディアミックス作品。長崎県五島列島をモデルとした自然溢れる島々を背景に、大空を舞台としたフライングサーカス(FC)と呼ばれる架空のスポーツに熱中する少年、少女達の恋愛模様を描いていく。かつてFCの有望選手でありながら挫折した日向昌也(主人公)が、ヒロインがFCの練習や試合を頑張る姿をコーチとして見ることで自らも成長し立ち直っていく物語である。

梨佳(中央)は外出の目的だった肉料理を味わいながら肉料理の味や店の情報などについて熱く語り、聞いていた昌也や佐藤院(右)は若干呆れる。

FC競技者に義務付けられている海での安全講習を済ませ、大会前に久菜浜FC部のメンバー同士で練習試合を行う。各人の長所、課題も把握し、大会でどこまでの勝利を目指すか等の目標を定めたところでいよいよ夏の大会を迎える。

第6話:決戦、そして

大会が始まり、久菜浜FC部の面々は様々な選手とすれ違う。紫宛と乾沙希の第一試合が始まる。乾の選手としての前情報は無かったがいざ試合が始まると、どちらがより速く飛んでブイにタッチできるかというスピーダー同士の試合展開となる。スピードに優れる紫苑がさらに速く飛ぶ乾を追い続ける形となり、結果として乾の圧勝で試合が終わる。真白も佐藤院と戦い善戦するが敗北する。みさきと梨佳の試合ではみさきが余裕を持って梨佳を下す。その裏で明日香も初戦を突破し、大会は一日目を終える。
二日目の大会はみさきと真藤の試合から始まる。序盤は真藤の戦略に苦戦するが後半は善戦し、敗北したみさきは全国優勝者である真藤に対してレベルの高い試合が出来たと昌也に自信を見せる。

みさき(左)は自分の得意分野であるドッグファイトに持ち込み、真藤(右)から連続得点を奪う。しかしそれまでの真藤との得点差を埋めることができず敗北する。みさきは、敗北はしたが自分が負けたのは真藤という全国優勝者が相手だったからであり、真藤相手に善戦することができたと試合後落ち着いた様子を見せる。

その裏では明日香が二回戦も突破し、いよいよ明日香と真藤の試合を迎える。真藤は試合序盤からFCの高等技を披露する。真藤が技を出すこと自体、今大会中では初めてであり、その前に戦ったみさきは自分が手を抜かれていたことに気づき、そして何故明日香との試合では技を出したのかと困惑する。真藤に対して明日香は負けじと連続得点を奪う。そのプレイを見たみさきは、「明日香が勝利するのでは」と戸惑いを覚える。結果として明日香は真藤に敗北し、それによってみさきは落ち着きを取り戻す。
その後、昌也は乾のセコンドであるイリーナ・アヴァロンから、「先程までの試合はFCでは無い。この先の真藤対乾沙希の試合で本当のFCが見られる」と言われる。
いよいよ真藤と乾の試合が始まる。乾は真藤の上空ポジションを掌握し続け、真藤の得点の機会そのものを潰して勝利する。乾の今までのFCには無い戦術に昌也や葵は戦慄してしまう。その横で明日香は真藤ほどの強者を下す戦術があるというFCの可能性そのものを感じて、純粋に楽しんでいた。みさきは自分を下した真藤があっさりと負けた姿、そして同じように真藤に負けながらも勝敗には拘らずFCを純粋に楽しんでいる明日香の姿にショックを受けていた。全国優勝者である真藤が、無名の乾に敗れるという事態に、試合会場にいるほとんどの人間が困惑しながら夏の大会は終わった。

倉科 明日香ルート

第7話:空を飛ぶ夢

夏の大会の後、昌也は明日香から乾に勝つために鍛えて欲しいと頼まれる。昌也も了承し、練習は厳しくなるがそれでも絶対に明日香の武器でもある「楽しむ」ことは捨てるなと昌也は言った。

久菜浜FC部のミーティングで明日香が打倒乾という目標を掲げるが、世界大会へ進むため日本から離れる乾と戦うには来年では間に合わず、今年の秋の大会しかチャンスは残されていなかった。時間も限られている中、久菜浜FC部は全員で明日香を鍛えていくことにする。
部員の協力もあり明日香は日々驚くべき早さで成長していく。ある日イリーナ、乾の二人が突如訪れ、明日香に練習試合を申し込む。明日香は乗り気で試合に応じるが、真藤との試合で見せた乾の戦術「バードケージ」を相手に一点も取れずにただ消耗させられるだけの展開で試合は終わってしまう。
乾も得点は一点のみだったが、実際には乾の戦術に対して明日香が何もできずに終わったという内容だった。点差のみを見て接戦だったとイリーナが嘲笑うかのように試合の感想を言う。その言葉に普段は熱くならないみさきが怒り、昌也も普段とは違い挑戦的に次は勝つとイリーナに宣言する。
イリーナ、乾が去っていった後で明日香は落ち込んでいるかと思われたが、逆に闘志を漲らせていた。その様子に昌也は圧倒され、他の久菜浜FC部メンバーは自分たちの練習も完全に捨てて明日香への協力を約束し、久菜浜FC部は改めて打倒乾に向けて練習を進めていく。

乾との試合結果から、昌也は明日香対久菜浜FC部3人同時のドッグファイトを提案する。さらに葵の計らいで真藤も練習に協力することとなった。真藤は乾との試合に敗北しながらも、逆に乾のバードケージを自分のスタイルに取り入れており、三人相手のドッグファイトや仮想乾を相手とした練習を重ね、さらに明日香は実力を上げていく。
しかしその裏で明日香の体には本人も気付かなかった疲労が溜まっており、葵やFC部のメンバーは明日香の様子がおかしいことを昌也に伝えていた。しかし昌也も勝利のために必死になる余り明日香の内面に注意を払えず、ついに明日香は練習中に倒れ休むこととなる。
責任を感じる昌也に葵が言う。「コーチが選手の内面に必要以上に踏み込まないのは、かつての自分と昌也の関係と同じであり、一般的なコーチとしては正しい。しかしイリーナと乾の関係はそれ以上のものであり、勝つため今以上に追い込む練習をするなら今の二人の関係ではいけない」と。最後に葵は昌也と明日香に向けてFCを楽しむのを忘れるなと言った。昌也はその言葉を聞いて、明日香の家にお見舞いに向かう。

お見舞いに来た昌也は、明日香の様子を見て異性であることを強く実感する。

お見舞いに来た昌也は明日香とFC以外の様々なこと話しながら、明日香が幼少のときに会った少女との約束を聞く。幼少の時の明日香は自分に自信が無く、同年代の子供とは面と向かって話すのにも怯えるような内向的な性格だった。しかし幼少時に出会った少女と遊び打ち解ける中で「ずっと前向きで頑張り続けていること」という約束をする。それ以来、明日香は物事が上手くいかなくても前向きで努力し続けることで結果的には物事が上手く進むようになる。性格も周囲の印象が変わるほどに明るくなっていった。
少女との約束を守るために幼少から現在まで頑張り続けてきたという、明日香の気持ちを聞いた昌也はFCにおいてある種のバケモノだと思っていた明日香の印象を見直し、普通の女の子として思い直す。

その後、明日香が復帰し、昌也の提案で久菜浜FC部や高藤FC部のメンバーも含めて練習を休み遊ぶことになる。昌也と明日香の間には恋人のような雰囲気があり、周囲のメンバーもその様子を見守る中、二人は楽しい時間を過ごす。
最後に昌也は自分の過去について明日香に話す。昌也はかつてFC選手であった葵と、葵が飛んでいた空に憧れてFCを始めた。つらい時にどう解決すれば良いかも葵から言われていたが、その言葉を信じ切れずに昌也は挫折してしまった。明日香には同じ道を辿って欲しくないと昌也は言い、明日香も決意を改めてFCを続けていくと言った。

明日香が完全に復帰し練習を続ける中、昌也と明日香は乾の全国大会での優勝結果、さらに乾が海外の有名選手を相手に圧倒する練習風景を直に見ることになる。周囲は二人の士気が落ちないか心配していたが、昌也と明日香はむしろ武者震いをするほど気合に満ちていた。
練習が続き、明日香が真藤を相手に善戦するほどに実力を付けてきたころ、久菜浜学園にイリーナが訪れる。イリーナはかつて久菜浜学園を訪れた時から、昌也を選手としてスカウトすることが目的だったと言い、コーチに甘んじている今の昌也を逃げていると断じる。イリーナの言葉を否定できずに昌也はその場に崩れ落ちるが、そこに明日香が現れコーチとしての昌也を肯定する。勇気づけられた昌也は立ち上がり、二人で必ず乾に勝つと言いその場を離れる。イリーナからは選手として復活しないのかと問われるが、昌也は明日香と二人で立ち直るとイリーナに宣言し去っていった。

イリーナと別れた後、二人は部室に向かう。そこで昌也は明日香に、過去の経験全てを話す。
かつて昌也はFCに憧れて始め、実際に世界大会に進出する直前まで行くほどの輝かしい実績を残した。しかしその裏では楽しく飛びたい気持ちと、周囲のプレッシャーとの摩擦に苦しんでいた。そして世界大会前に見知らぬ少年と気まぐれでFCの野良試合をして、その時の敗北から挫折してしまう。それらの過去を苦しそうに言う昌也だったが、明日香はその全てを肯定しながら、選手として挫折しながらもコーチを続ける今の昌也を誇りに思い、その上で昌也の飛ぶ姿を見たいと言った。
明日香の願いを聞き、久しぶりに試合用のグラシュを履き空に上った昌也は、明日香と試合形式の練習をする。昌也は数年のブランクを感じさせずに、実力を付けた明日香も驚くような飛行を見せる。昌也が飛んでくれたことに明日香が、明日香が空という場所に戻してくれたことに昌也が、お互いに礼を言い合う。次の瞬間、明日香は心から溢れ出す気持ちを止めきれない様子で昌也に「大好き」と告白する。昌也もそれに応える形で告白し、二人は恋人同士となる。

昌也と一緒に空を飛んだ明日香は、溢れる気持ちを抑えきれないように昌也に告白する。

その夜、昌也は葵を呼び出し、明日香と飛んだことを告げる。子供の頃に昌也は「FCはもうしない」と言ったが葵はその時、「ずっと待っている」と言った。その言葉通りに待ち続けた葵は、昌也に「おかえり、昌也」と言い、昌也も「ただいま」と言い、二人は笑顔を交わした。

最終話:空の彼方へ

昌也と明日香が付き合うことになった次の日、一緒に登校した2人が教室でぎこちなく過ごす様子から周囲は恋仲となった事を察し、久菜浜FC部には周知の関係となる。
明日香は練習を重ね実力を付けながらも、昌也と恋人としての甘い時間も過ごしていく。

大会まで残り一週間に近づき、明日香は練習の仕上げに入り始める。それを見守りながら昌也は、みさき、真白、梨佳の三人からあり得たかも知れない未来を聞いていた。
みさきは乾という強敵がいなければ、明日香の才能に嫉妬するのみで明日香とぶつかっていたかもしれないと。もしその状況になったら、あるいは昌也はみさきの味方をしていたかもしれないと想像する。
真白は明日香の実力を羨むが、明日香は努力を続けて今の実力があると昌也から言われる。もし大会直後に真白が勝ちたいと意思を見せていたら、真白のコーチをしていたかもしれないと真白、昌也は互いに想像する。
夜の練習では梨佳から、もし昌也がもっと早くFCに高校前に復帰していたら久菜浜ではなく高藤に入学し、今の高藤FC部のメンバーや自分と、現在とは違った関係を築けていたかもしれないと言われる。
三人の想像は昌也の気持ちや、周囲の環境が違っていれば実際にあり得たかもしれない未来、あるいは現在だったかもしれないと昌也は想像する。しかし今の明日香との関係を大事にするため、明日香のコーチとして活動に専念する。

大会まで3日となり、最後の2日は休養に当てるため最後の練習日を迎える。昌也は練習の仕上げとして明日香と葵の試合を行うこととする。昌也以外では真藤が現役時代の葵を知っており、その実力は全国優勝者の真藤が手放しで褒めるほどだった。葵は圧倒的なスタートを切り一点を先取する。明日香も負けじと練習で仕上げた多角形連撃を武器に一点を返すが、葵もあっさりと点を取り返してしまう。
昌也の指示で点を取り同点になる中、昌也は明日香の試合展開にどこか懐かしさを感じていた。その理由を考えると、試合展開が昌也が現役の時に葵から指導を受けていた時と同じ流れのためだった。
葵は試合の始めから真剣勝負をしながらも、葵自身が伝えられる選手としての経験、駆け引きなどを明日香や、明日香を支える昌也にも試合の中で伝えようとしていた。
そのことに気付いた昌也を、葵が「気づくのが遅い」と叱る。試合時間も終わりに近づき、葵は同点の状態でついにアンジェリック・ヘイローを繰り出す。
それは葵がかつて世界の大会で繰り出した、相手を引退に追い込んだ固有技だった。周囲を葵の姿が視認できないほどの速度で旋回され明日香は戸惑う。しかし相手を引退に追い込んだことから、この技に葵自身が苦悩を抱いていたことを昌也は思い出しており、その心の隙を突くように明日香に指示を出す。
昌也の指示を迷いなく信じた明日香はアンジェリック・ヘイローの光帯に突っ込み、その瞬間明日香がポイントを取り、明日香の勝利となった。試合をしてくれた葵に昌也がお礼を言うが、葵も苦悩を覚えていた技を初めて破ってくれたと昌也にお礼を言う。

次の日は作戦を立てて休み、ついに大会の前日を迎える。昌也と明日香はデートを行うことになり、最後に久菜浜学院の敷地内にある教会で優勝を祈ることにする。その様子を葵が職員室から楽しそうに見守っていると、そこにイリーナが訪ねて来る。
大会で元弟子である昌也と戦うことになるイリーナに対し、葵は素っ気無い態度を取る。しかしイリーナは、乾が葵のアンジェリック・ヘイローに匹敵する、あるいはそれ以上の何かを持っていると匂わせる。それを聞いた葵は乾の練習を見に行くことにする。その時、昌也と明日香は恋人としての時間を過ごし、デートの間はあえてグラシュで飛ばなかったことで逆に大会に向けて飛行のモチベーションを高めていた。デートを終えた夜、明日香は大会に備えて幸せに眠ることができていたが、昌也は急遽葵から呼び出される。葵はイリーナに連れられて乾の練習風景を見てきた帰りだった。そこで見た乾の動きは葵の想像を遥かに超えたもので、今のままでは明日香は敗北すると昌也に告げる。
葵が去った後で乾は飛びながら、イリーナと話していた。二人は幼いころからの友であり、乾がイリーナに飛びたいと言ったことから二人はこれまで「完全なFC」を探し続けてきた。完全なFCを実現できる選手として育った乾をイリーナは誇りに思い、乾はイリーナのために勝つと静かに言う。それを聞きながらイリーナは昌也の言う楽しんで飛ぶことが馬鹿げていると断じていた。

ついに大会が始まり昌也は葵から聞いた乾の動きについて警戒していたが、それぞれの試合に集中していくことにする。明日香も心身ともに充実しており、大会は進んでいく。久菜浜の練習に協力した高藤の選手は次々と敗北していき、唯一勝ち進んでいた佐藤院も敗北してしまう。負けた高藤の選手の悲しい様子を見て、明日香は大会には明確に勝ち負けが存在することを実感し、大会の中で自分は楽しく飛べるのかと悩む。昌也はあえて「勝つことを意識できないなら棄権しても良い」と厳しい言葉を明日香に掛ける。
しかし続けて昌也は、練習に協力してくれた皆や、敗北した人達のためにも楽しく飛び続けて欲しいと言い、それを聞いた明日香は落ち着きを取り戻す。
高藤の選手に続いて明日香以外の久菜浜FC部は敗北してしまうが、昌也の言葉を聞いた明日香は逆に仲間の敗北をバネにするように決勝まで圧倒的な勝利を重ねていく。
明日香が勝利する裏で当然のように乾は決勝まで進んでおり、全試合でバードケージを展開し相手に絶望を植え付ける戦い方をしていた。その様子に昌也は乾、イリーナが今までのFCを否定していると感じ、FCを壊させてたまるかと決意する。また明日香も乾に飛ぶ楽しさを伝えたいと考えていた。
決勝前にイリーナと話すことになった昌也は、夏の大会でイリーナから問われた「FCに「サーカス」は要るのか」「観客を楽しませるような派手な技は要るのか」という質問に答えを返した。
空を楽しく選手自身が飛び、そして観客も楽しませ魅了するのがFCだと。かつて昌也が選手だった時に葵からの教えでその言葉を聞いていたが、昌也はその言葉を信じ切れずに楽しむことを忘れ挫折してしまった。しかし明日香と共に立ち直った昌也はイリーナに自信を持ってその言葉を言う。その答えを聞いたイリーナは残念そうな表情を浮かべてその場を去る。
一方、明日香も乾と話していた。明日香は空の飛び方、楽しさを教えてくれた昌也のために戦うと、乾もイリーナのために戦うと言った。離れようとした乾に明日香は試合が終わったら友達になって欲しいと言う。乾は困惑していたが最終的には折れる形で試合後に話すだけなら良いと明日香に答え、明日香は笑顔を浮かべて久菜浜の陣地に戻っていった。
今まで練習に関わってきたメンバー全員に見守られ遂に決勝が始まる。

明日香は試合当初から葵との試合経験を活かし、今大会で初めて乾相手に得点を奪いさらに得点し2対0となる。乾が逆に攻めてきて1点を奪われるが、久菜浜メンバーとの練習経験を活かしさらに得点を奪い3対1の点差で試合の残り時間がわずかとなる。
周囲は勝利への期待をするが、葵は乾の練習風景を見学した時の動きを警戒していた。そしてイリーナは明日香の強さを認めながらも、しかし薄笑いを浮かべながら乾に指示を出す。

明日香(桃色の軌道)は乾(緑色の軌道)から必死に逃げようとするが、乾は明日香の逃げる先々に超スピードで現れ翻弄する。

イリーナの指示を聞いた乾は自分のグラシュ、アヴァロン社製の「アグラヴェイン」に「フェーズセカンド」と言った。同時に乾のグラシュから発生している羽が巨大化し、次の瞬間、それまでの乾とは比べ物にならないスピード、飛行軌道で明日香に迫る。明日香は逃げようとするが、どんな動きをしても乾は明日香の行く手に直ぐに現れる。乾はあっさりと二点を取り、明日香と同点に並ぶ。しかし、イリーナの指示でその後は乾は得点を取らずに明日香を追い詰め翻弄しづづけるばかりで試合は同点のまま延長戦を迎える。
呆然とする昌也にイリーナは「延長戦で無様に負け、今までのFCが壊されるのを見ていろ」と言った。

延長戦前の休憩時間となり葵はイリーナから聞いていた、アグラヴェインの第二形態について話す。グラシュのパラメータ調整と長期間の訓練を重ねた乾によって先ほどのあり得ない動きを可能にしており、今の明日香では到底及ばないと。
周囲は呆然とするが、昌也はあきらめる姿勢を見せなかった。昌也に対して葵は、乾に対抗する手段は今まで久菜浜FC部が積み重ねてきた活動の中にあると言う。
葵の言葉を受けて、全員で過去の練習を高藤のメンバーや久菜浜FC部の全員で振り返る。特に有効な策が出ない中、ふと真白が練習中の失敗談としてグラシュのバランサーを入れ忘れ飛べなくなったことを話した。バランサーは飛行姿勢を安定させるための装置であり、グラシュの調整をする際に一度カットする必要がある。選手が装着する際に入れておかないと飛行姿勢が安定せず、バランサーは入れておくのが今までの常識とされていた。そのバランサーの持つ『飛行姿勢を安定させるために入れる』という特性に、昌也はある考えに至る。
昌也が駆け寄った時、明日香は自らの情けなさよりも試合の中で楽しく笑えなかったこと、友達になりたいと言った乾に試合で付いていけず独りぼっちにしてしまったと嘆いていた。
延長戦開始が迫る中、昌也は明日香に言う。乾に楽しさを教えて欲しい、そして明日香自身に誰よりも空の彼方を飛んで欲しいと。明日香を勇気づけながら昌也は明日香のグラシュの設定を調整し始めた。

延長戦開始となり、明日香と乾はスタート位置に付く。乾は明日香とは友達になれないと拒絶するが、明日香は覚悟を決めた表情で自分も乾の居る場所に向かうと言った。
スタートのホーンが鳴った直後、飛び出した明日香は乱れた軌道を描いて海に落下し水しぶきが上がる。しかし水しぶきが晴れた直後、海上で構える明日香のグラシュから延びる羽が巨大化しているのを乾は見た。

バランサーカットを行った明日香のグラシュから伸びる羽が巨大化する様子。

海上から飛び出した明日香は先ほどまでとは比較にならないスピードで乾を追い抜く。「何をした」とイリーナは昌也に問うが昌也は「何もしていない」と答える。それはつまりバランサーを切ったままにすることを意味していた。バランサーを切る事によって制御は難しくなるが、アグラヴェインの第二形態の性能に追いつくことが可能となったのであった。
バランサーカットの状態を必死に制御しながらも、明日香は楽しそうに飛び続ける。明日香は一緒に飛ぼうと、まるで遊びに誘うように言う。乾もついに堪えきれないように楽しそうな表情で応え、二人はじゃれ合うように、しかし共にハイレベルな飛行を見せて点を取り合う。
試合が後半に差し掛かり、明日香は上空で球状に飛び始めた。試合用のグラシュで飛行すると選手が飛んだ軌道の後にはコントレイルと呼ばれる光の筋が形成される。明日香の動きに倣い、明日香のグラシュから出るコントレイルは徐々に空中へ球体を描き始めた。明日香に誘われるように乾もそれに続き、共に飛び続ける二人のコントレイルはやがて光の球を空に形成する。
それはアンジェリックヘイローに似ていたが、葵はそれを否定する。「相手を屈服させる技ではなく、常識を超えた二人が繰り出したFCの新しい可能性そのものだ」と。
結果的にイリーナが言ったように今までの楽しみながら既存の技術で競い合うというFCの常識は、選手がバランサーカットという新たな選択肢を得ることで壊されることになった。しかし楽しそうに飛んでいる明日香と乾の姿を見て、葵も昌也も悲しさや口惜しさは感じていなかった。イリーナは空の上で二人がただ競い合う姿を悔しそうに「無様」と言うが、その直後に楽しそうな笑みを浮かべていた。

明日香の飛んだ後の軌跡(コントレイル)と乾のコントレイルが重なり、空中に球体が描かれる様子。

試合時間も残り一分となった状況で明日香が乾に向かって名残り惜しそうに話しかける。乾も明日香の名前を呼び、互いに大切な人のために、ただ勝ちたい、その思いを全力でぶつけたいと宣言する。
セコンドの二人も緊張を高め合う中、ついに選手二人はぶつかり合う。自ら仕掛けた乾を明日香が躱すが、さらに乾が追撃する。そこからさらに明日香は昌也が練習試合で見せた動きで乾からポイントを取る。
その瞬間、明日香の勝利が決まり周囲が喜びで騒ぎ始める。試合に触発されたように高藤のメンバーは母校の練習場に向かい、また葵も選手として復帰することを白瀬に宣言する。
勝利を噛みしめる昌也、明日香の前に、イリーナと乾が現れる。イリーナは「本当のFC」を探し続けるが、昌也の言う「楽しいFC」を少し理解できたと言い、笑顔を浮かべる。去ろうとする乾を明日香が呼び止め、「今度会ったときは友達として遊ぼう」と言い乾もそれに応えて、乾とイリーナは去っていった。
後日、グラシュを新調した昌也が空で明日香と対峙し試合を始める。昌也は明日香と同じくバランサーカットの状態をものにしていた。試合を繰り広げる二人は、楽しさを堪えきれず笑みを浮かべていた。試合をしながらも昌也は嬉しそうに「大好きだ」と明日香への想いを口にする。明日香もそれに応え、さらに精いっぱいの笑顔で「幸せ」と言った。

時が過ぎ、久菜浜学園の生徒である保坂実里がアメリカで開催されたFCの世界大会にリポーターとして潜り込んでいた。その生中継を久菜浜FC部のメンバーが日本から楽しそうにみていた。
そこに日本代表選手である昌也と明日香が現れ、試合前にも関わらず惚気る様子を見せ久菜浜のメンバーは呆れる。明日香は幼少の時に女の子からもらった思い出の品を昌也に見せることを約束する。それは昌也が子供の頃に持っていた、しかしいつの間にか無くしてしまっていたロボットのフィギュアだった。
場所は変わり、時差のある夜空の下でイリーナと乾の二人が楽しそうに話していた。イリーナは昌也に選手の勧誘の連絡を続けていたが断られ続け、その様子を見ながら乾は楽しそうに笑う。その髪に揺れる髪飾りには明日香と乾がツーショットで楽しそうに笑う写真が飾られていた。色々な人との繋がりを感じながら、昌也のセコンドで明日香は試合に臨んでいくのだった。

鳶沢 みさきルート

第7話:あたし、FCをやめるから

大会の後、みさきが部活に来なくなる。昌也が直接みさきに理由を聞くと、みさきは部活を休みたいと言った。昌也はみさきの来ない理由に心当たりがあり、強く言うことができなかった。かつて昌也は選手だった時に一度敗北した相手に才能の差を感じてしまい、自分の心を保つためにはFCそのものから逃げ出すしかなかった。それと同じものをみさきは抱えていると昌也は直感する。

みさきの居ない状態で部活を続けるが実力のあったみさきの穴を埋めるのは難しく、FC部全員でみさきを連れ戻そうとする。
以前、三人で遊んだゲームセンターに明日香と一緒に来た昌也はみさきを見つける。みさきをその場で説得するが、FCを挫折した昌也はみさきの内面に踏み込むことができなかった。そこに高藤FC部の佐藤院、梨佳が現れ真藤と全力の試合をした明日香に試合を申し込む。明日香も了承し、みさきも無理やりながら試合を一緒に見に来させることができた。
セコンドからの指示無しの試合を佐藤院が提案し明日香も了承する。昌也は明日香が自分の指示無しの状態で試合をしたらどんな動きを見せるのか、そしてどんなふうに負けるのかと暗い想像をしてしまう。そしてみさきが観戦する様子から、みさきも昌也と同じように考えていると感じた。
試合の内容は明日香が前半は得点を奪われ続けるも、中盤からは佐藤院の得点の得るパターンを潰したうえで明日香が点を奪っていくという展開になる。それは夏の大会であった真藤対乾の試合で乾が見せた戦術を、明日香が自分なりに取り入れそして試合の中で構築した戦術だった。
みさきは試合の最中に戦略を構築しながらプレイすることはできないと否定するが、昌也は「明日香はそれを行っている。そしてそれができない選手は強くなれない」とみさきに強く言う。その瞬間、みさきは明日香と自分の決定的な才能の差を感じてしまい、かつての昌也のようにFCを辞めると言ってその場を去ってしまった。

次の日から昌也はみさきの抜けたFC部のコーチをするが、葵から気が抜けていると言われ、葵とコーチをやることの意味について話す。葵は「楽しく飛ぼうとしている選手に自分の持っている何かを伝えて、その上で選手が飛ぶことに感動する」と、かつて昌也にコーチをしていたときの自分自身の気持ちを話す。昌也も夏の大会まではそうだったという実感があったが、今は楽しく飛ぼうとしている明日香や真白のことを見ておらず、みさきのことを気にしてしまっていた。
「誰のコーチを一番したいのか?」という葵の問いに、昌也は「みさき」と答えた。葵から理由を聞かれ、昌也は次のように言った。かつての昌也と同じようにみさきは挫折しかけており、みさきを立ち直らせないと昌也はもはやFCのコーチどころか、FCに関わる物事全てに立ち向かえないところまで追い詰められていた。そのために昌也は葵に、どうしてもみさきをFC部に連れ戻したいと宣言する。それを聞いた葵は、「特定の選手に入れ込むのはコーチとして失格だ」と言い、他の部員の指導を引き受け、昌也をFC部コーチから解任する。
昌也のコーチ解任に周囲は困惑するが、昌也の「みさきをどうしても連れ戻したい」という気持ちを聞いた明日香、真白は納得し、昌也のコーチ解任に了承する。
部活の帰り道に明日香は「何故、自分と真白を捨ててまでみさきを連れ戻そうとするのか?」と昌也に質問する。「みさきを復活させないと自分も前に進めない」という昌也の気持ちを聞いた明日香は「みさきを必ずFC部に連れ戻して、その上で自分と勝負をさせて欲しい」と言った。

FC部が高藤との合宿にいった後、昌也とみさきは久しぶりに他愛ない会話をする。FCを始めたきっかけの話になり、みさきは幼少の時に会ったという女の子の話をする。みさきが覚えている中で、その女の子は誰よりもきれいに飛んでいて、その姿に憧れたみさきはその女の子に勝負を仕掛けた。しかし勝負をしている最中に女の子は急に不機嫌になり、どこかに行ってしまった。状況からその女の子が幼少の時の自分だと気づき呆然とした昌也は、その事実をみさきに伝える。みさきにとっては何回も負け続けてようやく昌也を一瞬追い抜くことができたという認識だった。しかし昌也にとっては、試合を重ねるたびにみさきが信じられない早さで上達し、最後に追い抜かれた瞬間に圧倒的な才能の差を見せつけられたという認識だった。

昌也は「自分よりも才能のあるみさきが、今度は明日香の才能を見て挫折してしまったら、自分は二度と立ち直れない」と劣等感にまみれた感情をみさきに叩きつける。昌也が言った言葉にみさきは反論するが、昌也は重ねてみさきが抱えている感情を言い当てる。
特定の相手が自分よりも才能を持っている、自分はその差を理解できるが埋める手段がわからずに、もがくことしかできない。そこまで昌也から言われたみさきは遂に自分の感情を誤魔化すのをやめる。
「明日香に勝てないことが悔しい、だけど自分の届かない領域に明日香は居る。明日香に対しての気持ちだけじゃなく、他の自分よりも才能が上の選手に対しての劣等感を持つことに耐えられない」とみさきは言った。その本音を聞くことが出来た昌也は、みさきを劣等感から目を背けなくても良い場所に届けると言う。そしてみさきも挫折した昌也を今の場所から連れ出すと互いに約束する。
そう言ってお互いの手を握った時、昌也はみさきへの恋心を自覚していた。

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