Hoobastank(フーバスタンク)の徹底解説まとめ

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Hoobastankとは、1994年にダグラス・ロブとダン・エストリンによって結成されたアメリカのロックバンド。結成当時はHoobustankという名前だった。
バンド名に関して「フーブスタンク」と読み間違えるファンが多かった事からHoobastankに改名し、2001年にデビューアルバムの『Hoobastank』をリリース。
疾走感溢れるメロディによって多くのファンを獲得し、ダグが日本人の母を持つハーフである事から日本でも人気の高いバンドの一つとなっている。

Hoobastankの概要

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Hoobastankとは、アメリカのロックバンドである。
1994年にダグラス・ロブとダン・エストリンによってHoobustankという名前で結成された。

ダグ、ダン以外の初期メンバーとしてクリス・ヘッス、マークー・ラパライネンの名前も知られているが、当時はサックス奏者のジェレミー・ワッセルも在籍しており、曲の中で聞こえるサックスは、良く言えば今よりも賑やか、悪く言うと違和感を感じる、今のHoobastankとは別物の性格を持ったバンドだった。

2000年のメジャー契約を前にジェレミーが抜け、2001年に4人メンバーのHoobastankとしてアイランドレコードからメジャーデビューを果たす。

日本ではアメリカから約半年ほど遅れてデビューアルバムの『Hoobastank』が発売されるが、ダグが日本人の血を引くハーフである事による親近感と、疾走感溢れる曲の数々によって日本でも絶大な人気を獲得する。

2003年にリリースされた『The Reason』の大ヒットによって世界的な人気を手に入れるが、2005年のツアー中にデビュー当初から苦楽を共にしたマークーが脱退する。

ベース不在の緊急事態をクリスの友人であるマット・マッケンジーのヘルプによってツアーを何とか乗り切り、3rdアルバムの『Every Man for Himself』を完成させる。

アルバムが完成してから自然消滅的にマットが抜けた後加入したジョシュ・モローが正式メンバー入り間近と噂されるが、結局正式メンバーになる事なく離脱し、繋ぎとして短期間在籍したデビッド・アメツキュアを経てメンバーに加わったジェシー・チャーランドが正式メンバーとして迎えられ、現在に至る。

アルバムの売り上げは『The Reason』をピークに下降線を辿っており、メジャーデビュー当初期待されていた業界を引っ張るトップバンドとなる事はなかったが、日本ではブレイク時と変わらぬ人気を誇っており来日公演は常に満員である。

Hoobastankの活動経歴

Hoobustank時代

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Hoobastankの結成に関して、公式サイトを初めとするあらゆる情報ソースで「1994年にカリフォルニアのバンド大会で出会った高校生、ダグラス・ロブとダン・エストリンが意気投合して結成された」と書かれている。
だが、どのサイトを見てもダグとダンの出会いが書かれているだけで、バンドの初期メンバーであるクリス・ヘッスとマークー・ラパライネンの加入に関する経緯はほとんど書かれていない。
情報の少ないクリスとマークーの加入経緯だが、2ndアルバム『The Reason』の特典DVDに収録されたインタビュー映像にはバンド結成に関する詳しい経緯が語られている。

出会った当初ダグとダンは別のバンドに所属しており、日本でもよくある「別のバンドに所属している友人」という関係でしかなかった。

その後お互いのバンドが解散し、これを機にダグとダンが一緒にバンドを組もうという話になってメンバーを募集し、クリスとマークーが電話をくれた事により、バンドの前身となるHoobustankが結成された。
また、インタビュー内で名前は出ていないが、サックス奏者のジェレミー・ワッセルもHoobustank時代に在籍していたので彼もダグとダンに連絡したと思われる。

結成後は地元のライブハウスを中心に地道なライブ活動を続け、1997年には事実上のデビュー作である『Muffins』を発売するが、CDではなくカセットテープの手売り販売だった。
1998年には初のCD作品である『THEY SURE DON’T MAKE BASKET BALL SHORTS THEY USED TO』を自主制作盤としてリリースし、カリフォルニア内で徐々に注目を集めるようになる。

2000年にはHoobastankと改名し、最後の自主制作盤となった『Forward』をリリースする。
これがサックス奏者ジェレミーが参加した最後の作品となった。

『Hoobastank』 - バンド名改名と待望のメジャーデビュー

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その後、大手レーベルのアイランドレコードと念願のメジャー契約を果たし、翌2001年11月20日にメジャー契約後初のアルバムとなる『Hoobastank』をリリースする。
日本では2002年4月と本土に比べて遅い発売となったが、ボーカルが日本人の母親を持つハーフという触れ込みを見た多くの洋楽ファンがHoobastankに興味を持つきっかけとなる。
実際に聴くと疾走感のある曲の数々に更に虜になるファンが続出し、同年8月に行われたサマーソニックで早くも初来日を果たした。

『The Reason』 - 最大のヒット作とマークー脱退

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2003年には2ndアルバムの『The Reason』をリリースし、全世界で350万枚、全米3位という彼らのキャリアで最大のヒット作となる。

海外でのライブ活動も精力的に行い、2003年、2004年は日本国内でもツアーを行うなど日本国内での人気も不動のものとなるが、翌2005年のツアー中にマークーが脱退し、ベース不在の緊急事態となる。

残りの日程はクリスの友人でありダグ、ダンとも面識のあったマット・マッケンジーがヘルプとして参加して何とか乗り切った。

『Every Man for Himself』 - 変化をテーマにしたアルバムと事実上の活動休止

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マークー離脱のショックが抜けないまま3rdアルバム『Every Man for Himself』の制作か始まり、ツアーに引き続きアルバムもマットの助力により完成し、2006年にリリースしている。

アルバムとしては「変化」をテーマとしておりこれまでの疾走感から落ち着いたメロディにこだわった楽曲が目立つが、皮肉にもファンから愛されたHoobastank「らしさ」を奪う作品になっており、セールス的にも50万枚程度と相対的に「失敗」という結果になっている。

マットが自然消滅的に抜けてからはジョシュ・モローを3代目のベーシストに迎えライブ活動を始める。
2006年、2007年と2年連続で来日公演を行い、いずれも成功させているが、ツアー終了後「当面の間4枚目となるアルバム作りに専念する」と事実上の活動休止を宣言し、ファンは2009年の『For(N)ever』リリースまで新作を待つ事になる。

『For(N)ever』 - 原点回帰と新メンバージェシー

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『Every Man for Himself』が相対的に失敗した反省を踏まえ、Hoobastankは原点回帰として疾走感と勢いのある曲作りを行い、待望の4thアルバムとなる『For(N)ever』を2009年1月にリリースする。

結果的に受け入れられなかったものの前作で挑戦した音の幅の広がりと、デビュー当初の勢いを融合した彼らの「進化」をアピールするに相応しい一枚で、日本ではオリコン6位(洋楽1位)という結果を残している。
日本でライブを行う度に人気が上昇し、活動休止を境にバンドを抜けたジョシュの後任として加わったジェシー・チャーランドもすぐに日本のファンから受け入れられるなど日本での人気は不動のものとなっていた。
但し、アメリカでは26位と伸び悩み、来日する度に人気が高まる日本とは対照的に、現地ではバンドとしての人気が頭打ちを迎えるなど厳しい状況を迎えていた。

『Fight or Flight』 - MLBファンを中心に再度日本で人気が高まる

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マークの後任を決めるのは簡単ではないとジョシュの在籍時からベーシストの後任に対してメンバーは慎重な態度だったが、程なくして2009年からライブに同行していたジェシー・チャーランドが正式メンバーになる。

ジェシーを正式メンバーとして迎えた初のアルバム『Fight or Flight』が2012年にリリースされ、日本では2013年から2016年までMLB中継のエンディングとして採用された『No Win Situation』が日本のメジャーリーグファンの間で特に人気の曲となった。

『Push Pull』 - Hoobastankの現在

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