三國志(ゲーム)のネタバレ解説・考察まとめ

三國志とは、歴史書『三国志』や歴史長編小説『三国志演義』をベースにした、中国の後漢から三国時代を舞台にした歴史シミュレーションゲームである。コーエーテクモゲームスから発売され、これまでシリーズ化されている。ゲームプロデューサーはシブサワ・コウ。プレイヤーは君主となり、内政や軍事で国力を高め、他君主と合戦を行い領地を広げていく。そして、最終的に中国統一を目指すのがゲーム目標となる。

劉備

劉備(りゅうび:161~223)
字は玄徳(げんとく)。184年から221年までのシナリオに登場する。統率や武力、知略、政治までどの能力値も高めであり、作品によっては魅力がトップレベルである。

蜀を建国した昭烈帝(諡号)で、漢王朝の流れ(劉氏)を汲むと自称した。
黄巾の乱発生時に、関羽、張飛らと反乱鎮圧軍に参加。その後、平原国の相(宰相)、次いで徐州刺史となる。
後に曹操の元で将軍に任ぜられるが、曹操暗殺計画に参加し、曹操から袁紹へ移る。
袁紹敗北後は荊州の劉表を頼り、そこで諸葛亮を迎える。そして孫権と同盟を結び、曹操の大軍を赤壁で破った。
それから益州を手に入れ、その地に「蜀(蜀漢)」を建国して、初代皇帝となった。
その後、同盟を結んでいた孫権と対立し、奪われた荊州を奪還すべく孫権と戦った。しかし、孫権軍の猛攻に遭い、戦いの後に崩御してしまう。
劉備の後は、長子の劉禅が皇位を継承した。劉備は『三国志演義』では人を引きつける魅力を持つ、善良な人物として描かれている。

関羽

関羽(かんう:?~219)
字は雲長(うんちょう)。184年から207年までのシナリオに登場する。統率や武力、知略の能力値が高く、特に統率や武力が高い。

立派なひげをたくわえていたことから、『三国志演義』などで「美髯公」と呼ばれる。また、死後軍神や商売の神様として祀られている。
黄巾の乱の時に、劉備や張飛らとともに鎮圧に参加し、その後も劉備に仕えた。
劉備と曹操が戦った際、劉備は敗れて関羽は曹操に捕らえられる。関羽は官渡の戦いで曹操軍に従軍し、袁紹配下の猛将を討ち取る働きを見せる。
後に曹操の元を離れて、劉備に再び仕える。その劉備が益州に入った後は荊州を守った。
ところが領地問題で孫権が荊州に攻め込み、最終的には曹操軍と孫権軍の挟撃を受け、敗走途中に捕らえられ斬首された。
『三国志演義』では「青龍偃月刀」という武器を持ち、「赤兎馬」が愛馬の猛将として描かれている。

張飛

張飛(ちょうひ:?~221)
字は益徳(えきとく)。184年から207年までのシナリオに登場する。統率や武力の能力値が高く、知略や政治は低い。

勇猛さで知られた武将。『三国志演義』では「蛇矛」という大きな武器を振るう。
劉備や関羽らとともに黄巾の乱の鎮圧軍に参加。その後の呂布との戦いでは働きを見せ、中郎将に任じられる。
劉備が荊州に移った際にもともに行動。荊州に攻め込んできた曹操軍に対して咆哮し、劉備の危機を救った。
劉備が益州に入った後は、益州東部にて曹操軍の攻撃を防いでいる。
蜀建国後、孫権との合戦に備えていたところ、配下によって殺害されてしまう。劉備は張飛の、配下を大切にしないところを注意していたという。
『三国志演義』では粗暴・粗野な面を持つ猛将として描かれている。

諸葛亮

諸葛亮(しょかつりょう:181~234)
字は孔明(こうめい)。200年から234年までのシナリオに登場する。武力は低いが、統率や知略、政治が高い。特に知略はトップレベルである。

若年の頃は荊州で晴耕雨読の日々を送っていたが、劉備に三顧の礼を以て迎えられる。
この時劉備に対して、荊州と益州を治め、孫権と結んで曹操に対抗するよう「天下三分の計」を進言した。
その後孫権との同盟を成功させ、孫権・劉備軍の赤壁の戦い勝利後は、劉備の益州入りに尽力する。
蜀建国後は丞相の地位につく。劉備の死後は子の劉禅を補佐し、蜀の政治の一切を預かることになる。
劉備の遺志により魏に対して5度の北伐を行うが、その5度目の北伐で病死した。
『三国志演義』では知略にものすごく長けた、スーパーマンのように描かれている。

趙雲

趙雲(ちょううん:?~229)
字は子龍(しりょう)。184年から221年までのシナリオに登場する。統率や武力、政治の能力値が高く、特に統率や武力が高い。

もともと幽州の公孫瓚に仕えていたが、劉備に仕えた。
曹操が荊州に攻め込んできたときは、当時乳児だった劉禅と劉備の夫人(劉禅の母親)を保護する。
劉備の益州入りの際には従軍し、各地を攻略する。
蜀建国後は、将軍職に任命され、諸葛亮の北伐に従軍するが魏軍に敗れる。しかし、殿を務めて蜀軍の大敗を防いだ。
それからまもなく死去した。『三国志演義』では武芸に秀でた勇将として描かれている。

黄忠

黄忠(こうちゅう:?~220)
字は漢升(かんしょう)。184年から207年までのシナリオに登場する。統率や武力の能力値が高い。また、『三国志演義』では弓の名手として描かれることから、弓の適性が高い。

はじめ荊州の劉表に仕え、長沙郡を守備していた。その後、長沙太守となった韓玄の配下になった。
それから荊州南部を領した劉備に仕え、劉備の益州入りに従軍する。
その戦いで先陣を切って敵陣を攻略する功績などをあげて、勇猛さを知らしめた。
定軍山の戦いでは曹操軍の夏候淵を討ち、劉備軍の大勝を導くが、その戦いの1年後に亡くなった。
『三国志演義』では弓に長けた勇猛な老将として描かれることから、そのイメージにより、老いてますます盛んな人のことを「老黄忠」という。

馬超

馬超(ばちょう:176~222)
字は孟起(もうき)。194年から221年までのシナリオに登場する。統率や武力の能力値が高いが、逆に知略や政治は低い。また、騎馬の適性がトップレベルである。

涼州を治めていた軍閥馬騰の子。『三国志演義』では「錦馬超」といわれる。
曹操の援軍として敵部隊と戦い、その後、都へ向かった父に代わり軍をまとめる。
しかし、曹操の西方攻略に疑心を抱き、周辺勢力とともに反乱を起こす。しかし、結局曹操側の策略により大敗してしまう。
父馬騰など一族の者も馬超の反乱に連座して処刑される。
その後、劉備に仕えて将軍に任ぜられた。晩年は涼州刺史となったが、まもなく死去した。
なお『三国志演義』ではこの馬超も含め、関羽、張飛、趙雲、黄忠を「五虎大将軍」と称した。

孫権

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