三國志(ゲーム)のネタバレ解説・考察まとめ

三國志とは、歴史書『三国志』や歴史長編小説『三国志演義』をベースにした、中国の後漢から三国時代を舞台にした歴史シミュレーションゲームである。コーエーテクモゲームスから発売され、これまでシリーズ化されている。ゲームプロデューサーはシブサワ・コウ。プレイヤーは君主となり、内政や軍事で国力を高め、他君主と合戦を行い領地を広げていく。そして、最終的に中国統一を目指すのがゲーム目標となる。

『三國志』シリーズには能力値の高低などさまざまな特徴を持った数多くの武将が登場し、最新作の『三國志13』の登場武将は700人を超える。
登場武将の中には『三国志演義』のみにしか登場しない架空の武将もおり、一方で『三国志』のみしか記述がない武将もいる。
代表的な武将を紹介する。

曹操

曹操(そうそう:155~220)
字(実名以外の名)は孟徳(もうとく)。ゲームでは184年から207年までのシナリオに登場する。全般的に能力値が高く、特に統率、知略、政治が高い。

魏の初代皇帝となった曹丕の父で、魏の礎を築いた。
若いときに役人となり、黄巾の乱では反乱軍を破るなど活躍した。
董卓が権力を握ると、挙兵して反董卓連合に参加。その後勢力を拡大し、漢の皇帝献帝を迎える。
華北の名門袁紹を官渡の戦いで破り、そのまま華北を制圧。それから南下をして荊州に進軍する。
赤壁の戦いで孫権・劉備連合軍に敗れるものの、後に孫権と同盟を結び荊州を守っていた関羽を倒す。
晩年は魏王となったが、最期まで帝位に就くことはなかった。
戦略家や文人、政治家としての評価が高いが、『三国志演義』では漢王朝を牛耳った悪人などといったように描かれている。

曹丕

曹丕(そうひ:187~226)
字は子桓。ゲームでは207年から221年のシナリオまで登場する。全体的に能力値は高いが、特に知略や政治の能力値が高い。

曹操の次男。父の死後、魏王となり、同年献帝から禅譲される形で皇帝に即位した(文帝)。
九品官人法という役人の登用制度を定めるなど、政治面での功績が大きい。
江東の孫権に対しては呉の王に任じたが、やがて孫権と対立する。何度か孫権を攻めるも敗れた。
226年に病にて崩御。皇太子だった長子の曹叡(明帝)がその後即位した。

夏侯惇

夏侯惇(かこうとん:?~220)
字は元譲(げんじょう)。ゲームでは184年から207年までのシナリオに登場する。統率や武力、政治の能力値が高く、特に統率や武力が高い。

主君曹操の父親は夏侯氏の出身なので、曹操とは同族にあたる。曹操が兵を挙げたときから従い、拠点の守備などを任された。
呂布との戦いで敵の矢を受け、左目が不自由になってしまう。
曹操が中原や華北を完全制圧した後は、総司令官として孫権にあたる。
曹操の死後、子の曹丕より大将軍に任ぜられるが、同年、夏候惇もこの世を去る。
『三国志演義』の描写から、一般的に隻眼の猛将として知られている。

夏侯淵

夏侯淵(かこうえん:?~219)
字は妙才(みょうさい)。ゲームでは184年から207年までのシナリオに登場する。統率や武力の能力値が高い。『三国志演義』では弓の名手として描かれているため、弓の適性が高い。

夏侯惇の従弟にあたり、曹操が兵を挙げたときから従う。
勇猛さで知られ、合戦では敵を急襲する戦法を得意とし、「三日で五百里、六日で一千里」と称されるものだった。
中国西方の涼州において反乱を起こした勢力と戦い、その後涼州を平定する。
しかし中国西部の定軍山における劉備軍との戦いで、黄忠の攻撃により戦死する。
『三国志演義』では弓の扱いに長けた猛将として描かれている。

郭嘉

郭嘉(かくか:170~207)
字は奉孝(ほうこう)。ゲームでは190年から207年までのシナリオに登場する。知略や政治の能力値は高いが、武力が低い。

もともと華北の袁紹に仕えていたが、後に曹操の配下となる。
主に参謀的役割を果たし、曹操と敵対していた徐州の呂布を攻めるように進言する。
袁紹との官渡の戦いでは事前に周辺状況を予想して、曹操を戦いに集中させた。
袁紹死後の袁氏を衰亡させるのに謀略面で活躍、華北の人材を曹操のもとに招いた。
ところが、曹操が華北を完全に平定しないうちに病死する。曹操は郭嘉の死を大変悲しんだという。

荀彧

荀彧(じゅんいく:163~212)
字は文若(ぶんじゃく)。184年から207年までのシナリオに登場する。知略や政治の能力値が高いが、武力は低い。

若年の頃から才覚に優れたことから、「王佐の才」と呼ばれた人物。
もともと中央役人だったが、後に袁紹、次いで曹操に仕えた。曹操からは「わが子房(前漢の劉邦の家臣張良にちなんだ言い方)」と喜ばれたという。
曹操に後漢の皇帝献帝を擁立するように進言し、曹操から政治や軍事の一切を相談される。
袁紹との官渡の戦いでは後方を担当しながらも、曹操に進言や激励を行い、袁紹の撃破に功があった。
しかし晩年、曹操と官爵を巡って意見が対立し、その後死去した。自殺したともいわれている。

司馬懿

司馬懿(しばい:179~251)
字は仲達(ちゅうたつ)。194年から234年までのシナリオに登場する。統率や知略、政治の能力値が高い。

魏の後に建国された「晋」の礎を築いた人物。若い頃から才覚があって聡明であるといわれていた。
曹操に仕えていたが、当の本人からは警戒されていたという。
曹操の子曹丕(文帝)の時代に、行政面の実質的トップになり、次の曹叡(明帝)の時代には大将軍となり、軍事面でも高位となった。
五度にわたる蜀の諸葛亮の攻撃を防衛し、その後反乱を起こした公孫淵を破った。
その後も魏の軍事面を担ったが、クーデターを起こして実権を掌握する。
彼の死後、孫の司馬炎が魏の曹奐(魏の第5代皇帝)より禅譲されて「晋」の初代皇帝となった。

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