三國志(ゲーム)のネタバレ解説・考察まとめ

三國志とは、歴史書『三国志』や歴史長編小説『三国志演義』をベースにした、中国の後漢から三国時代を舞台にした歴史シミュレーションゲームである。コーエーテクモゲームスから発売され、これまでシリーズ化されている。ゲームプロデューサーはシブサワ・コウ。プレイヤーは君主となり、内政や軍事で国力を高め、他君主と合戦を行い領地を広げていく。そして、最終的に中国統一を目指すのがゲーム目標となる。

孫権(そんけん:182~252)
字は仲謀。200年から234年までのシナリオに登場する。統率や知略、政治の能力値が高い。

孫堅の次男で、孫策は兄である。呉の初代皇帝で、諡号は大皇帝。
兄の死後、軍をまとめる。古参の家臣だけではなく、新規の人材も広く採用した。
曹操が大軍を率いて荊州に攻め込んできた時は抗戦を決意し、赤壁の戦いで劉備軍とともに曹操軍を破る。
その劉備とは後に荊州を巡って対立し、関羽を破り荊州を所領化した。
そして江東に呉を建国し、皇帝に即位した。この頃蜀と同盟を結び、魏と敵対した。
晩年は後継者問題で政権を不安定にさせてしまい、その後崩御した。
『三国志演義』では「碧眼児」と記述されている。

孫堅

孫堅(そんけん:156~192)
字は文台。184年から190年までのシナリオに登場する。統率や武力、知略、政治、いずれの能力値も高いが、特に統率や武力が高い。

長男は孫策、次男は呉の初代皇帝・孫権。諡号は武烈皇帝。『三国志演義』では「江東の虎」と呼ばれている。
若い頃、海賊を追い払った功績で役人に取り立てられる。
黄巾の乱では漢軍に加わり、反乱軍の鎮圧に参加する。後に荊州南部で発生した反乱を鎮圧して、その実力を強めていく。
反董卓連合に参加したときには、袁術の支援により董卓の配下武将を討ち取る功績を挙げる。
連合が崩壊した後は、袁術に従い荊州の劉表を攻める。しかし、この合戦で戦死してしまう。
『三国志演義』では荒廃した都・洛陽で玉璽を発見したと描写されている。

孫策

孫策(そんさく:175~200)
字は伯符(はくふ)。190年から200年までのシナリオに登場する。統率や武力、政治の能力値が高いが、特に統率や武力が高い。

孫堅の長男で、孫権は弟(孫堅の次男)。諡号は長沙桓王。大喬(大橋)は側室である。
父孫堅が戦死した後、主君の袁術に従って孫堅軍の古参の家臣を得た。
袁術配下として揚州を攻略し、兵力を増強させ、後に袁術より独立し、揚州を支配下に置く。
官渡の戦いの頃、曹操が本拠地を置く中原を狙おうとした。ところが出陣前に刺客に襲撃されて、その傷がもとで死去した。
孫策の弟の孫権が後継者になった。

周瑜

周瑜(しゅうゆ:175~210)
字は公瑾(こうきん)。190年から207年までのシナリオに登場する。統率や武力、知略、政治全ての能力値が高いが、特に統率と知略、政治が高い。

渾名は「周郎」で、小喬(小橋)は側室である。孫策とは同い年で、孫策の父孫堅が反董卓連合に参加していた頃に親交を結ぶ。
その孫策が袁術の配下として揚州を攻略したときに、これに従軍した。その後も孫策の攻略地において守備などを任された。
孫策死後は跡を継いだ孫権を補佐し、山越討伐などで活躍し、赤壁の戦いでは曹操と戦うように孫権に意見して、戦いでは曹操軍の艦船を火計で破った。
周瑜は孫権に対して、華南(荊州や益州、揚州など)と涼州(当時馬超が支配)の軍勢を以て曹操と戦う、いわゆる「天下二分の計」を考案する。
孫権は同意して、周瑜は攻略の準備をしていた。ところが計画を実行に移すことなく、周瑜は病死する。

魯粛

魯粛(ろしゅく:172~217)
字は子敬(しけい)。190年から207年までのシナリオに登場する。統率や知略、政治の能力値が高い。

裕福な豪族の生まれで、周瑜に対して物資を倉ごと送った(2つあった倉のうちの1つ)。このことがきっかけで、周瑜と誼を通じる。
袁術に仕えていたが、周瑜の紹介により、孫権に仕えることになる。
孫権は当初漢朝の再興を考えていたが、魯粛は「漢朝の再興は不可能で、あなたが皇帝になるべきだ」といった趣旨の進言をした。
赤壁の戦いでは周瑜とともに曹操と戦うように説く。周瑜が亡くなった後は、その兵を引き継ぐ。
荊州を巡って劉備と孫権が対立したときには、交渉役を務めている。それから数年後に死去した。

呂蒙

呂蒙(りょもう:178~219)
字は子明(しめい)。194年から207年までのシナリオに登場する。統率や武力の能力値が高く、知略や政治は低いが、イベントによりいずれも高くなることが多い。

若い頃に孫策に側近として仕え、亡き義兄の軍を引き継ぐ。
赤壁の戦いなど孫権軍の合戦で功績を挙げ、はじめは武勇に優れた武将だった。
その孫権から学問の必要性を説かれ、呂蒙は学問を始めることになった。その結果、呂蒙は儒学者に匹敵するくらいの知識を得て、魯粛をして「呉下の阿蒙に非ず」と言わしめた。
その後、孫権と曹操が戦った濡須口の戦いでは、策を講じるなど活躍する。
孫権と劉備が荊州で対立したときには、関羽を策で油断させてこれを討ち、荊州を押さえる。それからまもなく病死した。

陸遜

陸遜(りくそん:183~245)
字は伯言(はくげん)。200年から234年のシナリオまで登場する。統率や知略、政治の能力値が高い。

初め孫権に文官として仕え、後に異民族である山越を討ち破った。この頃、孫権の姪(兄孫策の娘)と結婚する。
孫権軍の荊州攻略では、呂蒙と謀って関羽を油断させ、荊州を奪取する。
劉備が荊州を奪還すべく攻め込んできた時には、火攻めなどで劉備軍を撃退する。
孫権が皇帝に即位すると、政治や軍事の中心を担うようになり、晩年丞相となる。
その晩年、孫権の後継者問題に巻き込まれ、そのさなかに死去する。

後漢末期~三国時代の群雄・人物

袁紹

袁紹(えんしょう:?~202)
字は本初(ほんしょ)。184年から200年までのシナリオに登場する。統率や知略、政治の能力値が高く、特に統率が高い。

4代にわたって高位高官を出した名門の生まれ。弟または従弟に袁術。
漢王朝の外戚(皇后の親族)にあたる、大将軍何進が考えていた宦官勢力の一掃を実行した。
董卓の横暴に対して、各諸侯が兵を挙げたときには連合盟主となる。しかし、董卓が長安へ退いた後は連合が崩れて、袁術など各勢力と対立する。
曹操には援軍を派遣するなどしていたが、彼が中原を、そして袁紹が華北を押さえた頃には両者は敵対関係になっていた。
官渡にて曹操軍と激突したが、補給線を絶たれて敗北する。この官渡の戦いから2年後に死去した。

董卓

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