Yes(イエス)の徹底解説まとめ

Yes(イエス)とは、1968年ロンドンで結成されたプログレッシブ・ロックバンド。ピンク・フロイド、キング・クリムゾン、EL&Pと共にプログレ四天王(ジェネシスを入れると五大プログレバンド)と呼ばれ、分裂とメンバーチェンジを繰り返し活動を続けているロック史上に大きな影響を与えたバンドである。2017年『ロックの殿堂』入りをした。

Yesの概要

イエスは1968年に クリス・スクワイア (B)、ジョン・アンダーソン(Vo)を中心に結成され、1970年の方向転換後、プログレッシブ、アート、シンフォニックのロックミュージックで世界的に成功した英国のロックバンドだ。
プログレッシブなジャンルのパイオニアのバンドとして、長尺の曲、神秘的な歌詞、鮮やかなボーカルハーモニー、精巧なアルバムアート、ライブステージセットで知られている。
彼らは何度もメンバー・チェンジを繰り返し、1983年より商業的でポップ指向の音楽の方向性を含む新しいラインナップで改められた。その結果、『ロンリー・ハート』(90125)(1983年)は、米国でナンバーワンのシングル「ロンリー・ハート」- " Owner of a Lonely Heart " を収録したベストセラーアルバムとなった。
イエスの歴史は非常に複雑であるが、忘れてならないのが二つに分裂したイエスである。イエスの創設者でありリーダーのクリス・スクワイアを中心とした本家イエスと、ジョン・アンダーソン中心のABWHである。クリスとジョンの確執から裁判沙汰にまで及んだ。
後に和解して一つに統一されたが8人メンバーの大所帯イエス・ユニオンとなった。
その後もメンバー・チェンジを繰り返し(総勢19人が脱退、加入に関わっている)すでにオリジナル・メンバーはいないが ジョン・デイヴィソン (Vo)、スティーヴ・ハウ (G)、ジェフ・ダウンズ (Key)、アラン・ホワイト (Ds)、ビリー・シャーウッド (B)の5人で、最も成功し、影響力があり、長く持続するプログレッシブロックバンドの1つとして活動している。

Yesのメンバー

ジョン・デイヴィソン

ジョン・デイヴィソン (Juano Davison、1971年1月16日生まれ)在籍時期:2012年-
担当:リード・ボーカル、ギター、パーカッション、キーボード
アメリカの歌手、ソングライター、マルチインストゥルメントのミュージシャン。
スカイ・クリーズ・メアリー(Sky Cries Mary)の元ベーシスト(1993年~2016年)
グラス・ハマー(Glass Hammer)の元リード・ボーカル(2009年~2014年)
彼の母親が率いる教会の若者合唱団で歌ったのが音楽を始める切っ掛けとなった。
テイラー・ホーキンス(Oliver Taylor Hawkins、1972年2月17日生まれ、フー・ファイターズFoo Fightersのドラマー)とは幼馴染で親友。

スティーブ・ハウ

スティーヴ・ハウ(Stephen James Howe, 1947年4月8日 生まれ)在籍時期:1970年-1981年,1990年-1992年,1995年-
担当:ギター、バッキングボーカル、ラップスチール&ペダルスチールギター、ラウド、マンドリン、ベースギター、シタール、バンジョー
イギリスのミュージシャン、ソングライター、プロデューサー。
1970年、ピーター・バンクスに替わってイエスに加入。
1981年の初めにイエスが正式に分裂した後、エイジア(Asia)、 GTR、 ABWH等のスーパーグループを渡り歩いた。
1996年イエスに再加入。
ハウは5年連続のGuitar Playerマガジン(1977-1981)で「Best Overall Guitarist」に選ばれ、1981年には"Guitar PlayerHall of Fame"を受賞した最初のロックギター・プレイヤーだ。
1972年、ハウは菜食主義者になり、不要な医薬品の服用を避けている。
ハウは自身の信念であるスピリチュアリティ(Spirituality)についてこうコメントしている。
「私は超越瞑想(Transcendental Meditation)を私のものとして選びました。私は本当に好きなので、他の人もやって欲しい。それは宗教ではない。それは地球のエネルギーと接触することです。私にとって大きな、プラスの効果だと確信しています」
ギタリストとして、ハウは常に同じジャンルのスタイルではなくブルースからクラシック、ジャズ、ロックまであらゆるものを演奏している。
彼の音楽は、あらゆる単一の音楽ジャンルを超越している。ハウは、ロック・ミュージックの中で最も独特で独創的なギタリストの一人で、人間の声そのものの微妙で複雑な表現力を持っている。

ビリー・シャーウッド

ビリー・シャーウッド(William Wyman Sherwood、1965年3月14日 生まれ)在籍時期:1997年-2000年,2015年- ツーリングメンバー:1994年。
担当:ベースギター、キーボード、ギター、バッキングボーカル、ティンパニー
アメリカのソングライター、マルチインストゥルメントのミュージシャン。
ビリー・シャーウッドがイエスと関わりをもったのは、 1989年ジョン・アンダーソンに代わるボーカリストとして候補に上がった時からだが、主に作曲やアレンジ、エンジニア、プロデューサーとしての貢献度が大きい。
彼の才能はイエスだけに留まらず、多くのバンドやアーティスト達とアルバム作成やライヴをサポートしている。
「私は非常に多くの驚くべき人々と働き、そのほとんどは私のヒーローです。それでも、私はまだスティング、ピーター・ガブリエル、ケイト・ブッシュとは仕事をしていません」
2008年8月、ビリー・シャーウッドは彼自身のソロアルバム「At the Speed of Life」を発表し、その年に最高のプログレッシブ・ロック・プロデューサーとして賞を受賞した。

ジェフ・ダウンズ

ジェフ・ダウンズ(Geoffrey Downes, 1952年8月25日 生まれ)在籍時期:1980年-1981年、2011年-
担当:キーボード、ボコーダー、プログラミング。
イギリスのソングライター、マルチインストゥルメントのミュージシャン、レコードプロデューサー。
1980年、同じバグルス(The Buggles)のメンバーだったトレバー・ホーン(Trevor Charles Horn)(1949年7月15日生れ)とイエスに参加。
1981年イエスのスティーヴ・ハウと共に1981年にエイジア(Asia)に参加し、1982年に「ヒート・オブ・ザ・モーメント」 "Heat Of The Moment"のレコーディングとファースト・アルバム『詠時感〜時へのロマン』(Asia)のリリースで世界的に成功を収めた。
アルバムはBillboardのアルバムチャートの1位を維持し、9週間連続で記録を更新した。
30年以上にわたりエイジアでのレコーディングやツアーに加え、ダウンズはソロアルバムを数多く録音し、元バンドメイトのジョン・ウェットン(John Wetton)、元ディープ・パープル(Deep Purple)のグレン・ヒューズ(Glenn Hughes)、などの他のアーティストとのコラボレーションを行い、また、マイク・オールドフィールド(Mike Oldfield)、トンプソン・ツインズ(Thompson Twins)、を含むいくつかのアーティストのためにプロデューサーとして幅広く活動している。
2011年、ダウンズは新しいイエスのアルバム『フライ・フロム・ヒア』(Fly From Here)のレコーディングに参加し、1980年以来正式に再加入した。
かつてのインタビューで 「イエスは音楽の世界でどのような役割を果たしていますか?」の問いに「ロックミュージック史上、非常にユニークな音楽です。初めからバンドに多くのリスナーを惹きつけた非常にポジティブで爽快な音楽があります。バンドの名前とそれから生まれる陽性は、音楽に引き継がれます。私は人々が耳を傾けるだけでなく、スピリチュアルな経験を見つけることを知っていると思います。私は、その点でイエスは、その感情を人々に実際に伝えて、気持ちを良くし、彼らが聞いているように 思います」と答えている。

アラン・ホワイト

アラン・ホワイト(Alan White、1949年6月14日 生まれ )在籍時期:1972年-1981年、1982年 -
担当:ドラム、パーカッション、ピアノ、バッキングボーカル。
イギリス出身のドラマー。
ホワイトはイエスに加入する前は、ジョン・レノン(John Lennon)のプラスチックオノバンド(Plastic Ono Band)、ジョージ・ハリソン(George Harrison)、ジンジャー・ベイカーズ・エア・フォース(Ginger Baker's Air Force)等、多くのバンド、アーティストとのセッションマンとして知られていた。
1972年イエスが『危機』(Close to the Edge)の録音を終えた後、ビル・ブラッフォード(Ds)(William Scott Bruford)はイエスを去り、キング・クリムゾン(King Crimson)に参加した。そして彼の後継者としてホワイトが招かれた。
ホワイト加入後、次のライヴまで3日間の余裕しかなかったが、ホワイトはその3日間でイエスのレパートリー全てをマスターした。
ホワイトは、いくつかのイエスのアルバムで作曲しピアノを演奏している。
「好きなアルバムや好きなバンドの時代はありますか?」との問いにホワイトはこう答えている。
「私は時代ごとにバンドがどのように発展したかを見ることができました。『リレイヤー』(Relayer)は素晴らしいアルバムです。『ドラマ』(Drama)は、長い間過小評価されていた非常に優れたアルバムですが、今やそれは人々のお気に入りの一つです。それで、私にとってとても長年のことで、お気に入りを選ぶのはとても難しいです。今私は45歳のバンドにいます。それはかなり長い時間です。『ロンリー・ハート』(90125)は本当によく作られたアルバムで、その曲は信じられないくらいうまく受け入れられました。そして、同じラインナップでやったアルバム『トーク』(Talk)もかなり信じられないほどのアルバムです。」

以前のメンバー

ジョン・アンダーソン

Jon Anderson 本名:John Roy Anderson (1944年10月25日生まれ)
在籍期間:1968年–1980年, 1982年–1988年, 1990年–2004年。
担当:リードボーカル、ギター、パーカッション、ハープ、キーボード、クアトロ。
アンダーソンは1970年に彼の名前から "h"を取った。
オリジナル・メンバーで中心人物であった。
イエスの多くの曲の一部である神秘的なテーマの歌詞やコンセプトの大半を担当していた。
アンダーソンのボーカルは、声帯の靭帯の縁のみを使って人工的に高音質のノートを作り出すボーカル・テクニックである、しかし、ジョン・アンダーソンはファルセットを歌わない。彼の通常の歌唱(および発声)の声は自然にテナーの範囲を超えています。2008年のピッツバーグ・ポスト・ガゼットとのインタビューで、ジョンは「私はアルト・テノールであり、高いノートを歌うことができるが、決してファルセットを歌うことはできないので、高くしている」と述べた。

クリス・スクワイア

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