THE BLUE HEARTS(ザ・ブルーハーツ)の徹底解説まとめ

THE BLUE HEARTS(ザ・ブルーハーツ)は、日本のパンクロックバンド。1985年結成。1987年にメジャーデビューする。1980年代後半から1990年代前半にかけて活動し、1995年に解散した。ヒット曲は「リンダリンダ」「TRAIN-TRAIN」「情熱の薔薇」「人にやさしく」など数多くの名曲を世に排出し様々なミュージシャンに影響を与えた伝説のバンドである。

THE BLUE HEARTSの概要

1980年代前半、それぞれのバンドの状態が悪かった甲本ヒロトと真島昌利、河口純之助の3人はバイト先で出会い、セッションバンドを行ったり、バンドの事について語り合ったりしているうちにお互いに意気投合していった。

1985年、真島や甲本らは、本気でバンド結成のことについて考えるようになり、同年2月に、真島と甲本の2人を中心として「THE BLUE HEARTS」を結成。同年4月に、THE BLUE HEARTSの初ライブを行うことになった。同年の夏に、彼らのマネージャーとしてバンドに関わっていた河口が前メンバーの替わりにベースとして参加し、翌年、梶原徹也がドラマーとして参加した。結成当初は、渋谷のライブハウスを主な拠点として活動していた。

1986年、梶原が加入した頃から「面白いバンドがいる」と、徐々に話題になり始める。

1987年2月に、シングル「人にやさしく」を自主制作で発表。同年、メルダックよりメジャーデビューが決定し、1987年に、メジャーデビューシングル「リンダリンダ」を発売、同月に1stアルバム「THE BLUE HEARTS」を発表した。彼らの評判は若者を中心に全国的に知れ渡るようになり、第二次バンドブームの先駆けとなった。

半年後に発売した2ndアルバム「YOUNG AND PRETTY」も好調、そして1988年に発表した3rdアルバム「TRAIN-TRAIN」が50万枚を超えるヒットとなり、ドラマの主題歌などにも起用されるなど、一躍音楽界のトップシーンに登り詰めた。

その後3枚のアルバムを発表。1995年にラストアルバムを発表し、バンドは解散。
現在は甲本と真島率いるバンド「↑THE HIGH-LOWS↓」や「クロマニョンズ」での活動など各メンバー精力的な活動を続けている。

THE BLUE HEARTSのメンバー

甲本ヒロト(こうもと ひろと)

ボーカル担当。1963年3月17日生まれ、岡山県岡山市出身。法政大学経済学部中退。愛称は「ヒロト」。
「リンダリンダ」「人にやさしく」「情熱の薔薇」「キスしてほしい」など数多くのヒット曲を手掛けた。

中学生時代、セックス・ピストルズに衝撃を受け、「中学を卒業したら高校へは行かずに、上京してロックンローラーになりたい」と親に言うも、反対される。元々はベーシストに憧れていたが、誰にでも出来るという理由でボーカリストになった。

手足や頭を大きく振って跳んだり、舌を出したり、鼻をほじったり、全裸になったりなど、奇抜なライブパフォーマンスを見せる。 これ等は本人が意図的にしているというよりは、ライブ、ロックを心から楽しんでいるという気持ちから自然に出てくるものである。

パンクやロックだけでなくブルースも好きで、インタビューや歌詞に、多くのブルースミュージシャンの名前が出てくる。

真島昌利(ましま まさとし)

ギター担当。1962年2月20日生まれ、東京都小平市出身。愛称は「マーシー」。

ソングライターとして甲本ヒロトと共に多くのヒット曲を手がけている。THE BLUE HEARTSで作詞・作曲を手がけた主な曲には「TRAIN-TRAIN」「未来は僕等の手の中」「青空」「終わらない歌」などが挙げられる。
トレードマークともいえるバンダナは、キース・リチャーズに影響を受けたものである。ブルーハーツを結成して間もない頃、汗が垂れてこないようにと巻き始めた。
バンドではギターだけでなくボーカルを担当することもある。THE BLUE HEARTSではアルバムに1曲、2曲ほどは真島がボーカルを担当した楽曲が収録されている。

THE BLUE HEARTS解散後は甲本ヒロトらと共にバンド「↑THE HIGH-LOWS↓」「ザ・クロマニヨンズ」を結成し活動している。

※キース・リチャーズ:イギリスのミュージシャン。ローリング・ストーンズのギタリスト。

梶原徹也(かじわら てつや)

ドラム担当。1963年9月26日生まれ、福岡県福岡市出身。愛称は「梶くん」。銀行員だった父親の転勤のため、幼少の頃は九州内を転々として小学生の時に大阪、中学3年まで兵庫県西宮市、高校の3年間は大分県で過ごす。

高校2年生の時、不登校になり家でロックばかり聴いていたが、パンクロックを聞いて「自分も何かをやらなければ」と思い立ちドラムを始めたという。

大学時代は早稲田大学や明治大学のサークルなどで常に3~4つのバンドを掛け持ちしていた。ライブハウスでもぎりのアルバイトをしていた時にTHE BLUE HEARTSに出会う。初代ドラマーの脱退後、甲本ヒロトに電話をしてオーディションを受けた。その時の「1, 2, 3, 4!」とカウントする声が大きく好印象だったため合格し、THE BLUE HEARTSに加入。

THE BLUE HEARTS解散後現在は、元ECHOESの伊藤浩樹らとWarRockというレーベルを立ち上げ、プロデュース活動なども行っている。
※ECHOES:辻仁成を中心に結成されたロックバンド。1981年結成。

河口純之助(かわぐち じゅんのすけ)

ベース担当。1961年4月26日生まれ、東京都世田谷区出身。愛称は「河ちゃん」。
元々はTHE BLUE HEARTSのマネージャーをやる予定だったが、当初のベーシストが脱退、それに代わる形でベースを担当するが、その後正式にバンドに加入。解散後は様々なミュージシャンのプロデュース活動を行っている。
メジャーデビュー前のライブパンフレット、デビュー直後のファンクラブ会報等には本名の「河口宏之」と記載されていたが、その後の全てのメディアに於いて「河口純之助」と記載される事となった。

中学3年生の時に初めてバンドを組み、ギター&ボーカル担当であった。
甲本ヒロト曰く、「出会った頃は痩せていて格好よく、憧れだった」。

THE BLUE HEARTSのディスコグラフィ

THE BLUE HEARTS

1. 未来は僕等の手の中
2. 終わらない歌
3. ノー・ノー・ノー
4. パンク・ロック
5. 街
6. 少年の詩
7. 爆弾が落っこちる時
8. 世界のまん中
9. 裸の王様
10. ダンス・ナンバー
11. 君のため
12. リンダリンダ

THE BLUE HEARTSの1枚目のアルバム。1987年5月21日発表。週間チャート最高31位。彼等のオリジナルアルバムの中で最も勢いがあると言われている。THE BLUE HEARTSを通して収録時間が最も短いアルバム。メジャーデビューシングル「リンダリンダ」をはじめ、「終わらない歌」「未来は僕らの手の中」など多くのヒット曲が収録されており、このアルバムの半分以上の曲が後に発売されるベストアルバムに収録されている。ちなみにこのアルバムではインディーズ時代のシングル「人にやさしく」は収録されていない。

YOUNG AND PRETTY

1. キスしてほしい
2. ロクデナシII
3. スクラップ
4. ロクデナシ
5. ロマンチック
6. ラインを越えて
7. チューインガムをかみながら
8. 遠くまで
9. 星をください
10. レストラン
11. 英雄にあこがれて
12. チェインギャング

THE BLUE HEARTSの2枚目のアルバム。1987年11月21日発表。週間チャート最高10位。収録されている曲の約半分はアマチュア時代に制作した曲である。今作よりプロデューサーに佐久間正英を起用した。このアルバムで初めて真島がメインボーカルを務める曲が収録されたり、キーボードを導入したりなどが新たな試みが見られる。8ビート以外のリズムの楽曲が増えたことにより、レコーディング作業が難航したという。なかなかOKを出さない佐久間に甲本は、「ブルーハーツのレコードなんだから、等身大の技術でええんじゃないの」といった発言をするなど、このアルバムのレコーディングでメンバーは自分達の技術不足を思い知ったという。

※佐久間正英:日本の音楽プロデューサー。ブルーハーツの他にBOØWY、GLAY、JUDY AND MARY、エレファントカシマシ、くるりなど数多くの大物ミュージシャンをプロデュースした。

TRAIN-TRAIN

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