目次

  1. バイオグラフィー
  2. 出生〜レコード・デビュー
  3. フォーク・ヒーローからロック・スターへ
  4. バイク事故〜復活
  5. 1970年代〜ザ・バンドとの活動
  6. 洗礼〜1980年代の多彩な活動
  7. 1990年代〜ネヴァー・エンディング・ツアーの始まり
  8. 21世紀〜ノーベル文学賞受賞
  9. 代表曲
  10. Blowin' In the Wind
  11. Mr. Tambourine Man
  12. Like a Rolling Stone
  13. Knockin' On Heaven's Door
  14. 代表的なアルバム
  15. 『Highwai 61 Revisited』
  16. 『Blonde On Blonde』
  17. 『Planet Waves』
  18. 『Modern Times』
  19. 名言・エピソード
  20. 人生観
  21. 個性的であること
  22. ビートルズ関連
  23. ビートルズ究極の名曲に『I Want To Hold Your Hand』を選曲
  24. ジョージ・ハリスンとの出会い
  25. マリファナ
  26. ローリング・ストーンズ関連
  27. バイク事故
  28. ブーイング

バイオグラフィー

出生〜レコード・デビュー

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1941年5月24日、ミネソタにて出生。出生時の名はロバート・アレン・ジマーマン。幼少時から音楽に強い興味を示し、周囲からもその才能を認められていた。15歳頃には学校の友人達とロックンロールバンドを結成してダンスパーティーなど人前で演奏するようになる。
ミネソタ大学に入学後、フォーク・シンガーとしての活動を開始する。その頃から自らを「ボブ・ディラン」と名乗るようになり、1962年には法律上も名を「ボブ・ディラン」と改めている。

大学在学中に歌手・ウディ・ガスリーへの憧れを強くしたディランは大学を中退し、ガスリーの活動の拠点であるニューヨークへと向かう。1961年1月、ヒッチハイクで大雪のニューヨークに着いたディランは一文無しだったが、グリニッチ・ビレッジのカフェで演奏を重ね、着実に人気を高めていく。

同年9月にニューヨークタイムズが紙面にディラン評を掲載し絶賛、10月にはコロムビア・レコードと正式契約を結ぶ。

フォーク・ヒーローからロック・スターへ

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コロムビア・レコードからのデビュー・アルバム『Bob Dylan』は1962年に発売されたが、セールス的には全くの失敗に終わった。

翌1963年、ディランは代表曲「Blowin' In the Wind」が収録されたセカンド・アルバム『The Freewheelin' Bob Dylan』を発表する。「Blowin' In the Wind」の他、「Master of War」「A Hard Rain's A-Gonna Fall」などの曲で当時のアメリカ社会の実情を巧みに表現したディランは、社会派のフォーク・ヒーローとしての地位を不動のものとする。

社会派のヒーローという周囲の扱いに嫌気がさしていたディランは、ビートルズとの交流を機にロックで自己を表現することを決意する。

ロックへの転換を試みたディランは1965年に『Highway 61 Revisited』、翌1966年には『Blonde On Blonde』といったロック史に残る傑作を次々と発表し、ロック・スターとしてビートルズやローリング・ストーンズと並び称される存在となった。

バイク事故〜復活

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傑作を次々と発表し、順調かに見えたディランの活動に暗雲が立ち込める。1966年7月、バイクを運転中に転倒事故を起こしてしまうのである。これを機にディランは1年以上に渡り表立った活動を休止する。

活動休止期間中、ディランは自身のバックバンド、ザ・ホークス(後のザ・バンド)と共にてセッションを行い、膨大な量の楽曲を録音していた。このセッションにおいて、ディランはまたも音楽性の方向転換を図る。カントリー、ロカビリー、ブルース、ゴスペルといったアメリカン・ルーツ・ミュージックの要素を取り入れ、全く新しいスタイルを作り上げていたのである。

1968頃には、多くのミュージシャンがディランのこの新しいスタイルを取り入れ、以降のロック・ミュージックの主流なスタイルとなった。

1970年代〜ザ・バンドとの活動

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ホークスは1968年にザ・バンドとしてデビューして1970年代前半にかけて次々と傑作を発表し、自身もロック界での名声を確かなものとしていた。

1974年、ディランはビッグネームとなったザ・バンドを迎えて『Planet Waves』を発表する。同作はディラン初の全米第1位アルバムとなった。両者はアルバム発売と同時に北米ツアーを敢行し、大きな成功を収めた。

ザ・バンドは1976年に大規模な解散コンサート「Last Waltz」を開催する。エリック・クラプトン、ニール・ヤング、リンゴ・スターらが参加した同コンサートに出演したディランは、「Forever Young」などで素晴らしい演奏を披露している。

洗礼〜1980年代の多彩な活動

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トラヴェリング・ウィルベリーズ

1978年に行われたワールド・ツアー終了後、ディランはキリスト教の洗礼を受ける。キリスト教の影響は作風にも顕著に表れ、『Slow Train Coming』(1979年)、『Saved』(1980年)、『Shot of Love』(1981年)と、「キリスト教三部作」とも呼ばれる作品群を発表していく。

この当時のライブ・ツアーでは自身のヒット曲を一切歌わずに、キリスト教信仰に基づいた自作のゴスペル・ソングだけでステージを構成し、聴衆から激しいブーイングを浴びるなどした。

1983年に2年ぶりのアルバム『Infideis』をリリース。タイトルは「無神論者」の意味を有し、内容もキリスト教色の強いものではなくなっていた。

再びロックのメインストリームに戻ったディランは、1985年のライブ・エイドでローリング・ストーンズのキース・リチャーズとロン・ウッドをバックにトリを務めたり、1987年にはU2のライブに飛び入り参加したりと、有名ミュージシャンとの共演を果たしていく。

1988年にはジョージ・ハリスン、ロイ・オービンソン、ジェフ・リン、トム・ペティという大物ばかりで結成した覆面バンド「Traveling Wilburys」を結成し、アルバム2枚を発表している。

1990年代〜ネヴァー・エンディング・ツアーの始まり

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1988年からは、小編成のバンドでの即興性を重視した「ネヴァー・エンディング・ツアー」を開始する。演奏曲目が毎回異なるステージを年間100公演以上も披露するこのツアーは現在までも続いている。

1990年代には大きなイベントへの出演が多く、クリントン大統領就任記念コンサートや、ロックンロール・ホール・オブ・フェイム創立記念コンサートに出演している。また、イタリアでの世界聖餐祝賀会ではローマ法王ヨハネ・パウロ2世と20万人を超える大観衆に歌声を披露している。

21世紀〜ノーベル文学賞受賞

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21世紀に入ってもツアー、レコーディング共に精力的な活動は続き、コンスタントに新作をリリースし続けている。中でも2006年に発表した『Modern Times』は1976年の『Desire』以来、30年ぶりの全米No.1アルバムとなり、グラミー賞も受賞するなど高い評価を得た。

2016年、スウェーデン・アカデミーはディランへのノーベル文学賞授与を決定。受賞理由は「偉大なるアメリカ音楽の伝統の中で新たな詩的表現を生み出した功績による」というものだった。

ノーベル文学賞の受賞について、ディランは非常に喜んでいると伝えられてはいるが、受賞決定後2週間も何らコメントを発表しなかった。また、授賞式には「先約がある」ため欠席する旨がスウェーデン・アカデミーに伝えられた。

代表曲

Blowin' In the Wind