目次

  1. バンド・ヒストリー
  2. 初期(1972-1974)
  3. 第一次黄金期(1974年-1979年)
  4. 第二次黄金期(1980年-1986年)
  5. 後期(1987年-1991年)
  6. フレディ死後
  7. メンバー
  8. フレディ・マーキュリー(Freddie Mercury)
  9. ブライアン・メイ(Brian May)
  10. ロジャー・テイラー(Roger Taylor)
  11. ジョン・ディーコン(John Deacon)
  12. 代表アルバム
  13. Sheer Heart Attack
  14. A Night At The Opera (邦題:オペラ座の夜)
  15. News of The World(邦題:世界に捧ぐ)
  16. The Game
  17. The Works
  18. Kind of Magic
  19. Innuendo
  20. 代表曲
  21. Killer Queen
  22. Bohemian Rhapsody
  23. Somebody to Love
  24. We Are The Champion
  25. We Will Rock You
  26. Bicycle Race
  27. Crazy Little Thing Called Love(邦題:愛と言う名の欲望)
  28. Under Pressure
  29. Radio Ga Ga
  30. The Show Must Go On
  31. エピソード
  32. ライブパフォーマンス
  33. カリスマ
  34. 衣装
  35. フレディの声
  36. 親日家
  37. フレディの死

バンド・ヒストリー

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ブライアン・メイとロジャー・テイラーのバンド「スマイル」に、フレディー・マーキュリーが1970年に加入し、バンド名を「Queen」と名乗り始めるが、Queenの英公式サイトでは、ジョン・ディーコンが加入した1971年2月をもって正式なバンド結成としている。

初期(1972-1974)

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1972年、グループはトライデント傘下のネプチューン・プロダクションのマネージメントを受ける事で、アルバム制作に取り掛かった。この契約により、当時ビートルズやエルトン・ジョンなどが使っていた、最先端の制作機材を使う事が出来る事になった。
翌1973年、最初のアルバム「QUEEN」(邦題:戦慄の女王)をリリースする。ヘビーメタルとプログレッシブ・ロックから影響を受けているとされるこのアルバムは、メディアの評判は芳しくなかった。
更に翌年、セカンドアルバム「QUEENⅡ」をリリース。評論家からの評価は、相変わらずぱっとしなかったが、英アルバムチャート5位にランクされ、ヒット作となった

第一次黄金期(1974年-1979年)

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この6年間で、Queenは5枚のアルバムと23枚のシングルを発表する。リリースされたシングルの中には、「Bohemian Rhapsody」、「Somebody to Love」(邦題:愛にすべてを)、「We Are The Champion」、「We Will Rock You」など、その後世界中で長く聞かれることになる名曲が数多く含まれている。この時期にQueenは、世界的なロックバンドとしての地位を確立した。

第二次黄金期(1980年-1986年)

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第二期黄金期と呼ばれる80年代前半に、5枚のアルバムをリリース。特に、1980年発表のアルバム「The Game」よりカットされたシングル「Another One Bites The Dust」は、全米1位になり、「ファンク」「ソウル」と言った部門でも1位を記録するなど、アメリカにおいてQueen最大のヒット作になった。
この80年代前半の活動を特徴付けているのは、大規模なライブ活動だろう。1985年に行われたリオデジャネイロでのライブは、2日間で観客動員数60万人と言う驚異的な記録を作り出す。また、ウェンブリー・スタジアムでは、2日間で15万人ネブワース・パークでは、一日で30万人と言う記録を作り出しており、ライブパフォーマンスとしてのQueenの名前を一段と高めた。
しかし、1984年を境に、各メンバーがソロ活動に専念する時期もあり、グループとしては不安定な時代でもあった。
また、フレディ・マーキュリーの体調不安から、1986年のネブワースでのライブを境にライブ活動を休止。結局、これがフレディーを含めた4人での最後のライブとなった。

後期(1987年-1991年)

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ソロ活動を行っていたメンバーが再集結し、アルバム「The Miracle」を1989年に発表。全英アルバムチャート1位。シングル「I Want It All」は全英3位を記録。Queenの健在ぶりをアピールした。
しかし、アルバムに伴うツアーは行わない事をグループは発表。以前から噂になっていた、フレディがHIVに感染している事を匂わせる事になったが、本人はあくまでも否定する。
しかし、フレディの体は病魔に蝕まれていた。1991年発表のアルバム「Innuendo」が、フレディ在籍時の最後のアルバムとなってしまった。
1991年11月23日、スポークスマンを通して自身がAIDS患者であることを声明文で発表。翌11月24日、他界した。

フレディ死後

Queenのアイコンとも言うべきフレディの死は、グループ活動にも大きな影響を及ぼしている。正式には、グループとしては解散されてはおらず現在も活動中とされているが、ディーコンが2011年に引退を表明、1995年発表のアルバム「Made in Heaven」が、現時点でこのアルバムが最後の物となっている。

メンバー

フレディ・マーキュリー(Freddie Mercury)

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1946年9月5日生まれ 担当:ボーカル
英領東アフリカ(現・タンザニア)のザンジバルに生まれる。本名・両Farrokh Bulsara(ファルーク・バルサラ)。両親はペルシャ系インド人。幼年期にインドに移住、そこで少年時代を過ごす。ムンバイの英国式パブリックスクールに在学中にロック・ミュージックに興味を持ち、複数のバンドで、ボーカルとビアにストとして活躍。
17歳の時にロンドンに移住。ウェスト・ロンドンにあるアイルワース工業高校に進学後、イーリング・アート・カレッジで芸術とグラフィックデザインを学んだ。後に、この時に学んだデザインの知識で、非常に特徴的なステージ衣装をデザインしている。
1970年にQueenに加入後、バンドのボーカルとして活躍。また、「Bohemian Rhapsody」、「Killer Queen」、「We Are The Champion」などの、後世に残る名曲を作曲したのも彼である。
彼のライブパフォーマンスは常に注目を集め、数々の評論家やアーティストから絶賛されている。
1991年12月24日、AIDSにより他界。

ブライアン・メイ(Brian May)

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1947年7月19日生まれ 担当:リードギター、ボーカル
ミドルセックス州ハンプトン出身。
インペリアル・カレッジ・ロンドンで学び、大学院では宇宙工学を終了。Queen活動初期は、中学校の教師として教鞭をとっていた。後に、2007年から天体物理学の博士課程に在籍し、母校のインペリアル・カレッジ・ロンドンで博士号を授与されている。
彼のギタープレイの特徴として、ピックを使う代わりに6ペンスコインやオーストラリアの5セントコインを用いる。
また、彼のギターは、オールハンドメイドで、「レッド・スペシャル」と呼ばれている。これは、ブライアンが16歳の頃から父ハロルドと一緒に5年かけて作った。楽器職人では無い二人が作ったカスタムメイドで、独特なサウンドを奏でるとともに、非常に弾きづらいとも言われている。
バンド内においては、「We Will Rock You」や「I Want It All」、「Save Me」を作曲している。
現在はソロ活動を中心に行っているが、2006年に「BANG! 宇宙の起源と進化の不思議」を執筆。2014年には天文学学会で講演を行うなど、学術活動にも積極的に参加している。
「ローリングストーン誌の選ぶ、歴史上最も偉大な100人のギタリスト」で39位。