目次

  1. バーチャルボーイとは
  2. バーチャル・ユートピア計画
  3. 販売は不振
  4. ゲーム機ではなく「おもしろいおもちゃ」
  5. TAS動画
  6. 関連リンク

バーチャルボーイとは

CM集

バーチャルボーイ(VIRTUAL BOY)は、任天堂が発売した3Dゲーム機。横井軍平が発案、開発。
テーブルトップ型で、原則1人プレイ。左と右で独立した映像を映すことにより、3D映像を実現しています。
1995年7月21日発売、希望小売価格15,000円。全世界累計出荷台数は77万台。

バーチャル・ユートピア計画

Virtualboy title

バーチャルボーイの開発コードネームは「VUE」で、これは「Virtual Utopia Experience」の略です。当時流行しはじめていた「バーチャル・リアリティ」の技術を遊びに活かし、「現実性はどこにもない、全く別の面白い世界、夢幻郷を創るんだ」という、開発者である横井軍平氏の考えから名付けられました。

ギャラクティックピンボール

また氏は、ゲーム業界がCPU競争、グラフィック競争に偏ってしまっていた現状を憂い、「もう一度ゲームのアイディアを1からそこで使えるようなになるもの」「一過性の商品でなく、息が長い商品」の開発を目標としました。そのためにこれまでとは別の新規ユーザーの開拓を目指しました。本体と同時に販売された「ギャラクティックピンボール」などは、何の説明も要らずに誰でもできるという、まさに新たなユーザー獲得にはもってこいのゲームでした。

販売は不振

しかしバーチャルボーイの売り上げは予想に反して、ほとんど伸びませんでした。任天堂は年間300万台を目標としていましたが、国内では15万台、アメリカでも70万台ほど。ソフトも国内での販売は1995年で止まっており、有力なサードパーティの参加もありませんでした。対戦型のゲームも結局リリースされず、搭載されていた通信機能も活かされないままに終わりました。

Ps ridge

プレイステーションの「リッジレーサー」

結局、当時主流となっていた「プレイステーション」や「セガサターン」などの高CPU・高グラフィックゲーム機には太刀打ちできず、原点回帰というコンセプトはユーザーに受け入れられずに終わった形となりました。

ゲーム機ではなく「おもしろいおもちゃ」

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任天堂の宮本茂氏は、「間違っていたのは商品ではなく、その位置づけだった」と言います。つまり、ゲームのプラットフォームとして考えると失敗でしたが、本機を「おもしろいおもちゃ」と位置付ければ、5万台も売れれば大成功だったと。これが失敗と見られるのは、やはり任天堂がそれだけ大きなゲーム会社だったからということかもしれません。

WWW.NINTENDO.CO.JP

TAS動画

マリオズテニス

マリオクラッシュ

スペースインベーダー バーチャルコレクション

関連リンク

RENOTE.JP