憂いをおびた子どもと動物 酒井駒子の童画にせまる

絵本作家の酒井駒子を知っていますか?名前を憶えていなくても、その童画を目にしたことがある人は、意外と多いのではないでしょうか。
黒を下地にして描いた、子どもや動物の姿は寂しげではあるけれど、不思議とストーリーと共鳴していて、一度見てしまうと忘れることができません。
大人の私たちが愉しむために描かれているのではないか――そんな錯覚をおこしてしまう装画と挿絵をみていきましょう。

使うなんてもったいない?9月に発売された特殊切手『童画のノスタルジーシリーズ』

絵本『ロンパーちゃんとふうせん』の主人公が目を引く、特殊切手「童画のノスタルジーシリーズ」の第一集。太鼓をたたく男の子に、天使の羽を背負った女の子。幼子だから、もちろん可愛いんだけれど、手をふれることに躊躇してしまうような印象を受けませんか?
酒井駒子は、「子ども=元気」という常識を心地よく裏切ってくれます。憂いなのか、寂しげなのか、どちらとも言い切れない表情は、時に切なくかんじることもあります。しかし、溌剌とした子どもの絵に食傷気味の人ならば、このテイストがしっくり馴染むのではないでしょうか。

アニメ化された『RDG レッドデータガール』 頭のなかで動きだす泉水子

荻原規子原作の『RDG レッドデータガール』の主人公・泉水子を描いたのも酒井駒子です。
現代ファンタジーと呼ばれるだけあって、物語を読みすすめると、次から次へと新たな人物が登場し、そのたびに泉水子には試練がおとずれます。どんくさいけれど、敵に立ち向かう姿は健気で、読者はしらずしらずのうちに応援したくなります。本にどっぷり浸かっているのに、頭のなかでは表紙の女子高生が笑ったり、怒ったりする姿を想像してしまうのです。
10代の脆さ、危うさを表現したような泉水子の姿は、荻原規子が作りこんだ人物設定に、読者がイメージしている主人公にピッタリとはまっています。

単純に児童向けと言い切れないのが、酒井が文と絵を手がけた作品『BとIとRとD』です。2004年12月からの2年間、雑誌『MOE』に連載していたものを全面改稿したもので、□(しかく)ちゃんという幼稚園児が主人公のショートストーリーです。
デザイン本のようなテイストは、子どもがよろこんで受け取るようなものではありません。絵本と読みものの中間に位置するもので、学校の図書室よりは、カフェの本棚に挿されているほうが似合いそうな一冊です。

普遍的なテーマを扱った 夢のコラボ絵本『くまとやまねこ』

最後に紹介するのは、絵本『くまとやまねこ』です。文は児童文学作家の湯本香樹実、絵を酒井駒子が担当した作品で、テーマは友だちの死と、残されたものの再生を扱っています。このことだけ書くと、読むのをためらってしまいそうですね。
しかし、湯本の巧妙なストーリー展開と語り口、酒井の繊細かつ重厚な絵によって、心のなかで大切に閉まっておきたくなるような絵本に仕上がっています。

あのとき、くまはことりのために、きれいな葉っぱをあつめたのでした。
ぬけてしまったおばねのかわりに、おしりに葉っぱをむすびつけてあげると、
ことりはとてもよろこびました。色とりどりの葉っぱをみようと、
うしろむきにくるくるまわっていたことりのすがたが目にうかび、
くまはすこし、にっこりしました。
―本文より引用

子どもが読むだけでは「もったいない」絵本があります。それは翻訳された作品に多くみられるのですが、酒井駒子が作りだす世界も大人のほうが魅了されているように感じます。太陽ではなく、月のように心を静める美しい童画をこれからも描きつづけてほしいものです。

くまとやまねこ
文:湯本香樹実
絵:酒井駒子
発行所:河出書房新社

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