目次

  1. 経歴
  2. 「WATER」のエピソードの後
  3. 先生との絆
  4. 見えなくとも、聞こえなくとも感じる
  5. トリビア・電話の発明者と知人だった!?
  6. トリビア・嗅覚が鋭かった
  7. 最後に

経歴

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1880年アメリカのアラバマ州にて誕生。歩くのも言葉を話すのもむしろ早く、「こんにちは」「お茶、お茶」といった単語を発していた。しかし2歳のとき高熱にかかる。これが元で光も音も、言葉さえも失い「三重苦」の状態に。非常にワガママに育つが、アン・サリバンの根気強い教育により指文字、言葉を覚えていく。その後盲学校や聾学校、ケンブリッジ女学院にまでに通い、発声も可能に。1904年ラドクリフ女子大学卒業。1905年には結婚し、4年後には社会党に入る。教育家にして社会福祉活動家でもあり、数多くの政治・人道的活動に参加する。1968年没。

「WATER」のエピソードの後

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初めは指に「DOLL(人形)」と書いても理解できなかった子が・・・。

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「名前がある」ことを知った瞬間

ポンプから流れる水に触れた後、サリバン先生による指文字で「WATER」と書かれて、「今手を流れているこれが「WATER」だ。物には名前があるんだ」と学んだ彼女。他にもこんな話があります。ビーズを順番に糸に通すという訓練をしていた際。ちょっと順序が分からなくなったかこんがらがったのか、「うーむ・・・」と考え込んでしまいました。そしてサリバン先生はどうしたか。彼女の額に「THINK(考える)」と書いたのです。本人曰く稲妻のように分かったことは、「頭の中で起きているこれが、考えるということ」でした。どんな時にも教育の機会を逃さないサリバン先生、片時も離れずに見守っていたんですね。

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先生との絆

そういうわけもあってか、ヘレンは成人してもサリバン先生を慕い続けました。ケンブリッジ女学院に入学しても退学したのは、教育方針を巡って先生と校長が対立したため。結婚しても一緒に住み続けたほどです。まだ少女の頃、ヘレンは先生に尋ねました。「愛とは何ですか?」すると先生は、彼女の心臓のあたりをつついたそうです。

見えなくとも、聞こえなくとも感じる

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ドドドドド・・・

さて、ある時ナイアガラの滝へとやってきたヘレン。他者から「分かりますか?」と尋ねられた時、こう答えました。「確かに、何も見えないし、聞こえないわ。でも空気の振動、迫力なんかは伝わるの。この感覚をどう現したらいいか分からないくらいにね」カッコイイ・・・。

トリビア・電話の発明者と知人だった!?

サリバン先生を紹介したのは、電話を発明したグラハム・ベル氏でした。指文字を覚え、単語の習得に熱心になったヘレンは12歳頃には有名になっていたようで、ベル氏は「普通の子としての生活をさせてあげたい」と、動物園や万博などに連れて行ったそうです。無論、サリバン先生の付添ありで。特別に展示品に触れる許可も得ていたそうで、後年「指で万博の素晴らしさを知った」と語っています。ベルさん、カッコイイ!

トリビア・嗅覚が鋭かった

視覚、聴覚を失った分、それを補うように嗅覚が発達し、においで人を識別していたとのことです。

最後に

「幸せの扉が開くと、次の扉が開く。でも、閉じた扉を見つめているから、新しい扉に気づかない」
「世界は英雄のみではなく、誠実に働く一人一人の小さなひと押しでも動く」
「私は一人の人間に過ぎないが、同時に一人人間ではある。何もかもはできなくとも、何かはできる。だから、できることはする」

出典: KAJIPON.SAKURA.NE.JP

ワガママ放題の上手づかみで食事していた少女が、数多くの名言を残す女性福祉家に成長しました。それはサリバン先生やベル氏、そして家族の協力あればこそでしょう。彼女ほどの苦難を背負っていなくとも、みな歩こうと、羽ばたこうとしているのです。