目次

  1. ベートーベンの手紙
  2. クライスラー若かりし頃
  3. 「ロッシーニステーキ」考案者の秘密
  4. シューベルト『魔王』に関する話
  5. ベートーベンとシューベルト
  6. だけどやっぱり、偉人

ベートーベンの手紙

ベートーベンが知人にあてたある手紙が発見されて、90万円の値が付きました。気になるその内容は、「お金がなくて困ってるんだ」・・・値段がついた時、天国で彼は何を思ったでしょうか?

クライスラー若かりし頃

オーストリアが生んだヴァイオリニストにして作曲家、クライスラー。彼はヴァイオリニストとして出発したようですが、「どこそこの屋根裏で見つけた、知られざる天才の譜面」だことの、「どこそこにあったモーツァルトの未発表作」だのをよく演奏していました。が、晩年になり驚くべき真相を告白。「知られざる天才だとかモーツァルトの未発表作とか言ったけど、わしが作ったんだよね」・・・ぺーぺーの若造の曲なんて誰も聞いちゃくれないだろう、ということなんでしょうが、「天才」とか「モーツァルト級」とかいって通るんだから、かなりのものです。色々な意味で凄い心臓の持ち主です。歴史に名前と作品を残す人はやっぱり違います。

「ロッシーニステーキ」考案者の秘密

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ロッシーニは「ロッシーニステーキ」なるものの考案者です。というか、彼が追求した結果残ったものにその名がついただけなんでしょうが。ロッシーニは美食家としても知られるようですが、実は『セビリヤの理髪師』などを書いて大儲けした後「もう作曲活動いいや、うまいもん食おう」とばかり美食を追うようになったようです。最終的には食べ過ぎが元で体壊して亡くなったほどです。物には限度があるだろう、と言いたくなりますが、ステーキにフォアグラとトリュフ乗っけるとか、いろいろやり過ぎていて逆に感心します。音楽の功績は別として。

シューベルト『魔王』に関する話

シューベルトがゲーテの『魔王』に曲を付けた話は有名ですが、出版社に譜面を送った際、担当者は間違えて、当時有名だった別のシューベルト(作曲家)に返事を送ってしまった、という裏話があります。「ワシの名前でこんなくだらん曲を発表するとは、どこのアホンダラだ!!」と楽譜を突っ返したとか。後年、『魔王』作曲者の方が有名になるんだから皮肉なものです。

ベートーベンとシューベルト

ベートーベンとシューベルトは面識があります。しかし、既に聴力を失っていたベートーベンと、まだ若くて緊張しっぱなしだったシューベルト。「どうしよう、ベートーベンさんと会っちゃった・・・何話そう・・・」と思っていたのかどうかは知りませんが、とにかく自作の楽譜をプレゼント。ベートーベンは「自分は耳が聞こえないから、何か書いて」と鉛筆と紙を・・・渡そうとした途端、シューベルトはあわてて帰って行ったというお話。憧れの人が目の前にいて、急にアクションしたからってビビリすぎです。二人が会ったのはこの時だけだったそうです。もったいない・・・。

だけどやっぱり、偉人

いろいろ書きましたが、やっぱり死後100年以上経っても慕われているのだから、偉人とは大したものです。時に死ぬまで何かを追求し、時に騙ってまでチャンスを得、憧れの人から逃げ出すほど繊細・・・そんな愛すべき音楽家たちの名曲が色あせることはないでしょう。人類が存在する限り。