目次

  1. ウルトラの父がいるなら、ジャパレゲの父はこの男だ!!
  2. Rankin Taxi YOROKOBI NO UTA
  3. 誰にも見えない、匂いもない 2011
  4. 実の娘をナンパ
  5. ジャマイカ事情

ウルトラの父がいるなら、ジャパレゲの父はこの男だ!!

1983年、ランキン・タクシーこと白浜隆は、レゲエ好きのサラリーマン。
ジャマイカで開催されていた大規模なレゲエ・ミュージック・フェスティバル「サンスプラッシュ」を観に行く観光ツアーに参加。
この時の体験が彼の人生を大きく転換することになります。
生まれて初めての野外ディスコ=サウンドシステムに感銘を受け「こんなに気持良くてスリリングな世界があるのか・・・! ぜひこれを日本でもやりたい!」と思い立ったのが始まりでした。

とにかくガツーンとやられてしまった彼は帰国後、サラリーマンを続けながら、ぎこちなくも深夜のクラブで1人、レゲエDJをスタート。
まだ1人も日本人レゲエDJなどいない時のことですよ!
詳しく話を聞かないまでも、これがいかに大変なことかが分かりますよね?

出典: BLOGS.YAHOO.CO.JP

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ジャパレゲの第一人者【Rankin Taxi】ジャパレゲを語る上で欠かせない人物だ!

レゲエ・ムーヴメントの主導者であり、日本のレゲエ・シーンを牽引し続けているジャパニーズ・レゲエ界のオリジネーター、ランキン・タクシー。
83年にジャマイカのサウンド・システムに衝撃を受けて以来、日本に真のレゲエ・ミュージックを伝導し続け、今年55歳となったボヨヨン・オヤジ。

88年にサウンド・システム・クルー=TAXI HiFiを結成し、レゲエDJとしても精力的に作品を作り続けてきた、いわば日本レゲエ界の第一人者であり、更には、若手発掘レーベル〔BASS KULCHA〕を立ち上げ、新人アーティストの作品を積極的にリリースするなどレゲエ界の若手育成にも力を注ぎ続けてきた。
そのレゲエに対してのアプローチは、真摯かつユーモアに溢れているが、ときに過激でもあり、まさにレベル・ミュージックの体現者としての一面も持ち合わせている逸材である。その言動は多くのアーティストに影響を与えており、リスペクトしている支持者は多数存在する。

出典: IFLYER.TV

Rankin Taxi YOROKOBI NO UTA

シンプルなメロディに真っ直ぐなリリックが心に響き、とても癒されますね。

誰にも見えない、匂いもない 2011

わかりやすく放射能、原発事故を歌ってくれてます。

実の娘をナンパ

ホントの話、実の娘をナンパした物語を歌っています。思わず笑ってしまうようなリリックですが、「ボブマーリーのお導き」だそうです(笑)。

ジャマイカ事情

レゲエのことを知らない人にとっては、“ただのおっさんか”だと思ってしまうかもしれないが、実はランキン・タクシー、ジャパニーズ・レゲエの礎を築いたといっても過言ではないジャパレゲ界の重鎮。ジャマイカで知っている日本人の名前を挙げてもらうと、あの総理大臣や、あの大リーガーでもなく、まず彼の名前が上がるというほどのDeeJayなのだ。
そんな彼の影響から、NAHKI、Chappie、BOOGIE MAN、PAPA U-GEEなどが現れ始めた。90年前半 Rankin Taxiがサウンドシステム『Taxi Hi Fi』を構築。
今後の『MITGHY CROWN』など全てのサウンドの原点となった。このころ、日本人DJが海外に武者修行に出る。日本では DANCEHALLが現れ始める。

ランキンタクシーがいなければ、日本でレゲエが生まれなかったかもしれません。

出典: BLOGS.YAHOO.CO.JP