そのむかし雑誌『週刊新潮』の表紙を飾り、一昔前のノスタルジーを贈り続けた「谷内六郎」

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谷内六郎(1921-1981)東京生まれ。幼少より喘息で入退院を繰返すが、絵筆は離さず、10代の頃から新聞・雑誌にイラストや漫画が掲載される。55年、文藝春秋第一回漫画賞を受賞。56年の『週刊新潮』創刊と同時に表紙絵を担当し、81年の死去まで26年間発表を続ける。また、壁画やろうけつ染、絵本などの作品も多く残す。ねむの木学園などの養護学校とも交流し、絵の指導などを行い福祉活動にも力を注いだ。

谷内六郎は1956年から26年間『週刊新潮』の表紙絵を描き続けました。描かれた原画の総数は1336枚にものぼります。画風はいわゆる“上手な絵”という感じではなく、言い方は悪いかも知れませんがまるで子供が描いたような“素朴な絵”という印象を感じさせていました。その絵のタッチが観る人に何とも言えない親近感を与えたのではないでしょうか。誰もが「そうそう昔はこんな情景だったなあ」と感じさせる郷愁や、子供の頃のお化けとか妙な看板などに対する恐怖がノスタルジックな空気と共に描かれていてとても懐かしいのです。

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『週刊新潮』にはほぼ毎回400字程度の「表紙の言葉」が添えられていて谷内六郎さんの目のフィルターを通して表紙絵に込められた思いや当時の社会を見つめていた眼差しを垣間見ることが出来ます。

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谷内六郎の世界は油絵の具での表現が主なのですが、週刊雑誌の表紙の絵を描くのに乾きが遅い油絵の具は中々使えないと思われるのです。谷内六郎さんが油絵の具を主に使った理由もまた単純で「油絵の具があったから」だったと聞きます。そういったシンプルな背景の全てが谷内六郎さんの世界というべきなのかも知れません。

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子供の頃、テレビを観ていると次週の『週刊新潮』発売のコマーシャルが童謡「赤とんぼ」のピアノ演奏を背景に流れる時があって、谷内六郎さんの絵の表紙がテレビ画面に映っていました。今思い出すと谷内六郎さんの絵だけではなくそんなコマーシャルも含めて懐かしさがこみ上げてきます。

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