谷内六郎は1956年から26年間『週刊新潮』の表紙絵を描き続けました。描かれた原画の総数は1336枚にものぼります。画風はいわゆる“上手な絵”という感じではなく、言い方は悪いかも知れませんがまるで子供が描いたような“素朴な絵”という印象を感じさせていました。その絵のタッチが観る人に何とも言えない親近感を与えたのではないでしょうか。誰もが「そうそう昔はこんな情景だったなあ」と感じさせる郷愁や、子供の頃のお化けとか妙な看板などに対する恐怖がノスタルジックな空気と共に描かれていてとても懐かしいのです。

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『週刊新潮』にはほぼ毎回400字程度の「表紙の言葉」が添えられていて谷内六郎さんの目のフィルターを通して表紙絵に込められた思いや当時の社会を見つめていた眼差しを垣間見ることが出来ます。

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谷内六郎の世界は油絵の具での表現が主なのですが、週刊雑誌の表紙の絵を描くのに乾きが遅い油絵の具は中々使えないと思われるのです。谷内六郎さんが油絵の具を主に使った理由もまた単純で「油絵の具があったから」だったと聞きます。そういったシンプルな背景の全てが谷内六郎さんの世界というべきなのかも知れません。

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子供の頃、テレビを観ていると次週の『週刊新潮』発売のコマーシャルが童謡「赤とんぼ」のピアノ演奏を背景に流れる時があって、谷内六郎さんの絵の表紙がテレビ画面に映っていました。今思い出すと谷内六郎さんの絵だけではなくそんなコマーシャルも含めて懐かしさがこみ上げてきます。