目次

  1. ATARI とは
  2. 対応ソフト
  3. 日本では
  4. アタリショック
  5. まとめ

ATARI とは

Pac man

米国のアタリ社が出したゲームハードなので、ATARI。簡単ですね。発売は1977年。正式名称は、『Video Computer System』であり、「ATARI VCS」という通称でした。
では、2600とは何かというと、これは82年に後継機のATARI5200が出たための改称によるものです。

対応ソフト

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そんなATARIを爆発的に拡散させたのが、1980年のインベーダーでした。
もともとアーケードゲームで大人気だったインベーダーが、家庭で遊べるようになる、という衝撃的なソフトに、まさしく全米は震撼。更にはパックマンが移植されたことで知名度はさらに爆発。アメリカではファミコン以上の伝説的ハードでした。

日本では

日本でも1979年にエポック社から発売されました。しかし、上記のようにハード自体がヒットしだすのはインベーダーやパックマンが発売されてから。そうなると、日本では1983年のファミコンが控えているという状態でした。
そのためか、日本ではATARIはそれほどヒットを見せませんでした。もしファミコンの発売が遅れていたら、もしかしたらATARIの数々の後継機が発売されていたかもしれませんね。

アタリショック

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ATARIを語る上で外せないのは、アタリショックと呼ばれる事件の存在です。アメリカでは「Video Game Over」と呼ばれ、要はATARIの大ヒットを過信したソフトの過剰生産による赤字事件です。前述のパックマンも、稼働本体数以上のソフトを生産するという暴挙や、機器さえあれば企業でなくともソフトを製作・販売できるという仕様によるゲームの粗製濫造が悲劇を呼びました。
中でもE.T.がその引き金を引いたと有名です。
盛者必滅、栄枯盛衰ということですね。

まとめ

果たして、ATARIのヒットは終了し、その後、史上はファミコンが台頭、その他ハードが続々登場の時代となるわけです。
かといって、決してATARIが忘れ去られたわけではありません。未だにこれを愛する人もいます。日本ではあまり知名度がなく、あってもアタリショックのことと思われがちですが、実際は時代にしっかりと名を残した名作ハードだったのです。