目次

  1. 日本で唯一、四方懸け造りの笠森観音
  2. 日本各地の懸け造り
  3. 懸け造りの誕生
  4. 笠森観音の土台

日本で唯一、四方懸け造りの笠森観音

笠森観音は四方懸け造りという日本で唯一の建築で、
国の重要文化財に指定されてます。

懸け造りというのは急峻な崖などに建築物を建てなければならない時に、
足下駄を組んでその上に寺社部分を建てるのですが、
このような作りの寺社建築は日本に数あって、しかし四方ぐるりと下駄を履いているのは、
日本でも笠森観音だけです。

正式名称は「天台宗・別格大本山笠森寺」
伝教大師最澄上人が楠の霊木で十一面観音菩薩を刻み山上に開基
観音堂は長元元年(1028)年 後一条天皇の勅願により建立
その後1度焼失し、現在の建物は解体修理の際発見された墨書銘から文禄年間(1592年-1595年)
の再建とされています。観音堂の 75段の階段を上がった回廊からは、四季それぞれに美しい房総の山々が
眼下に眺められ、その景観は一見に価する。他にも重要文化財の鋳銅唐草文釣燈籠など
多くの文化財も残されています。

明治41年 建築様式「四方懸造(かけづくり)」として国宝指定
昭和45年(1950)年 「国指定重要文化財」に指定

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日本各地の懸け造り

日本の懸け造り工法の有名な例を挙げてみました。

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京都府 清水寺本堂

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奈良県 東大寺二月堂

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滋賀県 石山寺本堂

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奈良県 室生寺金堂

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京都府 醍醐寺如意輪堂

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兵庫県 圓教寺摩尼殿

懸け造りの誕生

華厳経典によると、観音菩薩はインド南方の海上にあるとされる「補陀落(ふだらく)山」に住むとあり、
日本でも熊野などの山岳地帯を浄土の「補陀落山」に見立てて霊場が開かれるようになりましたが、
観音信仰が広まるにつれ、各地で岩山を浄土と見立てて、その上に仏堂を作るようになりました。

それが信仰の広がりとともに本堂に礼堂や庇部分が付け足され、
崖に向かって張り出した部分を水平に保つために崖や斜面の角度に合わせて束柱を立て、
貫でつなぎ、楔を打って固定するようになり、自然と懸け造りになっていったのです。
 
その際、建物を支える束柱は建物本体に使用されている柱よりも太さを細くする必要があり、
建物を何本もの細い柱の集合力で支えるために、 
現代でも建築構造の理論として採用されているラーメン構造とも呼ぶべき、
縦横に建材を組んで直角に接合する工法が発達しました。

釘1本使わずに空中に床を作り、大陸では類例のないこの工法は、
木材建築が主流の日本ならではの建築様式の発達例と言えましょう。
 
建築例の中でも工具の未発達な古い時代のものには、
どうやって建立したのか詳細の不明なものもあります。

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木材ゆえに横の貫などは腐食しやすく、それを防ぐために京都の清水寺では板で傘状の屋根を作って、
雨による痛みを防いでいる例もあります。

笠森観音の土台

このように懸造は、本堂が造られた後に付加されるため建物の前面にあるのが普通ですが、
鎌倉時代に建立された笠森観音堂は、はじめから岩山の頂上に造立されました。
周りを61本の束柱で支えた床高16mで、四方懸造といわれる特異な形態です。

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土台の岩は砂岩です。とても柔らかそうな、もろそうな岩に建てられていることが奇跡のようです。
正直、ここに建築を決定した人の正気を疑ってしまいますが、それは現代人のものの考え方で、
仏にすがる当時の信仰の強さ、象徴的な寺社建立に懸ける人々の熱意と意気込みが伺えると思います。

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正面から向かって右側の側面の土台部分。

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正面右側に回って後方から見上げた構図です。
現代になってから鉄筋とコンクリートによる補強が見て取れます。

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観音堂真後ろからの撮影です。大木が土台の後方を支えています。

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観音堂の 階段は75段。
昇りと降りの間に仕切りと手すりが設けられ、二人づつしか昇降できません。
屋根も低く、急な傾斜の造りです。

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周囲は天然記念物に指定されている「笠森寺自然林」
千葉県立笠森鶴舞自然公園に囲まれ、秘境度は高さが魅力の一つです。。

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周囲の樹木が育ちすぎて、眺望はよくない。
遠方の山並みが少し見えるだけ。