目次

  1. 純文学とは
  2. 大衆小説とは
  3. ライトノベルとは
  4. まとめ

純文学とは

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上に挙げた3つのジャンルの中でおそらく最も敷居が高いであろう「純文学」 まずはそこからいきたいと思います。
純文学とはずばり一言でいうと、「著者の生き様を描いたもの」と私は考えています。
純文学と言われた時、あなたはなにを思い浮かべますか? おそらく国語の教科書に出てくるような文豪と、その歴史、そして主な著書などが頭に思い浮かぶと思います。それじゃあ教科書に出てくるような文豪が書いたものが純文学なのかというと、それは違います。
今でこそ作家という職業はそれなりの地位を得ていますが、当時、といっても時代は様々ですが、以前はむしろ世から疎まれるような職業でありました。それでも物語を描き続けた作家は、いわゆる商業作家と呼ばれるものではなく、自分の表現したいことをありのままに綴る、つまり自分自身を映し出す鏡のようなものとして文学を綴っていたのではないでしょうか。
これは明確な定義ではなく、むしろかなり具体性に乏しいものなのですが、私は純文学を、自分自身を、自分自身の為に描いたものとして認識しています。

大衆小説とは

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大衆小説とは一般にエンターテインメント小説とも言われるものです。
この小説はその言葉の通り、読者の感情を揺さぶるような作品です。前記した純文学の定義である「自分自身のため」に描いた小説とは真逆な性格を持っていることが、このことからも分かります。つまり、大衆小説は「読者のために」描かれた物語なのです。
何か特殊なギミックやトリックが使われ、それによって私たち読者が喜ぶ。それを第一に考えた小説がエンターテインメント小説であり、大衆小説なのです。その定義をするのは大変難しいことなのですが、「何かしらの謎をはらんで物語が展開し、読者が作者の想像を追体験する」ような物語を、大衆小説と呼べばいいのではないかと私は考えます。

ライトノベルとは

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上記2つを除いた小説を全てライトノベルと呼ぶ。冗談です。
ライトノベルもいわゆるエンターテインメント小説の一つとして考えられると思うのですが、明確に違う点は、読者を喜ばせる方向性の違いと、文中に絵が挿入されるということでしょうか。方向性の違いというのは、よりターゲットを絞り、若年層に喜ばれるような展開、文体になっているということです。有り体に言えば、読みやすいということです。
大衆小説の中にもライトノベルと言っても過言ではないものが混じっているので、その定義は難しいのですが、あえて一言で言ってしまうと、やはり「文中に絵が挿入されている」という点でしょうか。この分類が一番確実かと思われます。

まとめ

自分で書いていて、やはり訳が分からなくなってしまいました。
定義というのは一つに決めることで、小説というものを一括りにするのはそもそもナンセンスなんじゃないかという疑問がむくむくと私の中で成長を始めてしまいました。
ですが、今のところの私の考えは、以上です。もちろん異論はあるかもしれません。
しかし、これだけは言えます。私は上記3つのジャンルを含んだ小説が大好きだということです。
じゃあそもそもこんな記事書くなよという文句は重々承知の上で、明日も明後日も明々後日も良い読書日和でありますように。