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 彼らの若手時代の頃の画像です。

さて、彼らは福岡よしもとで芸人としてのスタートを切った。
しかし、それは決して夢や希望に満ち溢れたものではなかった。
別の言葉で言い換えれば・・・・。

 「絶望と地獄」

 福岡吉本は5人の芸人からスタートした。

 福岡吉本の初代所長から芸名をつけるよういわれ、「華丸、大吉」か、「ゴモラとガメラ」のどちらかをつけるよういわれ、
「華丸、大吉」を選んだのが由来。
その後、彼らは「鶴屋華丸、亀屋大吉」に改名する。
(当時、7文字の芸人が売れるといわれたことから、めでたい「鶴」と「亀」をとってつけたとのこと。)

 今の博多華丸、大吉に改名するのはもっと先のことである。

 芸人として一番最初の仕事は、よしもと新喜劇のベテラン芸人と一ヶ月間のは方温泉劇場での寝泊り公演だった。
彼らの役割は「演者兼スタッフ兼雑用係」
想像していたものとはあまりにもかけ離れていたことに彼らは失望した。

 当時、資料やネットがない時代。
NSC養成所がない福岡よしもとでは、すべての方針は所長が決めるのだ。
所長は「元明石家さんま」のマネージャー。

 「さんまさんはああだった。さんまさんはこうだった。さて、君たちは何をするのかな?」
何をやってもダメだしされ、絶望感だけが残った。

 これが「地獄の下積み芸人生活」の始まりだ。
彼らは自分自身にこう語りかける。

 「何故、芸人になってしまったのだろう・・・。」

 地獄の芸人生活に失望していた彼らの目の前に一筋の光が見えてきた・・・・。