目次

  1. 葛飾北斎の三女
  2. 美人画を得意とした
  3. 男勝りな性格
  4. 父親にも認められる
  5. 応為の晩年

葛飾北斎の三女

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葛飾北斎には息子が二人娘が三人居て、お栄は三女でした。
生没年は不詳ですが、1800年ごろとされています。
画号の応為は、父の北斎が娘の事をいつも「おーい」と
呼んでいたからだといわれています。
応為は堤等琳の門人・南沢等明の元に嫁ぎますが、
父親譲りの画才と毒舌の両方を受け継ぎ、夫の絵の
拙いところを指摘して笑ったため離縁されたといわれて
います。
実家に戻ってからは父親の世話をしながら一緒に暮らし、
北斎の絵の制作助手を務めたとされています。

※「夜桜図」

美人画を得意とした

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ぎりぎりまで歪められた姿勢、手首の角度に、演奏の躍動が伝わる
※「三曲合奏図 」

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「余の美人画は、お栄に及ばざるなり
お栄は巧妙に描きて、よく画法にかなえり」
(美人画にかけては自分は応為には敵わない。
彼女は妙々と描き、よく画法に適っている)
天才浮世絵師である父・北斎にここまで言わせるほどの
才能が、応為にはありました。時には父親の肉筆画の
代筆や彩色をしたとされています。また、応為自身にも
弟子がおり、裕福な商家や武家の娘の家を訪問して
家庭教師のような形で絵を教えていました。

※「月下砧打ち美人図」

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※「吉原格子先之図」
暗闇の中に浮かび上がる格子窓。
当時の吉原の様子や、その息遣いまでもが
伝わってきそうです。

男勝りな性格

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応為は男のような任侠気質の性格をしていて、
やや慎みに欠けると評されていました。しかし、
貧しさを苦にすることもなく、占いに凝ったり
豆で人形を作って小金を稼いだりと、絵以外の
ことにも活発に挑戦しました。

北斎の弟子の露木為一によると、応為は北斎と
似た風貌をしており、酒と煙草を嗜む女性でした。
ある日、父親の絵の上に煙草の灰を落としてしまって
酷く反省し禁煙をしましたが、すぐに戻ってしまった
というエピソードがあります。

※「唐獅子図」

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北斎の作とされている絵の中にも、実は応為の作品で
あったり、親子の共作があると伝えられています。

※「関羽割臂図」

父親にも認められる

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露木が「先生に入門して長く画を書いているが、
まだうまく描けない」と嘆いていると、応為が笑って
「おやじなんて子供の時から80幾つになるまで
毎日描いているけれど、この前なんか腕組みしたかと思うと、
猫一匹すら描けねえと、涙ながして嘆いてるんだ。
何事も自分が及ばないといやになる時が上達する時なんだ」
と言い、そばで聞いていた北斎も「まったくその通り、
まったくその通り」と賛同したという。

※「北斎翁像」

応為の晩年

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応為の晩年には諸説あり、北斎が90歳で大往生を遂げた後、
67歳の時に家を出て消息不明になっとという説と、
仏門に入って加賀前田家の加護を受けて、金沢で
没したともいわれています。

※「空満屋連和漢武勇合三番之内 大井子と樊噲」
北斎が描いたとされる応為の姿

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「百日紅」杉浦日向子
応為を描いた伝記漫画です。画壇で女性が成功する
のが難しかった時代、父親の名声に奢ることもなく
自分の意思を貫き通した応為の日常が、独特のタッチで
淡々と展開していきます。

「百日紅」は2015年に、Production I.Gによってアニメ映画化されました。